明晰夢工房

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【感想】最強の石垣職人vs至高の鉄砲職人の戦いの行方は?今村翔吾『塞王の楯』

 

 

今村翔吾がまたやってくれた。『じんかん』では「悪人」ではない松永久秀の激烈な生涯を描いた作者が今回主人公に据えるのは、「穴太衆」とよばれる石工の青年・匡介。幼いころに信長に故郷の一乗谷を燃やされ、家族をすべて失った匡介は、堅固な石垣をつくることに一生をかけている。誰も落とせない石垣をつくれれば、その先に戦のない世が待っている──との理想に燃える匡介は、師匠の源斎が認めるほどの石積みの天才でもある。『塞王の楯』は、この匡介が石垣作りの技術を生かし、愛する者を守るため、戦国乱世に身を投じていく物語だ。これは熱い。

 

本作において、石工はただの技術者ではない。時には石垣を崩して敵兵を攻撃したり、複雑な通路を作って敵を惑わしたりするなど、戦局を左右する力すらもっている。匡介もまた、大津城城主・京極高次の信任を得て、この城を囲む毛利軍との戦いを全力でサポートすることになる。匡介の「上司」になる京極高次は不思議な魅力を持つ男で、武将としての才能はまるでない。だが人柄がよく、職人の匡介にもあたたかな言葉をかけてくる。自分が無力だと知っているからこそ、才あるものを信任することで力を出させるタイプだ。この人は自分が支えてやらなければ、と思わせる、ある種の「名将」として描かれる京極高次のために、匡介はすべての力を出し尽くす。

 

大津城を攻めてくる西軍のなかには、猛将として知られる立花宗茂がいる。宗茂に篤い信頼を寄せられているのが匡介のライバルとなる天才鉄砲職人・彦九郎だ。彦九郎もまた、匡介同様に太平の世を作る理想をもっている。ただしその方法論は真逆だ。圧倒的な火力を持つ大筒で多くの死者を出せば、それに懲りてもう戦などしなくなる──との計算に基づき、「人殺し」と罵られつつも、彦九郎は最強の火砲をつくることに心血を注いできた。「西国無双」立花宗茂が率いる最強の火力を持つ集団は、当然恐るべき敵になる。本作における大津城の戦いは、「最強の盾」匡介の石垣と、「最強の矛」彦九郎の火砲の戦いでもあるのだ。

 

本作のハイライトとなる大津城の戦いでは、穴太衆の「懸」が発動される。「懸」とは石を積む「積方」に加え、運搬係の「荷方」、山から石を切り出す「山方」まで総動員して石垣を組む号令のことである。立花宗茂の猛攻をふせぐため、穴太衆は突貫作業で石垣をつくらなければならない。匡介率いる穴太衆が組む石垣の防御力と、彦九郎が持ち出した大筒の威力のいずれが上回るのか。激しい攻防戦がくり返され、時には大津城天守にすら危険が及ぶ状況のなか、匡介はある境地にたどりつく。石積みの奥義とは、城を守る最強の盾とは、何なのか?この問いへの答えを匡介が知る場面には、深い納得感があった。ここまで532ページにわたって積みあげられてきた物語は、すべてこの答えを導き出すためのものだった。ここに至るまでは、師匠の源斎も、荷方の玲次も、京極高次も、大津城の民も、誰一人欠けてはならなかった。一乗谷落城以来の匡介の人生経験のすべてが、この場面に集約される。見事な構成だ。『塞王の楯』は、それ自体が緻密に組み上げられた石垣のような作品なのである。