明晰夢工房

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書評も大事だけど、日本人の47.3%が本を読まない時代には「紹介」も大事

news.yahoo.co.jp

このニュースでけんごさんに興味が出てきたので、TikTokの動画を見てみた。動画はどれも30秒くらいで、視聴者に刺さりそうなフレーズをうまく用い、小説の魅力的なところを簡潔に紹介している。これが書評かといわれればそうではないと思うが、そもそもけんごさんの肩書は「小説紹介クリエイター」なので、書評ができないことは問題にならない。動画を観る人が本を読みたくなればいいわけで、実際にその目的は達成できている。

 

けんごさんは単にTikTokで受けそうな、今流行っている作品だけを紹介しているわけではない。「読む絶望 心がえぐられまくる作品」と題した動画で「まずはこのイラストを見てください。なんと可愛いイラストでしょう。でもこの作品、心が痛くなるほどの社会問題を描いているんです」と紹介されているのは桜庭一樹の名作『砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない』だ。イラストと内容のギャップを使って視聴者の興味を引き、一昔前の名作に誘導できている。これは「杜撰な紹介」だろうか。確かに、作品内容に深く切り込む「書評」ではないが、古い作品でも手にとらせるだけの力はこの動画にはあると感じる。少なくともTikTok利用者には受け入れられている。

 

豊崎社長がやってきた、文学賞受賞作をメッタ斬りにするような「書評」は、もともと活字好きな人向けのものだと思う。書評を読む人を増やすにはまず読書人口を増やさなければいけないが、けんごさんの動画は活字好きへの入り口にはなり得る。確かにTikTokの動画は一過性の流行を生み出すだけに終わるかもしれないが、動画を観た人の何人かは継続して本を読むようになるかもしれない。長い目でみれば、けんごさんの活動は豊崎社長のように書評を仕事にしている人にもプラスになりえるはずだ。書評を読めるほどの読者を育てるには、まず有能な紹介者が必要なのだ。書評家と紹介者の役割は別であり、ターゲット層もまったく異なるのだから、紹介者に書評ができないことを問題視しなくてもよかったのではないか。

 

そこにどんなに魅力的な小説があっても、まずは手にとってもらえなければどうにもならない。動画やソシャゲなど、活字より魅力的に見える娯楽がたくさんある状況下で、どうやって本の魅力を伝えればいいか。そこを考えつくし、飽きっぽいネット民にも観てもらえるよう、最大限圧縮してつくられているのがけんごさんの動画だ。けんごさんはたくさん本を読んでいるのだから、もっと長く話すことだってできるだろうし、話し足りないこともたくさんあるだろう。でも彼は本を読んでもらうことを最優先し、できるだけ視聴者にストレスのかからない動画をつくることに専念している。そこにはある種の職人魂みたいなものも感じられる。

 

 

ていねいな批評や書評にくらべ、あまりに簡潔な紹介動画が影響力を持てる現状は、プロ書評家からすれば嘆かわしいものかもしれない。だが2019年の文化庁調査によれば、現代日本では1ヶ月に1冊も本を読まない人が47.3%を占める状況にある。書評はもちろん大事だ。だが出版界を活性化するには、まったく本を読まない層にもアプローチできる方法が別途必要になる。けんごさんの紹介動画は、動画全盛時代に最適化されたひとつのノウハウだ。これを否定するよりも、新規読者を開拓するひとつのルートとして受け入れていく方が生産的ではないか。すぐれた作品への導線はたくさんあったほうがいい。