明晰夢工房

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「平凡」な高校生活を描く非凡な青春小説の傑作『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』

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6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)

 

 

ラノベで高校生活を描いたもの作品といえば、なにか変な部活動を立ち上げたり、異能の持ち主が派手なバトルを繰り広げたり、といったものを想像しがちですが、本作『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。』は、本当に「普通」の高校生活を描く青春小説です。

4人の登場人物はそれなりに目立つ個性の持ち主ではありますが、特別な能力の持ち主がいるわけでもなく、物語中で現実ではありえないような事件が起きることもありません。進学校らしく全員が勉強漬けで、授業をサボったりすることすらも特別な体験になる、そんなリアルさが作品中に横溢しています。異能も魔法も超能力も、ここには出てきません。

 

作者の大澤めぐみはカクヨムで話題となった『おにぎりスタッバー』でデビューした作家ですが、この作家の特徴は一人称にあります。『おにぎりスタッバー』では「石版」とも言われたほどの過剰なまでに饒舌な自分語りとめまぐるしい場面展開で読者を翻弄した作者ですが、今回はガラリと作風を変えて一見とても地味な、しかし確かな構成力と丁寧な心理描写で物語を牽引する、どちらかと言うと一般文芸に近い作品に仕上げてきました。

 

今回の作品でも、著者の一人称語りの強みは存分に生かされています。

本作では4人の男女がそれぞれの章で主人公を務め、視点が次々と交代していくのですが、ある章では見えなかった事実が別に人物の視点から明らかになり、なぜお互いがすれ違っているのかがわかってきたり、登場人物の新しい一面が見えてくる、という構成になっています。主題も作風も全く異なりますが、ある意味『藪の中』を読み進めるような愉しみも味わえるのです。

そしてまた、この4人の視点から語られる高校生活の描写というものがとてもリアルなのですね。それほど大きな事件が起きるわけでもなく、それぞれが感情を露わにして怒鳴り合ったり持論をぶつけ合ったりするような、青春ものにありがちなあざとい演出もない。しかしだからこそ、本作で描かれる「青春」は、確かな質量を持ってそこに存在しているように思えてくるのです。作り物なのに作り物ではない、登場人物の息遣いが感じられる。松本市を舞台として本当にこのような青春群像が繰り広げられていたかのような錯覚にとらわれるのです。

 

タイトルからわかる通り、本書は「別れ」を描く物語です。本書の登場人物たちは割と理知的で、他の多くの青春もののようにそれほど感情を爆発させることがありません。ラストシーンに至るまで、それはあまり変わらないのです。しかしこの抑制の効いた筆致が、かえって作品の香気を高めているように思います。記号的な「青春」の枠内に収まりきるような高校生など、現実にはそうそういるものではありません。涙腺を緩くするような舞台装置には一切頼らないストイックなこの作風が、しかし読後にはじんわりと沁み渡るような感動を、読者の心に届けてくれるのです。

 

『おにぎりスタッバー』の読者には大澤めぐみが新境地を切り開いた作品として、初めて作者を知る読者には青春文学の傑作として、強くおすすめしたい一冊です。