明晰夢工房

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【感想】「理解のある彼くん」が出てこないから安心?『迷走戦士・永田カビ』(kindle unlimited探訪2冊目)

 

 

永田カビ作品にはある種の安心感がある。それまでさんざん人に受け入れられないつらさ、うまく世の中に適応できない苦しさを描いていたのに、どこからか突然その苦しさをすべて受け止めてくれる「理解ある彼くん」が出てきて読者が置いてけぼりにされる、ということがないからだ。なにしろ永田さん自身がこの『迷走戦士・永田カビ』で、この種の理解者がなぜ急に出てくるのかと疑問を呈している。

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これはネットでもけっこう話題になった箇所だ。生きづらさを抱えた人がいつのまにか理解あるパートナーを得られている状況に対し、比較的パートナーを得られやすい立場にある女性が突っこんだのが珍しかったからだろうか。

 

女性は比較的パートナーを得られやすい、と書いたが、それはあくまで一般論だ。このマンガでも永田さんはパートナーを得るべくマッチングアプリに登録しているのだが、会ってがっかりされないようにとマイナス要素を盛りに盛ったプロフィールを作成している。それでもメッセージが殺到する。これ以上できないくらいプロフィールを改悪してもメッセージがくる状況に、永田さんは恐怖を感じている。

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これを読んでいると、やはり女性と男性とでは需要が全然違うんだな、と思う。男性がこんなにネガティブなプロフィールを作ったら、全然相手にもされないだろう。だが、たくさんオファーがある状況も永田さんには喜ばしいものではない。押しよせるいいねやメッセージが、「こいつならいけるだろ」という男性からのものだと思ってしまうからだ(それが事実とは限らないが)。

 

引く手あまたな状況を肯定的にとらえられるなら、これらの男性のなかから「理解ある彼くん」をみつけられる可能性もあったかもしれない。だが、そもそもそんなポジティブな考え方ができるようなら、永田さんは『レズ風俗』にはじまる一連のエッセイ漫画を描く必要などなかっただろう。マッチングアプリで多くの男性から求められても、それが幸せに結びつくとは限らないのだ。需要があるぶんだけ女性の方がパートナーを得やすいとはいうものの、人は男だ女だという前に、まずその人固有の生を生きている。生きづらさの形は人の数だけあるのだから、単純に男女別にカテゴリ分けして語れるものではない。

 

このマンガで、永田さんは自分がパートナーを得るまでのハードルについて考察したりはするものの、結局は「ていねいな生活」みたいなところに落ち着いている。幸せそうでなにより。パートナーがいてもいなくても幸せならそれで一番……のはずだが、結局「理解ある彼くん」が出てこないことに安心してていいのか、とも思う。どんな形の幸せを求めようと、それは作者の自由だ。だが永田さんの場合、そのような理解者(男性とは限らない)を得たとしても、そうなるまでの過程をしっかり描いてくれるのではないか、という期待感はある。このマンガでパートナーを得られない苦しみを描いてきた人が、そこをおざなりに済ますことはないのではないだろうか。