明晰夢工房

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【感想】道尾秀介『雷神』

 

雷神

雷神

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「ラスト1ページの衝撃」を売りにするミステリはけっこう見かけるが、この一文はこの作品にこそふさわしい。道尾秀介が「これから先、僕が書く作品たちにとって強大なライバルになりました」と自負する『雷神』は、ラスト一行で読者の心にそれこそ落雷のような強烈な一撃を見舞ってくれる。ヘビーなミステリが読みたい、重く深い余韻に浸りたい読者にとっては、これは間違いのない一冊だ。

 

『雷神』は冒頭から主人公が最愛の人を事故で失うショッキングな場面で幕を開ける。しばらく時が経ち、料理人として仕事に励みつつ平穏な日々を過ごす主人公のもとに、謎の人物から脅迫めいた電話がかかってくる。それは主人公が忘れたかった過去を知る人物からのものだった。加えて娘からは大学の期末写真を撮るため、主人公の生まれ故郷を訪れたいと持ちかけられる。平和な日常に亀裂が走り、忌まわしい記憶とともに捨ててきた故郷・新潟県羽田上村に、主人公は再び足をむけることになる。

 

羽田上村には「神鳴講」とよばれる祭りが存在する。羽田上村の特産品はキノコだが、雷が落ちた場所にはよくキノコが生えるため、この村では雷神を神社に祀り、祭りの日には村民が皆でキノコ汁を食べる風習がある。主人公が少年の日、このキノコ汁に何者かが毒を入れ、村の名士を殺害する事件が起きた。詳しいことは書かないが、主人公一家が村を離れるきっかけになったのがこの事件だ。三十年の時を経て、彼は再びこの過去と向き合うことになる。

 

だが、事件の全容を知るうえで妨げになるものがある。主人公の記憶だ。主人公は神鳴講の日、姉とともに雷に打たれているため、記憶の一部が欠如している。この欠如を埋めるため、村人から当時の話を集めるうち、見えてくる事件の姿はしだいに形を変えていく。神鳴講の当日何が起きていたのか、羽田上村を去る間際に父が村人に言った言葉の真意は何か、そしてキノコ汁に毒を盛ったのは何者か──集めた情報はある一点をさし示しているように思える。だがこの作品の仕掛けは精緻で、見事にミスリードされてしまう。やがて見えてくる事件の全貌に、読者は深く嘆息することだろう。

 

『雷神』は単にミステリとして読んでも楽しめるが、この作品は人物描写も秀逸だ。特に、いつも影となり日向となり主人公を守り続けた姉・亜沙実のキャラクターは、強く印象に残る。雷に打たれ、身体に醜い痣を刻まれながらも強く生きた亜沙実の支えがなければ、主人公は羽田上村での辛い日々を生きのびることはできなかっただろう。この強く優しい姉がどんな運命をたどるかもこの作品の読みどころのひとつだ。結末は言えないが、この姉の人生はしばらく忘れられそうにない。フィクションなのに、確かにこのような人物が存在していたかのように感じられるほどだった。

 

主人公を含め、藤原家の人物は皆人としてのやさしさ、善意を多く持ち合わせている。姉の亜沙実はもちろんのこと、娘の夕見も父親思いだし、父も母もそれぞれに愛情深い人物だった。それぞれが善意と優しさに基づいてふるまった結果がこの結末だと思うと、どうにもやりきれない思いが残る。なぜ世界はこうも理不尽で残酷なのか。結局、最後の一行で書かれていることが真実だからだろうか。それは誰にもわからない。確かなことは、そう思えても仕方のない状況、人生というものがあるということである。