明晰夢工房

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ミャンマー軍はなぜ自国民を撃つのか?中西嘉宏『ミャンマー現代史』

 

 

ミャンマー軍が2021年のクーデターでスーチー政権から権力を奪って以来、大規模な抵抗運動が市民の間で広がった。これに対し、軍は弾圧で臨んだ。『ミャンマー現代史』5章を読むと、クーデター発生から約二ヶ月で700人もの人が亡くなっていることがわかる。軍による生々しい弾圧の映像はネットで拡散され、多くの人に衝撃を与えた。これらの行為は国際人道法に違反しているとの指摘もある。

 

だが、まったく無秩序にもみえる軍の行動は、本書によれば「決して無軌道な集団によって引き起こされたものではない」という。もともとミャンマー軍は立ち向かってくる国民に対し、「フォー・カッツ」とよばれる戦術で対抗する伝統があった。これは食料・資金・情報・兵士の四つを断つことで敵に打撃を与えるもので、政府の権威を打ち立てるため、反乱を支える民間人の生活の暴力的に介入する行為がミャンマーで独自に発展したものだ。

戦闘周辺地域で人や施設に危害を加えるこの作戦は、国際法違反に問われるだけでなく、人心を失わせる不合理な行為でもある。それでもミャンマー軍がこのような戦術を用いてしまうのは、ひとつには「それしか知らないから」だという。長年の予算不足と国際的孤立により、ミャンマー軍は国際社会へのキャッチアップができていなかった。

 

本書の二章を読むと、軍が民主化をすすめるスーチーとその支持者を警戒する理由がわかる。ミャンマーには多くの少数民族が暮らしており、分断のリスクを抱えている。そして民主主義は自己利益を求める争いであり、国家の分断を加速させると軍は考えている。軍からすれば民主化を求める勢力が国家の中の「敵」になる。軍には党派性を超越して国家全体の利益を守れるのは軍だけである、という自己認識があるため、スーチー側とはまったく相容れない国家観を持っていることになる。

 

軍事政権による強権的な統治が続けば、国民の不満が高まり民主化と自由化が進む。だが民主化が進むと、従来軍人が統治をになってきたミャンマーでは社会が不安定になる。ここで「軍が暴力でたがを締め直す」のが2021年のクーデターであると終章では解説されている。経済発展により利益集団が多様化し、国際的な相互依存が深まる現代社会では普通はクーデターは割に合わないが、軍が民主化勢力を脅威と考えているため、クーデターのコスト認識がゆがみ、暴力が抑止されない。そして暴力が政治経済発展の芽を摘んでしまうという「暴力の罠」にこの国ははまっている、と著者は指摘する。

ミャンマーがこの悪循環から抜け出す道はあるだろうか。著者はミャンマーの将来について(1)親進軍政権の成立(2)軍事政権の持続(3)新たな権力分有、の3つのシナリオを思い描いている。1では抵抗勢力との和解を経ないため、統治への妨害を軍が防ぎきれない。2では政権に正当性がないため、海外からの投資が滞り経済が悪化し、反軍デモが拡大する可能性がある。3は軍と抵抗勢力とが和解するというもので、いちばんいいように思われるが、著者は「今は絵空事のように感じる」という。実現するとしても5年、10年先の未来になる可能性があり、そうだとすればミャンマーの未来はしばらく困難なものになりそうだ。