明晰夢工房

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山田風太郎『人間臨終図鑑』で知る「かわいそうセンサー」の反応する場所

 

 

中年男性が過労死しても顧みられないのは「かわいそうランキング」が低いからだ、といわれることがある。一般論としてはそうかもしれない。だが、山田風太郎『人間臨終図鑑』を読んでいると、中年男性の死でも気の毒に思えることが多々ある。そりゃ有名人だからだろう、と思うだろうか。でも有名人の死なら誰でもかわいそうだと思えるわけではない。気の毒かどうかは死んだ状況、死に方によるのだ。『人間臨終図鑑』は年齢別に古今東西の有名人の最期をひたすら並べている本だが、これを読んでいると自分の「かわいそうセンサー」が何に反応するかがよくわかる。

 

一般論として、やはり若者の死のほうが同情されやすいことは否定できない。この本を読んでいても、10代や20代での死はおおむね悲劇的だと感じる。若すぎる死と感じられる上限はぎりぎり30歳くらいだろうか。義経がちょうどこの年で没している。これはやはり悲劇だ。31歳を超えると中年という雰囲気が出てくるので、悲劇性はしだいに薄れてくる感じがある。

 

とはいっても、「かわいそうセンサー」が反応する最期なら、31歳を超えていても同情はする。私の場合、才能ある芸術家が世に認められる前に逝ってしまう、という場合は特に同情してしまうようだ。30代ならシューベルト(31歳)、モディリアニ(36歳)、ゴッホ(37歳)など。同じく37歳で逝ったロートレックも生前は偉大な画家とは思われていなかったから、ここに数えてもいいだろうか。これらの人物に同情しない人もいるに違いない。芸術家などという不安定な職を選んだのだから自業自得だ、と思う人もいるだろう。万人の「かわいそうセンサー」に訴える最期などない。

 

比較的若くして死んでいても、革命家的な人物の場合、私の「かわいそうセンサー」は反応しない。坂本龍馬32歳、ダントン35歳、ロベスピエール36歳。死ぬにはまだ若い年齢だが、命を燃やし尽くしたんだから認められなかった芸術家よりいいだろう、なんて思ってしまうのだ。彼らだってもっと生きたかったはずなのに、こんなことを考えてしまうのだから勝手なものだ。政治にかかわりたいと思ったことがないから同情できないのだろうか。このように生きたい、と思えない人物にはあまり感情移入できない。

 

『人間臨終図鑑』は、wikiで有名人の最期を無料で読める現代においては、出版当時よりもその価値は下がっているのかもしれない。それでもこの本を今読む意味があるとするなら、それはどんな最期に感情を動かされるのか、を知ることができる点にある。有名人の最期をたくさん知ったところでそれ自体は雑学にしかならないが、人の最期を通じて自分自身が見えてくるのはなかなかおもしろい。通読すれば、意外な人物に心動かされている自分を発見して驚くこともあるかもしれない。