明晰夢工房

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幸せになる方法は科学的に解明されつつある──『「幸せ」について知っておきたい5つのこと NHK「幸福学」白熱教室』

 

 

幸せとは何か。どうすれば幸せになれるのか。これは古来、宗教や哲学の扱う問題だった。だが最近は違うようだ。『「幸せ」について知っておきたい5つのこと』によれば、近年は脳科学やロボット工学・心理学など用いて、幸福を科学的に研究する機運が高まっているという。科学的に幸福を探求する「幸福学」は、幸福感を得るためのシンプルな方法を、この本の読者に提示してくれる。

 

この本を読むと、幸福感を得るための「幸せのレシピ」は、それほどハードルの高いものではないことがわかる。第一章で紹介される幸せの材料は、人との交わり・ここにいること・親切の3つだ。「人との交わり」は良好な人間関係を結ぶことだが、これは「コーヒーショップの店員と笑顔で会話すること」程度でもかまわない。これなら今親しい人が周りにいなくても実行できる。

 

無作為に人に親切にすることも幸福感を高める。ただしこれにはコツがあって、1日ひとつだけ親切にするよりも、週に1日だけ5つの親切を実践するほうが幸せになれるそうだ。親切と対になるのが感謝で、日々小さなことでいいから感謝の気持ちをつづる日記をつけたグループは、普通の日記をつけたグループよりはるかに幸福感が高かったという。一日一善より週一多善のほうが幸せになれる理由が知りたいところだが、残念ながらそこまではこの本には書かれていない。

 

幸せのレシピの3つ目「ここにいること」は、目の前のことに集中すること。つまりはマインドフルネスだ。逆に、スマホなどを使用すると注意力が散漫になるので幸福感が下がってしまう。生活が便利になってもあまり幸福になった気がしないのはこのせいだろうか。実際、スマホのメールチェック1日3回に制限すると、1日何度もチェックするよりストレスが減るそうだ。我々は日々スマホを使っているのか、それともスマホに使われているのか、たまには見直したほうがいいかもしれない。

 

この「幸せのレシピ」のいいところは、実行する人を選ばないところだ。第三章で「幸福学のインディ・ジョーンズ」の異名をとるエド・ディーナー博士は「出身地や収入レベルは関係なく、すべての人が幸せになれる可能性を持っていると思います」と言っている。実際、宝くじで高額当選した人ですら、外れた人より並外れて幸せではないという調査結果もある。日本は1950年代にくらべてはるかに豊かになっているのに、日本人の幸福度はこの頃からずっと横ばいだ。お金はたくさんあったほうがいいが、幸せになるために大金持ちをめざしても当てが外れるかもしれない。

 

この本を読んでずっと感じていたのは、通俗的な道徳はおおむね正しかったのではないか、ということだ。他者に親切にせよ、日々小さなことに感謝するべきだ──といった道徳訓は、いかにも説教くさく聞こえる。だが、結局そうしたほうが幸せになれるといわれれば、こうした道徳を守る人も増えるかもしれない。この本の二章では「人のためにお金を使うと幸福度を上げられる」と書かれているが、決して豊かでないのに寄付をする人がいるのはこのせいではないだろうか。寄付をする人はそれが善行だからそうしているのだろうが、同時にそれが幸福感をもたらすことを経験的に知っているのかもしれない。善行には確かなメリットがあるのだ。

 

一方で、こんな疑問も出てくる。善行が幸せをもたらすのに、なぜ多くの人は寄付をしたり、それほど他者に親切にしたりしないのか。善行が得になると皆が知っているなら、わざわざ利他だの隣人愛だのを説く必要もないはずだ。糖や脂肪は脳に快楽をもたらすから、太るとわかっていてもなかなか摂るのをやめられない。これらの栄養素を求めるのは人の本能であって、摂ると気持ちよくなることを人はあらかじめ知っている。だが、善行が幸福感をもたらすことは、幸福学を学ばないとわからない。ということは、人の本質は善ではないのだろうか。幸福になる方法を考えるのは哲学から科学の仕事になったのかもしれないが、こうした人の本質について考えることは、まだ哲学の仕事なのかもしれない。