明晰夢工房

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羽柴秀吉の出自についての『豊臣兄弟!』時代考証担当者の見解

 

 

羽柴秀吉の出自については諸説あるが、黒田基樹氏の見解は『羽柴秀吉とその一族』で読める。黒田氏は『豊臣兄弟!』の時代考証を務めるので、この本の内容が大河ドラマにある程度反映されるのかもしれない。

 

秀吉の父親について、同時代に記した史料はない。このため、秀吉の出自については『太閤記』『祖父物語』『太閤素性紀』など、後世の史料に頼らざるをえない。『羽柴秀吉とその一族』では、この三つの史料に基づき、秀吉の父親の実像に迫っていく。それぞれの史料では、秀吉の父親について以下のように記している。

 

太閤記尾張愛知郡中村の住人で、織田大和守達勝に仕え竹阿弥と称していた。彼の家は代々武家奉公をしている。

祖父物語:尾張愛知郡狭間村の出身で清須に住み、竹阿弥と称し、信長の同朋衆だった。

太閤素性記:中々村の住人で名は木下弥右衛門といい、信長の父織田信秀に鉄砲足軽として仕えた。

 

『祖父物語』『太閤素性記』では秀吉の父がそれぞれ織田信長織田信秀に仕えていることになっているが、これはのちに秀吉が信長に仕えることをもとにした記述である可能性がある。対して『太閤記』では秀吉の父は清州織田家に仕えているため、こちらがかえって信憑性があると黒田氏は考えている。『祖父物語』では秀吉の父が信長の同朋衆としているが、年齢的にこれはありえない。『太閤素性記』では織田信秀の鉄砲足軽だったと書かれているが、信秀の時代に鉄砲足軽が存在していたとは考えにくく、この記述も信用できない。

 

太閤記』の記述が正しいなら、秀吉の父は中村に居住し、武家奉公をしていたことになる。村落に住みつつ武家に仕えていたという彼の立場は「在村被官」だった可能性が高い、と『羽柴秀吉とその一族』では推測されている。基本的に百姓ではあるが、なかば武士でもある在村被官は百姓としては上層であり、名主の家だった可能性が高い。しかし、『看羊録』では「(秀吉の)父の家は元来貧賤だった」とあり、フロイス『日本史』では「貧しい百姓の倅として生まれた」と書かれている。これについて、黒田氏はなんらかの理由があり、秀吉の父が没落したと考えている。このため秀吉の少年時代は貧しく、他家に奉公に出ざるをえなかった。

 

 

在村被官については、黒田基樹氏の『戦国大名 政策・統治・戦争』に詳しく書かれている。彼らはつねに主君に仕える武士とは異なり、戦争のときだけ軍役を負担する非常勤職員のような存在だった。ふだんは百姓でありながら家臣としての立場を兼業しており、このため年貢を免除されている。彼らは村の土豪層にあたる存在で、戦国大名の家臣となることで村内での優位を確保できた。しかし参陣の費用は自弁で、奉公を怠れば土地を取りあげられるため、土豪でも没落するリスクがあった。この時代に百姓を在村被官として家臣に組み込んだのは、戦争が激化したため村からも兵を動員する必要があったからである。その意味で、秀吉の父も「時代の子」だった。

 

秀吉の父の家柄については、血縁関係からも推測できる。たとえば秀吉の母・天瑞院殿の従妹にあたる聖林院は、加藤清正の父・清忠と結婚している。清忠の父・加藤清信は『羽柴秀吉とその一族』では犬山に居住し、犬山織田家に仕えていたと推測されている。清信が戦死したため清忠は母により上中村で育てられているので、加藤家は本来上中村にあったと考えられる。黒田氏の考えでは加藤家は名字を持ち、武家に奉公していることから、上中村では有力百姓の立場にあった。つまり、秀吉の父と同程度の家柄になる。戦国時代も身分制社会であり、結婚は同程度の家柄同士でするものだったことを考えると、秀吉の一族が加藤清忠に嫁いでいるのは自然なことだ。

 

加藤清正は十五歳まで中村で育ち、その後聖林院が天瑞院殿に頼んで秀吉に仕えさせたといわれている。この年齢で清正が秀吉に仕えることになった事情については、『羽柴秀吉とその一族』ではこう推測している。

その理由はわからないが、清忠はまがりなりにも、上中村の有力百姓として存在を続けていて、それが死去してしまったことで、清正はまだ若年のため、有力百姓としての立場を維持することが難しくなったため、秀吉への仕官を考えるようになった、ということであれば、納得できるだろう。清正の秀吉への仕官の経緯としては、およそこんなところであったと思われる。(p97)

清忠がなくなった時点で、秀吉はちょうど近江長浜に領地を持っていた。親戚が信長家臣として出世していたことは、清正にとっては幸運だった。秀吉も少年時代に有力百姓の立場を失った点は清正と似たようなものだったが、清正と違い、すぐに頼れる親戚はいなかった。秀吉のスタート地点は清正よりずっと不利だったが、それでも父が織田家武家奉公しているわけで、まったくの最下層から成りあがったわけでもない。このあたりの事情が大河ドラマに反映されれば、従来の秀吉像もやや修正されることになるかもしれない。秀吉の生涯はたんなる出世物語ではなく、失った家格を取りもどし、それをはるかに超えていくものになるからだ。

 

なお、寧々も秀吉の親戚にあたる。秀吉の母・天瑞院殿の妹婿が杉原家次で、この人物の姉の子が寧々になる。寧々と結婚する時点で、秀吉は所領100貫文をもつ侍大将だった。在村被官の多くは所領50貫文以下の土豪層だったが、秀吉は結婚した時点でこの層をうわまわる所領を持っていたことになる。秀吉の父が在村被官であったとするなら、寧々と結婚した時点で父を超える存在になったといえるだろうか。寧々の養父・浅野長勝は信長の馬廻衆だったため、結婚するには信長に認められる必要があった。信長から見ても、秀吉は寧々の夫となる資格を満たしていたのだろう。

「自己啓発はうさん臭い」と思う人のための”哲学的自己啓発書”──『スマホ時代の哲学』

 

 

自己啓発が苦手だ。とくに教祖っぽい人の書く本はしんどい。著者の姿が大写しになった表紙を見るたびに顔をそむけたくなる。中身も表紙にふさわしい。不遜なまでの自信、説教で金を取ろうとする我の強さ、成功こそ至上とする浅く単純な価値観。これらが混然一体となった文章が並んでいる。しかし自信満々で単純だからこそ、これらの本にすがる人も多い。出版業界だけではない。SNSを見渡せば、なんでも明快に言い切るインフルエンサーたちが人気だ。彼らもまたプチ教祖なのだ。いくら人気を取るためとはいえ、世の複雑さ、曖昧さをすべて切り捨て恥じないその姿に、苦々しさを感じている人もいるだろう。『スマホ時代の哲学』は、まさにそんな人たちのために書かれている。

 

スマホ時代の哲学』は徹底した「アンチ自己啓発書」だ。哲学者の著者は、頼りがいのありそうな起業家やコーチとはちがい、自信満々に読者を導いてくれるわけではない。「30代でやるべき〇つのこと」を教えてくれるわけでもない。スティーヴ・ジョブズの「心の声に従え」というアドバイスも否定してくる。むしろそうした安易な「正解」を疑い、ひたすらこちらをモヤモヤさせてくるのだ。どうして安心させてくれないのか。それは、自己啓発書やネット社会にあふれる「正解らしきもの」にすがる現代人は、著者にいわせればゾンビ映画ですぐ死ぬやつ」だからだ。

 

ゾンビ映画では、「俺は絶対に大丈夫だ」「キャンプ地はここが安全だ」と自信満々なタイプから先にやられていく。彼らは自分の正しさを疑わないが、それは結局、せまり来るゾンビへの不安の裏返しにすぎない。不確実性の強い現代社会でも、不安はつねに生まれてくる。そこから目をそらすために自己啓発でテンションをあげたり、スマホで細切れの快楽を得ている我々だってゾンビ映画ですぐ死ぬ人たちみたいななものじゃないか、そろそろちゃんと自分と向き合いましょうよ、といっているのが『スマホ時代の哲学』だ。著者は自己啓発を心の杖としている読者から杖を取りあげ、モヤモヤの中へと導く。これは自己啓発にうさん臭さを感じている側からすれば、むしろ痛快さを感じるところでもある。

 

といっても、著者は「とにかくモヤモヤせよ」と乱暴なことを言っているわけではない。他人に導いてもらわず、自分の頭で考えろ、とも言っていない。むしろ、著者は自分の頭で考えることを否定している。そうではなく、大事なのは「他人の頭で考えること」だ。そのためにこそ、「2500年続くヒットコンテンツ」哲学がある。しっかり考えるために、考えるプロである哲学者の頭を借りればいい。これが本書の第二章における主張だ。まずは天才たちの思考法をインストールし、彼らの頭で思考する。これですぐ不安が消えるわけでもないし、なにかの成果が出るわけでもないが、まずは誰かの頭を借りて「考える練習」をする。そうすることで、現代社会という森を歩くための知識と想像力が育つのだ、と著者はいう。

 

しかし、これはかなりマッチョな生き方にも思える。まず哲学自体がハードルが高いし、それをじっくり学べる人ばかりでもない。それに、「結局著者が哲学者だから哲学を持ちあげているだけではないか」なんて疑問も出てくる。それを見越してか、著者はもっとマイルドな選択肢も用意している。それは「趣味」だ。ただし、著者がすすめる「趣味」は「何かを作ったり育てたりする活動」に限定されている。その例として、著者は隔離生活下でのルソーの裁縫や、エヴァンゲリオン新劇場版における加持リョウジのスイカ栽培をあげている。何かをつくりあげる過程で、人は必然的に孤独になり、自分と向き合うことになる。それは、ハンナ・アーレントの言葉を借りれば「沈黙のうちに自らとともにあるという存在のあり方」だ。井之頭五郎が脳内実況をしながら食事をするような、自分自身とだけ過ごすぜいたくな時間が、そこにはある。それはややハードルを下げた、哲学的な営みだ。

 

そして、「趣味」は楽しいことばかりでもない。創作の経験があればすぐにわかるが、何かをつくりあげることにはつらさが伴う。どうしてもっとうまく書けないのか、あの人のように見事な作品をつくれないのか、自分の才能はこの程度なのか……といった負の感情とも向き合わなくてはならない。どうしたって、創作という行為は自分のコントロールをはみ出してしまうからだ。ここで身につくのがネガティブ・ケイパビリティだ、と著者は主張する。これは本書を理解するうえでの重要な概念だ。ネガティブ・ケイパビリティは「結論づけず、モヤモヤした状態で溜めておく能力」だが、これはわかりやすさや即効性が求められる自己啓発ではあまり顧みられなかったものだ。安易な「正解」らしきものに飛びつかず、謎や不確かさをそのまま心の中にとどめておく姿勢。これこそが、不確実性の中を生きる私たちに必要なものだ、それは「趣味」や哲学で身につくものだ、と著者は強調する。

 

ネガティブ・ケイパビリティは、現代社会を覆う不安と向き合うためには欠かせない能力だ。ところで、どうして皆こんなにも不安なのか。『スマホ時代の哲学』では、第五章において、その原因をポストフォーディズム(サ-ビスや体験を中心とするロジックで構成された経済文化)に求めている。ポストフォーディズムでは、絶えず変化し続ける状況に適応するため、つねに柔軟性を保ち、新しいスキルを学んでいかなくてはならない。このような経済文化は安定性を欠いていて、人々は長期的な見通しをもてず、不安とともに生きていかねばならない。絶えざる成長を求められる社会では、メンタルヘルスは悪化する。これほど社会の側に問題があるにもかかわらず、自己啓発の論理はすべてを個人の責任に回収してしまう、と著者は批判する。

 

ここまで来て、ある疑問がわいてくる。我々を取りまく不安の原因がポストフォーディズムにあるのなら、そのような社会を変えるのが筋ではないか?それが難しいのだとすれば、このストレスをやわらげる場をつくることはできないのだろうか?と。事実、ポストフォーディズム批判においては、共同体や公共性に期待する流れがあるようだ。だが、著者は一足飛びに共同体を求めると、SNSのような「つながりやすいが切れやすい共同体」につながり、かえって不安を強めると主張する。確かにそうかもしれない。ただ、ネガティブ・ケイパビリティを身につけて不確実性の強い世界を生きることをすすめる著者の姿勢もまた、どこか自己啓発的ではないだろうか。『スマホ時代の哲学』がすすめる生き方は、確かに即効性を求める自己啓発と方向性はちがう。しかし、現状の社会を所与のものとし、そこをサバイブするための力を鍛えるという点では、これもやはり自己啓発の一種ではないだろうか。著者はすべてを個人の責任に回収する自己啓発のロジックを批判していたはずなのに、なぜネガティブ・ケイパビリティを鍛えるという、個人的な処方箋を提示するのだろうか?

 

哲学を学ぶことにせよ、「趣味」をつうじて静かに自分と向き合うことにせよ、ハイテンションな自己啓発で不安をごまかしたり、ひたすらスマホをタップして脳をド-パミン漬けにするよりは、はるかに豊かな時間の使い方だろう。そんな時間をふやし、アテンションエコノミーと距離をとれれば、少しは心も凪いでいく気もする。しかし、自分を鍛え、よりよい生き方をめざしている時点で、これも自己啓発の域を出ていないのではないか。『スマホ時代の哲学』はスキルを磨いて年収を伸ばしたり、「趣味」を極めて副業にすることなどは一切すすめていない。あなたの市場価値をもっと高めなさい、などとは言ってこない。だが、そうした俗な効用をもたらさないだけに、これは既存の自己啓発よりもっとストイックで高度な「哲学的自己啓発」のように思える。

 

このあたりで、読者は一度立ちどまる必要がありそうだ。著者が主張するとおり、たしかにネガティブ・ケイパビリティは大事なのだろう。しかしそうだとすれば、この本の主張を鵜呑みにすることも避けなくてはいけない。「スマホをいじるのもハイテンションな自己啓発も、ただ不安から逃げているだけ。これからは哲学だ、ネガティブ・ケイパビリティの時代なのだ」と早急に結論づけ、自分が正しい側にいると信じるのは、それこそ「ゾンビ映画ですぐ死ぬやつ」ではないのか。『スマホ時代の哲学』が説いていることも、結局新手の自己啓発ではないか?既存の自己啓発にだっていいところがあるかもしれないのに、それを捨ててこちらを新たな「正解」にして本当にいいのか?本書はエピクテトスの言葉を何度も引用しているが、彼が属するストア派哲学だって、のちの自己啓発に大きな影響を与えているものではないか?

 

──そうしたモヤモヤを消化しきれないまま、抱えておくのがネガティブ・ケイパビリティのはずだ。著者の主張する「哲学」を実践するとするなら、読者はそのような迷いとともに、本書の前でしばらく立ちすくむ必要があるのではないだろうか。

『イクサガミ』を50万部売るために今村翔吾が書かなかったこと

『イクサガミ』はシリーズ累計で50万部を超えるヒット作品だ。時代小説がここまで売れるのは、たんに「面白いから」では説明がつかない。今村翔吾作品はすべて面白いが、他作品がここまで売れているわけではないからだ。

 

『イクサガミ』の面白要素を語るのはむずかしくない。十万円という、明治においては大金を奪い合うデスゲーム「蟲毒」という舞台装置の魅力。個性豊かで、各々強力な秘技を持つ武芸者たちの命をかけた戦い。なかでも、主人公含む八人が受けついでいる古流剣術「京八流」の奥義が炸裂するバトルシーンは、盛り上がること必至だ。しかも、このゲームはただ腕が立てばいいわけではない。関所を通過するために必要な、参加者全員が持つ「札」を集めるためには、ときに同盟を結ぶ必要もある。曲者ぞろいの武芸者のうち誰を信用するべきか、組んだところでどう戦えばいいのか。そういった駆け引きや戦術眼も「蟲毒」の参加者には求められる。肉体と頭脳を極限まで酷使するこの戦いを、今村翔吾の筆力で書くのだから、面白くないはずがない。

 

といって、血なまぐさい戦いばかりが延々と続くわけでもない。バトルの合間には、主人公の嵯峨愁二郎と、彼が守り続ける少女・双葉との交流もしばしば描かれる。戦う力はないが主人公を支えつづける健気な双葉と、決して彼女を見捨てない嵯峨愁二郎の関係性は、殺伐とした蟲毒に一滴のうるおいをもたらしている。無力な双葉を守りつつ戦うことは、嵯峨愁二郎の善性と、彼の超人的な戦闘力とを同時に示している。キャラクター造形という点からみれば、弱者にやさしいことは愁二郎の弱点だ。蟲毒に勝つうえでは、双葉の存在などお荷物でしかない。ただ勝つだけなら、彼女を殺してさっさと札を奪えばいいのだ。そうしないどころか、わざわざ無力な双葉を守りつつ戦うのは、小池一夫が主人公に不可欠な要素として挙げる「弱点」になる。双葉という弱点を敵がどう突いてくるか、そこで読者が気を揉むからこそ、ストーリーは盛り上がるのだ。弱者を守りつつ戦うことが「弱点」になるという愁二郎のキャラ造形は、『子連れ狼』の拝一刀とまったく同じであることは、見る人が見ればすぐにわかるだろう。

 

こうしてみると、『イクサガミ』には、すくなくとも天の巻を読んだ時点では、とくに新しい要素は出てこない。時代小説におけるデスゲームなら山田風太郎忍法帖シリーズでさんざんやっていることだし、登場するキャラクターにもどこか既視感がある。女と見まごう美剣士、義侠心にとむアイヌの弓使い、暗器を使いこなす忍び……といった武芸者の面々は、それぞれに魅力的ではあるのだが、この作品でしかお目にかかれないものでもない。これらはむしろ時代劇では定番といった存在で、出てきてほしいものではあるが、そこに斬新さがあるわけでもない。

 

ならば、読者を惹きつけているのはスピード感か。たしかに、『イクサガミ』の展開はきわめてスピーディーで、物語が停滞する場面は一切ない。次から次へとイベントが起き、退屈する暇もない。面白い小説はすべてそうだが、時代小説でこれだけすらすらと読める作品はめずらしい。このあたりで、『イクサガミ』に書かれていることではなく、書かれていないことに目を向ける必要があるだろう。この作品は、時代小説にもかかわらず、若い世代にも読まれている。つまり、時代小説を読みなれない人を振り落とさない仕掛けがあるのだ。読者を逃がさないためには、時代小説の敬遠されがちな要素をまず削ぎ落さなくてはいけない。おそらくそこに、『イクサガミ』が売れている理由がある。

 

まず注目すべきは、『イクサガミ』の舞台が明治初期であることだ。明治時代に武芸者同士が戦うのが新しい、という話ではない。明治時代の話にすることで、時代小説を読むハードルを格段に下げることができるのだ。たとえば、『イクサガミ 地』の冒頭では、「嵯峨愁二郎が天龍寺に辿り着いたのは五月四日の午後三時頃のことであった」と書かれている。もし舞台が江戸時代であったなら、「午後三時」は「昼八つ」と書く必要がある。この時点で、時代小説に不慣れな読者はストレスを感じるだろう。八つはおやつの時間だろう、とすぐわかる読者ばかりではない。近代化が進みつつある明治時代なら、ある程度は現代と同じ言葉で時代小説を書ける。

 

現代は、時代小説を読むための基礎教養が失われた時代だ。歴史学者の平山優氏は、高校教諭時代に「今の高校生は忠臣蔵を知らない。テレビで時代劇を放映していないから」とSNSで書いていたことがある。目明しや口入れ屋、棒手振りといった単語も、若い世代では知っている人は少ないのだろう。これらの言葉は江戸時代を舞台とする小説ではなんの説明もなく出てくるもので、読者が知っていることは大前提だ。だが令和の今では、この大前提がすでに崩壊している。そんな時代に幅広い世代に時代小説を売るには、時代を明治初期に設定する必要があったのだろう。ある程度現代に近く、それでいて幕末の激闘をくぐりぬけてきた猛者が多数生き残っている時代。この時代なら、江戸の古くささを感じさせずに、剣術使いを活躍させることができる。幕末と関連づけることで、武芸者たちのキャラも立つ。『イクサガミ』には長州や土佐と深いかかわりを持つ剣士が出てくるが、幕末の死線を生きのびた時点でかなり強いはずだ、と読者は想像する。そして実際、彼らは期待にたがわぬ圧倒的な強さを見せつける。『イクサガミ』においては幕末はキャラをより魅力的に見せるための舞台装置なので、その歴史的背景については最低限度の説明しかされない。これもまた、歴史を知らない読者を置いていかないための配慮だろう。

 

加えて、『イクサガミ』では、戦闘描写はかなり簡潔になっている。短いときは四行程度で戦いが終わることもある。「八相に構える」「袈裟懸けに斬る」といった時代劇用語は用いられず、剣の動きは「抜き打ちを放った」「鞘から光芒が迸る」といった簡素な表現で描かれる。ここにも、時代小説初心者を振り落とさない工夫がある。昔の時代小説とくらべてみると、『蝉しぐれ』では練習試合のシーンに3ページ近く費やしている。文章は読みやすいが、『イクサガミ』を読んだあとではかなり長く感じる。双方の動きが目に浮かぶような藤沢周平の描写は、小説をじっくり味わいたい読者には喜ばしいものだ。だが、皆が忙しい令和の時代に求められているのは、今村翔吾の簡潔さのほうなのだろう。

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今村翔吾は作家だけでなく、書店経営者としての顔も持っている。本が売れない時代に、どうやって本を売ればいいか。『町の書店はいかにしてつぶれてきたか』が指摘するように、日本の書籍販売には流通機構上の問題があり、書店主だけの努力だけでここを変えられるわけではない。だが作家の立場から考えるなら、やるべきことはシンプルになる。要は売れる小説を書けばいいのだ。では売れる小説とはなにか。時代小説作家として、今村翔吾が出した答えが『イクサガミ』だ。ただ面白いのではなく、面白くて売れる小説。既存のエンタメ要素をかき集め、かつ時代小説の古さを取りのぞいた『イクサガミ』は、作品自体がひとつの創作論、販売戦略論でもある。ただ読むだけでも面白いが、この面白さを成り立たせているものは何か、と考えつつ読むと、『イクサガミ』の面白さは倍増するのではないかと思う。

今度こそ『ガリア戦記』で挫折しないための6つのコツ

有名なわりに完読しにくい本というものがあります。『レ・ミゼラブル』や『ドン・キホーテ』などはその代表例でしょう。これらは長大な作品なので、原作をすべて読めないのも無理はありません。ですが、『ガリア戦記』はそれほど長くないのに、完読率はあまり高くなさそうです。その証拠に、googleガリア戦記と入れてみると、検索候補に「難しい」「つまらない」などが出てきます。とはいっても、『ガリア戦記』を読み通せないのは、決してこの本がつまらないからではありません。この本が現代の日本人向けに書かれていないからです。なので、読み通すには多少の工夫が必要になります。今回は、『ガリア戦記』を読了するためのコツを六つ紹介します。六つすべて実行しようとするとまた挫折するかもしれないので、取り組みやすいものだけで十分です。

1.読みやすい翻訳を選ぶ

これはかなり重要です。『ガリア戦記』といえば岩波文庫のものが有名ですが、これを出版直後に読んだ小林秀雄は「訳文はかなり読みづらいものだった」と書いています。実際、岩波版の訳は一文がかなり長く、とうてい読みやすいとは言えないものです。これを読むと挫折する可能性が高まりますが、重要な戦いの陣形図がついているという捨てがたい長所もあります。しかし百人隊長を「百夫長」と訳すなど、現代人の感覚からすると翻訳が古く感じる箇所もあるため、読むならそういうものと覚悟する必要があります。

 

ともあれ、訳文は読みやすいものを読むのが無難です。一番のおすすめはPHP文庫版です。これは解説が131ページもあり、ここを読めばカエサルの経歴やガリアの地理的特徴・『ガリア戦記』の成立事情・ローマ軍の基本装備などがわかります。これらを頭に入れておくだけで、本文に入りやすくなります。『ガリア戦記』は八巻までありますが、この本では巻ごとに地図が入り、カエサルの行軍経路が示されているので戦況の把握にも便利。訳文も読みやすく、頭に入りやすいものです。

 

2.ローマ人との情報格差を埋める

当然のことですが、『ガリア戦記』はカエサルが同時代のローマ人に向けて書いたものです。2000年後の私たちに向けて書かれてはいないので、当時のローマ人が常識として知っていたはずのガリアの部族名や地理・ローマ軍の構成などの知識を補っておかないと、読むハードルが上がってしまいます。カエサルの文章はわかりやすく書かれているのですが、ガリアの部族名などの固有名詞が次々に出てくるため、こちらは早口のガリアオタクに延々と戦争の話を聞かされている感覚に陥りがちです。ですが、事前にある程度ガリアの重要な部族名の知識を入れておくことで、本文が読みやすくなります。ローマ人のために書かれた本を読むには、こちらがローマ人に近づく必要があります。ガリアの重要な部族や『ガリア戦記』の重要人物については、この記事の後半で紹介しておきます。

3.地図を手元に置いておく

ガリア戦記』が読みづらい理由のひとつに、「今どこにいるのかがわからない」があります。古代の地名は現代とは異なり、ライン河はレヌス河、オルレアンはケナブム、ブールジュはアヴァリクムなどと記されています。さらに、多くの部族が登場しますが、それぞれの部族がどこにいるのかも、読者は知りません。なので本文を読むだけでは、ローマ軍の行動をイメージしづらく、内容に入りこめないのです。

ここを補うには地図が必須です。一枚だけでもいいので、ガリアの主要な部族の配置と地名が書かれた地図をそばに置いておきましょう。小池和子『カエサル 内戦の時代を駆けぬけた政治家』の92ページの地図がかなりおすすめですが、PHP文庫版『ガリア戦記』なら、巻ごとのローマ軍の行軍経路が記されているので、どの部族とどんな順番で戦ったのかがよくわかります。

4.先にダイジェスト版を読む

ガリア戦記』はいきなり挑戦するのはなかなかハードルの高い書物です。ですが、先に入門書的なものを読んでおけば、読みやすさは格段に違ってきます。『ガリア戦記』入門としておすすめなのは、『カエサル 内戦の時代を駆けぬけた政治家』の第三章「ガッリア総督カエサル」です。この章は実質、『ガリア戦記』のダイジェストになっていて、要所要所で著者の解説も入ってくるので、先に読んでおくと本文の理解を助けてくれます。

ただし、この三章を読むのも楽とはいえません。部族名や人名・地名など固有名詞が多いうえ、著者がラテン語の読み方に近い表記にしたためか「エブローネース族」「ウェルキンゲトリークス」など固有名詞が読みにくくなっているからです。とはいえ、ここを読むことで『ガリア戦記』の雰囲気をつかめますし、読み通すことで重要な部族名や人名をある程度覚えられれば、本文に入りやすくなることも確かです。読むのが必須とは思いませんが、『ガリア戦記』入門として役立つ一冊として紹介しておきます。全体を通して読めば、カエサルの生涯を理解することもできます。

5.小説のような面白さを期待しない

ガリア戦記』は世界的な名著だから面白いだろう、と過度な期待を抱くのは考えものです。カエサルローマ市民に自分の業績を示すために遠征記を書いたのであって、小説を書いたわけではありません。基本、淡々とした戦況報告がつづく本だと思ったほうがいいでしょう。それでも『ガリア戦記』が面白いといえるのは、これを読めば「ローマ軍のリアル」がわかるからです。

たとえば、『ガリア戦記』最初の戦いであるビブラクテ近郊の戦いでは、ローマ軍が丘の上からヘルウェティイ族へ槍を投げています。ここで、「その槍は穂先が曲がってしまい、抜こうにもなかなか抜けない。左手を拘束されたガリー人は、いつもの動きができず、何度も引き抜こうとむなしく試みたすえ、多くが盾を投げすて、無防備のまま戦うこととなった」という描写が出てきます。これは、ローマの投げ槍が盾に刺さると抜けにくくなるよう工夫されていることを示しています。盾で防がれても、ガリア人は槍が抜けず重くなった盾を捨てるしかないため、防御力を削ぐことができます。このような戦いのディテールがよくわかるのが、『ガリア戦記』の醍醐味なのです。

とはいえ、『ガリア戦記』に小説的な面白みがまったくないわけでもありません。淡々とした記述のなかに、突然少年ジャンプ的な展開が挟まることもあります。たとえば第五巻では、ネルウィイ族に襲われたキケロの陣営で、百人隊長プッロとウォレヌスが大活躍する場面があります。この二人はふだんは昇進を競うライバル同士なのですが、このときは二人は互いの危機を救い、大喝采を浴びています。「投げ槍の一本がプッロの盾をつらぬいて剣帯に突き刺さり、鞘の位置をかえた。このため、プッロが右手で剣を抜くのが遅れ、敵に包囲されてしまった」と描写も具体的で、絵が浮かびやすい書き方になっています。盛り上がりに期待しないほうがこのような場面を楽しめるので、物語的な楽しみを期待せずに読むのがおすすめです。

6.盛り上がる個所を知っておく

ガリア戦記』は小説ではないと書きましたが、それでも盛りあがる個所はいくつもあります。そこを事前に知っておけば、早くたどり着こうと退屈な部分にも耐えやすくなります。ここでは、『ガリア戦記』の面白ポイントをいくつか紹介しておきます。

カエサルの演説(第一巻四十節)

ここではゲルマン人の襲撃におびえる兵士を励ますカエサルの演説が読めます。カエサルは言葉を飾らず、論理的に兵士を激励しているのがよくわかります。「恐れることはない。汝らの勇気とこのカエサルの采配とがあるではないか」というカエサルの叱咤は、先にヘルウェティイ族を破った実績に裏付けられているので、実に説得力があります。

・サビス河の戦い(第二巻十九~二十六節)

ここでははじめてガリア人相手に苦戦するカエサルの様子を知ることができます。ベルガエ人のなかでも屈指の勇猛さを誇るネルウィイ族に攻め込まれ、多くの百人隊長が戦死するほど追い込まれるなか、カエサルがどう軍団を立て直すかが見どころ。カエサルの指揮ぶりがかなり具体的にわかる戦いです。

・アンビオリクスの策謀(第五巻二十七~三十七節)

エブロネス族の策士・アンビオリクスがローマ軍を翻弄する第五巻。ここは全体のなかでもかなり面白く、小説のように読める箇所です。練度でも装備でもローマに劣るガリア人がどうローマ軍に立ち向かうのか、ローマの指揮官たちはこれにどう応じるのか……迫真の駆け引きがここにはあります。アンビオリクスの戦い方も詳しく書かれていて、彼が指揮官としても有能だったことがわかります。彼を相手取ったローマ軍の命運は必見。

キケロの奮闘(第五巻三十九~四十五節)

アンビオリクスはベルガエ人一の戦闘民族・ネルウィイ族を説得し反乱に踏み切らせますが、このネルウィイ族が襲いかかったのがキケロの冬営地です。このキケロ文人として名高いキケロの弟です。攻城櫓や破城鉤など、ローマ軍と同じ攻城兵器を使ってくるネルウィイ族と粘り強く戦うキケロの奮闘ぶりが見どころですが、この箇所では先に書いた百人隊長プッロとウォレヌスが助け合う姿も読めます。

・アレシアの戦い(第七巻六十八~八十九節)

ガリア戦記』中もっとも有名で、ガリア人とローマ軍の最終決戦です。ウェルキンゲトリクスが籠城を決めた都市アレシアをローマ軍は完全に包囲しますが、この包囲を外から破ろうとするガリア人とローマ軍との戦いが最後の見せ場になります。ここではカエサルの副官中もっとも有能なラビエヌスが苦戦するほどの激しい戦いになりましたが、ここでカエサルがどう動くかが必見。簡潔な記述のなかに、カエサルの覚悟が見えます。

覚えておきたいガリアの部族

ガリア戦記』には数多くの部族が登場します。重要な部族名を知っておけば、ローマ人との情報格差を埋めることができ、『ガリア戦記』で挫折しにくくなります。ここでは最低限知っておいた方がいい部族について記しておきます。

・ハエドゥイ族

エドゥイ族は全ガリア中、もっともローマに友好的な部族です。ガリアでの戦争は、このハエドゥイ族の領土をヘルウェティイ族が荒らしたことからはじまりました。カエサルはハエドゥイ族の力を当てにしており、他のガリアの部族と戦わせたり、ハエドゥイ族の兵士を連れていたりするのですが、穀物の供出を拒否するなど、時おり不穏な動きも見せます。このハエドゥイ族が最終的にどうなるのかも『ガリア戦記』終盤の見どころのひとつになります。

・レミ族

エドゥイ族と並ぶローマに友好的な部族ですが、不穏な動きを見せない分、むしろハエドゥイ族より信頼できる味方です。レミ族はガリア北方のベルガエ諸族について、重要な情報をもたらしてくれます。この情報は二巻の最初のほうに出てきますが、部族ごとの特徴や兵力が書かれており、非常に興味深い内容となっています。

・ネルウィイ族

このレミ族の情報では「ベルガエ人のなかでもっとも勇ましい」とされているのがネルウィイ族です。五万の兵力を持ち、軟弱にならないためにワインなどのぜいたく品を輸入しない禁欲的な部族で、ガリアにはめずらしく歩兵部隊しか持たないという特徴もあります。かわりに垣を作って騎兵をふせぐ技術を持ち、戦争では恐ろしいほどの勇猛さを見せます。サビス河の戦いでは、一時カエサルを追い詰めるほどの活躍を見せました。

・ウェネティ族

ガリアでは珍しく、水上戦闘に長けている部族です。ウェネティ族の町は岬の先端にあり、潮の干満のため接近しにくく、しかもいざというときは船で人や物資を避難させるので、攻略のむずかしい相手でした。しかもウェネティ族の船は頑丈で、ローマの軍船が衝角をぶつけても壊すことができません。この難敵にどう立ちむかうかが、『ガリア戦記』中盤の見どころのひとつでもあります。

・トレウェリ族&エブロネス族

セットで紹介するのは、トレウェリ族のインドゥティオマルスとエブロネス族のアンビオリクスが協力してカエサルに対抗するからです。インドゥティオマルスフィクサー的な動きを好み、ライン河の向こうのゲルマニア人を煽動したり、周辺のガリア人を炊きつけたりしますが、最初に乗ってきたのがエブロネス族です。知略に長けたアンビオリクスはローマ軍にある策を仕掛けるのですが、この後ローマ軍がどうなってしまうのかが『ガリア戦記』五巻の最大の見どころになります。

・アルウェルニ族

ガリア最大の英雄・ウェルキンゲトリクスを産んだ部族です。フランス中部のオーヴェルニュ地方に住んでおり、この地名の語源にもなっています。もともとはハエドゥイ族とガリアの覇権を争うほどの有力な部族で、中心となる都市ゲルゴウィアはカエサルの攻撃を受けることになります。このゲルゴウィアの戦いではカエサルウェルキンゲトリクス相手に苦戦することになりますが、この戦いのゆくえは『ガリア戦記』終盤の見どころのひとつになります。

・ベッロウァキ族

レミ族情報によれば、「ベルガエ人のうち、武勇でも権威でも人口でも圧倒的」なのがこのベッロウァキ族です。そのせいか独自に動きたがり、ローマ軍との最終決戦であるアレシアの戦いにも兵士を送ってきませんでした。ベッロウァキ族の活躍が目立つのはアレシアの戦い後の八巻で、彼らがアトレバテス族の王コンミウスと組んでカエサルと戦う様子をくわしく知ることができます。

知っておきたい重要人物

ガリア戦記』の登場人物は数多いですが、重要人物はかなり限られています。以下に大事な役割を果たす人物を何人か紹介しますが、これらの人物の活動に注目しつつ読むことで、『ガリア戦記』を読む楽しみも増すかもしれません。

・ラビエヌス

ガリア戦記』にはカエサルの副官が何人か出てきますが、その中でもっとも有能なのがこのラビエヌスです。的確なタイミングで援軍を投入してカエサルの危機を救ったり、カエサルブリタンニア遠征中に留守を守ったり、単独でガリア人の武将を何人も討ち取ったりと、その功績は数多く、失敗は一度もありません。このラビエヌスですら苦戦していたのが『ガリア戦記』の最後を飾るアレシアの戦いだったことから、これがいかに激しい戦いだったかを知ることができます。

・ドゥムノリクス

エドゥイ族のなかの反ローマ派のリーダーです。ハエドゥイ族はガリア中でもっともローマと親しい部族ですが、カエサルがハエドゥイ族に命じた食糧調達がうまくいかないのは、ドゥムノリクスが邪魔していたからです。親ローマ派の兄ディウィキアクスをしのぐ人望を持ち、大胆なドゥムノリクスは最後はカエサルに逆らい、自分が「自由な民族の自由な民」であることを訴えますが、結局ローマ軍には勝てませんでした。ドゥムノリクスの存在は、ローマがガリア人の自由を押しつぶす存在だったことを読者に教えてくれます。

・サビヌス

サビヌスもカエサルの副官の一人です。三巻では彼がウェネッリ族相手にローマ軍は臆病だと思わる策を仕掛け、油断したところで大勢を討ち取る場面があります。このように本来は有能なはずの人物ですが、このサビヌスがガリア人のアンビオリクスの罠に引っかかってしまうのです。結果としては大失態を犯してしまったサビヌスですが、それだけアンビオリクスの罠が巧妙だったともいえるわけで、彼が愚かだったと決めつけることはできません。歴史における人物評価のむずかしさについて考えさせられる人物です。

キケロ

ローマ一の文人であるキケロの弟にあたる人物です。彼もまたカエサルの有能な副官で、特にネルウィイ族に冬営地を襲われたときの粘り強い戦いぶりが記憶に残ります。火のついた槍が降りそそぎ、ローマ軍と同じ攻城兵器で攻め立てられても耐え抜いたキケロは、ローマ軍の頑強さの象徴でもあります。一方で、『ガリア戦記』には書かれていませんが、キケロには陣中で悲劇を執筆する一面もありました。兄と同じく、彼には文人の血も流れていたようです。

・アンビオリクス

ガリア人はなんとなく「蛮族」のような印象がありますが、アンビオリクスの活躍はこの印象をくつがえすものです。彼はガリア人屈指の策士で、ローマ軍を罠にかけ大打撃を与えることに成功しています。高い知性の持ち主ですが、ガリア人の立場からすると策を使わなければ勝てなかった、とも言えるでしょう。当時世界最強だったローマ軍と正面から戦うわけにはいかないからです。悪運の強さも特徴で、カエサルが力を尽くして捜索したにもかかわらず、結局アンビオリクスを見つけることはできませんでした。

ウェルキンゲトリクス

ガリア人最後のリーダーで、『ガリア戦記』七巻の主人公ともいえる人物です。一度だけですが、カエサルに勝ったガリア人はこの人だけです。反ローマを掲げて一度は故郷ゲルゴウィアから追われるなど「追放物の主人公」でもあり、逆らうものには拷問を加え、アレシアに籠城しているときは食料を節約するため戦えないものを追い出すなど、かなり強烈な印象を残す人物です。この容赦のなさが、カエサルと戦うためには必要とされたのでしょう。実際、彼は戦時のリーダーとしてはかなり有能でした。ウェルキンゲトリクスのもとに数多くのガリア人が集結したのは彼のカリスマ性のなせる業でしょうが、カエサルが多くのガリアの部族を粉砕した結果、ガリア人の反ローマ感情が高まり、ウェルキンゲトリクスをカリスマの地位に押し上げたという面もありそうです。

・コンミウ

カエサルによりアトレバテス族の王に据えられた人物で、「勇敢にして思慮に富む」と評価されています。ブリタンニア遠征ではカエサルを補佐していましたが、アレシアの戦いではウェルキンゲトリクス側につきました。コンミウスはこの戦いの後もベッロウァキ族と組んでローマ軍と戦い、敗北したのちも盗賊になって食料を略奪するなど、しつこくローマを悩ませ続けました。よほど厄介な相手だったのか、ラビエヌスは彼の暗殺すらたくらむほどでした。最終的にアントニウス(後のクレオパトラの恋人)が彼にどう対処するかは、八巻を読むとわかります。

 

知っておきたい軍事知識

ローマ軍の装備や攻城兵器などを細かく解説しているときりがないので、ここではローマ軍団の構成についてだけ書いておきます。ローマ軍の最小単位は百人隊(ケントゥリア)で、百人隊長が率います。百人隊が二個集まると中隊(マニプルス)となり、中隊が三個集まると大隊(コホルス)になります。そして大隊が十個集まると一個軍団となります。なので数字の上では一個軍団は6,000人ですが、実際には百人隊の人数が100人いるとは限らず、軍団の兵士が6,000人に満たないこともよくあるので、あくまで大体の数字です。これがわかれば、「カエサルが六個軍団でアルウェルニ族の町ゲルゴウィアをめざした」と書かれている場合、大体36,000人くらいだな、と規模感を想像することができます。岩波文庫の訳だと「コホルス」「マニプルス」などのラテン語がそのまま出てくるので、コホルス(大隊)=600人、マニプルス(中隊)=200人と知っておけば読みやすくなります。

 

八巻は読むべきか?

ガリア戦記』のうち、カエサル自身が書いたのは七巻までです。岩波文庫版『ガリア戦記』は七巻までで終わっていて、これ以降は読めません。なので七巻まで読めば『ガリア戦記』を読了したことにしてもいいかと思います。ただ、もし八巻が載っている訳本を持っているなら、ここを読まないのはもったいないかもしれません。七巻のアレシアの戦いほどの大規模な戦いこそないものの、八巻では七巻まであまり出てこなかったベッロウァキ族との戦闘の様子がくわしく書かれており、アトレバテス族の王コンミウスとローマの騎兵隊長ウォルセヌスとの因縁の対決など、小説的に面白い場面もあります。加えて、この巻ではカエサルが占領した都市ウクセッロドゥヌムで、武器を取ったもの全員の両手を切り落とす描写があります。敵には寛大だったとされるカエサルにも、このような一面がありました。この箇所は、著者がカエサル自身ではないからこそ書けたのかもしれません。このように、七巻までとはまた違う内容を持つ八巻にも、独自の魅力があるのです。

【書評】ディアスポラ誕生とホロコーストの「間」を埋めるユダヤ通史『ユダヤ人の歴史 古代の興亡から離散、ホロコースト、シオニズムまで』

 

 

ユダヤ人は、古代と近現代に存在感が強くなる。古代のユダヤ人は一神教をつくり、イスラエル王国を建国したのちバビロンに連れ去られるなど、大勢力ではなくとも有力なプレイヤーとして登場する。近代以降はナチス政権下におけるホロコーストで、急に歴史上に再登場してきた印象がある。少なくとも世界史の教科書ではそう扱われる。だが、中世や近世でも、もちろんユダヤ人はさまざまな形で存在していた。『ユダヤ人の歴史 古代の興亡から離散、ホロコーストシオニズムまで』は、教科書では記述の薄い中世や近世のユダヤ人について、豊富な情報を与えてくれる一冊だ。

 

著者の鶴見太郎氏によれば、バビロン捕囚により生まれたユダヤ人のディアスポラ(故郷を離れて暮らす人々の共同体)が、さまざまな環境と「組み合わさる」ことにより、ユダヤ人の歴史は展開していったという。イソギンチャクとクマノミが共生関係を築くように、ユダヤ人は移住先の社会とどのように「組み合わさる」かを探り、譲れない一線を守りつつ自分たちも変化させていった。本書では、ユダヤ人と多くの社会との「組み合わせ」が描かれるが、なかでもうまくいった「組み合わせ」の事例をここでは二つ紹介したい。

 

この本の第2章『古代末期・中世──異教国家のなかの「法治民族」』では、おもにユダヤ人とイスラームの関係性について書かれている。イスラーム世界のユダヤ人として特に注目に値するのは、哲学者や医師として活躍したマイモニデスだ。彼はコルドバのラビの家系に生まれたが、この都市がムワッヒド朝に占領されたため、家族とともに12年間もアンダルシアを放浪している。ムワッヒド朝は異教徒に強く改宗を求めたため、マイモニデスは表向きはイスラームに改宗せざるを得なかった。一般的にはキリスト教世界にくらべ、イスラームユダヤ教に寛容だったといわれる。ジズヤ(人頭税)を払えば生命・財産の安全と信教の自由が保障されたし、後ウマイヤ朝では「宮廷ユダヤ人」として活躍する人々もいた。だが、ユダヤ人がつねにイスラーム世界で安全に生きられたわけではない。

 

マイモニデスはのちにファーティマ朝統治下のフスタートに移住したが、ファーティマ朝ユダヤ人に寛容だった。ここでマイモニデスはシーア派の一派イスマーイール派の影響を受けつつ、自身の学問を深めていくことになる。ファーティマ朝はのちにアイユーブ朝にとって代わられたが、マイモニデスは始祖のサラディンの医師を務めている。こうして見ると、イスラームユダヤ人との「組み合わせ」がいつもうまくいったわけではない。著者によれば、「イスラームの宗派のなかに、ユダヤ教(の一派)との相性がとくによいものがあった」ということになる。イスマーイール派聖典を比喩としてとらえる傾向があったが、マイモニデスも聖書の章句が比喩である可能性を重視し、聖書の記述に合理性を読み取ろうとしていた。このようなマイモニデスの思想は、確かにイスマーイール派とうまく「組み合わさって」いたといえる。

 

一方、キリスト教世界では、とくにポーランドユダヤ人との相性が良かった。本書の第3章「近世──スファラディームトアシュケナジーム」で紹介される両者の関係性は以下のようなものだ。十字軍以降、キリスト教的正義感が高揚すると、ユダヤ人の迫害が激しくなった。ドイツ各地から追放されたユダヤ人は東へ逃れ、ポーランドに受け入れられた。ポーランドの8~10%を占める貴族(シュラフタ)はユダヤ人に土地の管理や農民からの徴税を任せ、貴族の領土ではユダヤ人に酒造の権利も認めた。中世後期から農業国として台頭してきたポーランドが、ユダヤ人の事務・会計能力の高さをうまく活かした形になる。ユダヤ人は律法を学んでいるため識字率が高く、会計や商業に向いていた。全国単位での自治も認められたユダヤ人は、領主と農民の間に立つ「中間マイノリティ」としての地位を確立した。

 

しかし、「組み合わせ」がうまくいったのはあくまでユダヤ人と貴族の間だけであって、ユダヤ人がポーランドの全国民から歓迎されたわけではない。農民からすれば、ユダヤ人は貴族の手先であり、こちらを搾取する存在と映る。やがて鬱積した農民の不満は、1648年のフメリニツキーの乱として爆発する。ポーランドのもとで小作農を営んでいたコサックの首領ボフダン・フメリニツキーは、ウクライナユダヤ人を多数殺戮した。このように、東欧におけるユダヤ人迫害は、キリスト教の影響より、社会経済的な背景から生まれたものだった。社会経済的理由で貴族とうまく「組み合わさった」ユダヤ人は、同じ理由で農民から不満を向けられることになった。

 

ポーランドに多くのユダヤ人が存在していたことは、ホロコーストの伏線になる。第4章「近代──改革・革命・暴力」によると、ホロコーストナチスだけが原因で起きたわけではない。近代ポーランド民族主義者は、ユダヤ人を含む少数民族が国民統合の障害となる見解を持っていた。ユダヤ人は国境を越えて連携するリスクがあると見られており、安全保障上の脅威になるとも考えられていた。こうした偏見が、地元住民主導による虐殺を引き起こしたこともある。ポーランド北東部の町イェドヴァブネでは1941年、数百人以上のユダヤ人が殺されたが、これはポーランド人の主導した事件だった。ユダヤ人が共産主義者とのつながりを疑われるなど、政治的脅威とみなされた地域では、こうした悲劇が起きることがあった。ホロコーストの主犯格がナチであったことは間違いないが、そこにポーランド特有の政治事情も絡んでいたことを、本書は教えてくれる。

 

このように、本書では中世や近世のユダヤ人が移住先の社会とどう「組み合わさった」のかを、詳しく教えてくれる。世界史の流れをたどりつつ、その中にユダヤ史を位置づける書き方なので、読み進めるうちに世界史の復習もできる。加えて、この本ではユダヤ教についての重要な知見を得ることもできる。ユダヤ教キリスト教イスラーム同様「排他的一神教」だが、実は初期には唯一神信仰が確立していなかったという本書の指摘は、けっこうな驚きだ。唯一神信仰は、バビロン捕囚により生まれたのだという。ではなぜユダヤ教唯一神のみを信仰する「排他的一神教」になったのか。これについての本書の解説は、古代の政治や宗教を知るうえで、大いに助けになるものと思う。

当時において、各民族はそれぞれ異なる神を信仰しており、戦争は神々の戦いであると考えられていた。この考えからすると、アッシリアなりバビロニアなりに滅ぼされることは、それらの神に自分たちの神が敗北したことを意味してしまう。

ところが、アッシリア人バビロニア人を司る神と自分たちの神が実は同じであるならば、敗北は自分たちの神の敗北を意味しなくなる。また、当時、神々は地域と強く結びついていたから、カナンの地から引きはがされることは、その土地の神にとって厳しい状況となるが、世界を司る唯一神であれば、バビロニアにおいても同様に身近に感じることができる。

聖書はユダ王国の人びとの視点から書かれているとされる。その物語はこうだ。北のイスラエル王国の人びとは、禁止されている偶像崇拝を行い、異民族の祭儀を取り入れるなど、契約に背くことを常態化させてしまった。そのために神の怒りを買って、北王国は滅びた。アッシリアの属国になったユダ王国でも、アッシリア王の指示に反して偶像を破壊した王エゼキヤは神に救われるが、その子が再び偶像を持ち込み、神の怒りを買う。こうして神は他の国々がユダ王国を攻撃することを許した──。

唯一神の存在とともにこのような因果関係を信じる者が、バビロニアにおいても同じ神を信じ続け、それによって周囲の異民族と差異化し続けたのだ。そして、異教の地で、王国が反映していたときの輝かしい記憶を想起しながら、いつかカナンの地に戻るときまで信仰を守り、実践するために、立法を整備していった。

(p32-33)

 

他の中世ヨーロッパ生活史本とかぶらないネタも多い『中世イングランドの日常生活』

 

 

中世ヨーロッパ生活史の本は多いが、この本はイングランドに的を絞っている。なので中世イングランドのディテールを知りたい人にはとてもおすすめだ。まず第二章「社会構造と住宅事情」を読めば、階層ごとの農民の暮らしを知ることができる。農奴は誰かと会うたびに帽子を脱ぎ、視線を下げひざを少し折って挨拶しなくてはいけない。社会の最下層であることの悲哀が伝わってくる。農奴の上には隷農がいて、荘園にしばりつけられているが、自分の畑で採れたキャベツや卵を売り小銭稼ぎはできる。隷農のうち豊かなものは余った土地を買い集め、ヨーマン(独立自営農民)になる。ヨーマンがさらに豊かになるとジェントリになることもある。こうして、世界史で習う単語が頭の中でつながっていく面白さも味わえる。

 

この本の特徴のひとつは、女性の暮らしについての言及が多いことだ。第七章「仕事と娯楽」では女性の労働事情についてくわしく解説されている。中世イングランドでは女性は聖職者と弁護士、内科医以外の職業なら何にでもなれた。女性の雇用は多かったが、それは賃金が男性よりも安いからだった。鍛冶屋や石工のような仕事をする女性もいたが、女性が多い職業はハクスター(食品・飲み物行商人)やタプスター(エール商人)だった。このほか屋根ふき職人や木こり・物乞いなど、あるゆる職種で女性が働いていた。他の時代と同様に売春をする人もいるが、奢侈禁止令によって娼婦はエプロンをつけてはならくなる(主婦と混同されないため)など、厳しい差別も存在した。

 

他の中世生活史本にはなさそうなネタもある。負傷兵のその後の人生だ。片足を失った場合、靴屋や陶工・写字生など、座ったままできる仕事になら就ける。失ったのが片腕なら、居酒屋や料理屋での給仕・伝令などの選択肢が残されている。物乞いも選択肢のひとつだが、物乞いはそれにふさわしい状態でなければなれない。手足を失ったり、目が見えなくなったりするなどのわかりやすい障害が必要になる。そうでなければ、修道院や教会から施しを受けるくらいしか道がない。社会福祉事業の存在しないこの時代、弱者が生きのびる方法は限られていた。

 

第十章「法と秩序」には中世イングランドの治安がよくわかる事例が出てくる。この時代、投獄されてしまうと、その人の財産は保護されなかった。無実が判明し釈放されても、財産が没収されていたり、家が勝手に貸し出されていたりする。これらの行為はすべて合法だった。投獄中に土地が奪われてしまうことすらあった。領主たちが隣人の土地を奪い取る手法はこうだ。

それは、その隣人を捏造した罪で逮捕、投獄させ、隣人不在のあいだに、手に入れたい土地が自分のものになるよう境界の塀を移動させるというものだ。そうすれば、隣人が無実だとわかって釈放されたところで、土地が本当は自分のものだと証明するには高い裁判費用がかかる。それも腕の立つ弁護士を雇うことができればの話だ。(p239)

これはさすがに問題だということで、リチャード3世は死罪に相当しない罪で告発された者は保釈される権利を持つと定めた。これにより、本人不在のあいだに財産が奪われることがなくなった。シェイクスピア作品に悪役として登場し、評判がいいとはいえないリチャード3世だが、このような法を定めたことは、著者によれば「法と秩序に対する進歩的、自由主義的な姿勢の表れ」だという。

【感想】「無我」を徹底的に言語化した東洋哲学の入門書『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』

 

 

字が大きい。行間もスカスカだ。この手の本は読むと後悔することが多い。親切なようでいて、結局読者を舐めているからだ。まともに本を読めないレベルの人になら浅いこと言っても大丈夫だろう、という姿勢で書かれた本が、良いものになるはずがない。

 

ではこの『自分とか、ないから。』が読者を舐めているかというと、全然そんなことはない。これは無我だとか空だとか道だとか、いわば東洋哲学の核心を、これ以上できないくらいわかりやすく説いている、実はかなりガチ目な本だ。字が大きいのもひらがなが多いのも、いらすとやの絵が妙にたくさん入っているのも、著者の親切心によるものだ。著者のしんめいPさんは東大を出ているし、京都大学名誉教授の鎌田東二先生の監修までついている。頭のいい人たちが、そのいい頭を使って可能なかぎりわかりやすく東洋哲学を語ってくれているのだから、読む側はこのわかりやすさを黙って受け取ればいい、はずだ。

 

だが面倒くさいことに、読者にもプライドがある。あまりにもわかりやすい本を読むと、どこか「負けて」いる気がするのだ。イージーモードでゲームを遊ぶのは、自分の腕の悪さを認めることになる。なぜ哲学書がイージーではいけないのか。それは結局、「知の権威性」を奪ってしまうからだ。哲学書はただ内容を知りたくて読むものではない。読むことで自分が賢い人間だと思いたい、難しいことに取り組んでいる自分には価値があると感じたい、といった、いやらしいエゴも満たしたいのだ。わかりやすい哲学書に、そんな効果は期待できない。

 

とはいえ、この本に「読んでも賢いふりができない」なんて文句を言うのはお門違いだ。哲学書を読んで自分を賢く見せたい、難しいことを知ってると思われたい、というのは、「自分の価値を上げたい」という欲求の表れだ。だが、『自分とか、ないから』は、タイトル通りその「自分」ってのがそもそもフィクションにすぎないのだ、と主張する本だ。すべての苦しみは、結局「自分が存在している」という勘違いから生まれる、とブッダは説いた。自分がないのなら、価値など上げる必要がない。劣等感も優越感も生まれようがないのだ。だから自分がない、つまり「無我」の境地に至れば、無上の幸福を得ることになる。もう自分の価値なんてこだわる必要もなく、ただありのままでいればいいのだから。

 

とはいえ、その「無我」がむずかしい。それって結局どういうことか。わかりやすく言語化してくれている箇所を紹介しよう。

昨日、コンビニでかったチキンをたべた。ファミチキである。「ファミチキ」なるウキウキしたなまえに、つい騙されるが、要は「鳥のからだ」である。

ファミチキを食う、ということは、「鳥のからだ」を、吸収しているということだ。今のあなたの筋肉は、むかしたべた「鳥のからだ」だ。

「自分」のからだは、食べ物、つまり「自分以外」のものからできているのだ。

もっといえば、「鳥」も、「鳥」以外のものでできている。虫とか食ってる。

「虫」も、「虫」以外のものでできてる。草とか食ってる。

「草」も、「草」以外のものでできてる。水とか太陽の光とか。

この世界は、全部つながりすぎてる。ちゃんと観察すると、「これが自分」といえるものが何もないことに気づくのだ。

「無我」である。(p37-38)

我々が「自分」と思っているものは、無限に入れかわり続ける森羅万象の一部でしかない。それを悟れば「自分」へのこだわりがなくなり、楽になれる。どうやらそんな話のようだ。

 

しかし、それでも「無我」はむずかしい。理屈はまぁわかるけど、それだけで「自分」へのこだわりが消える気がしない。そんな読者のために、著者は仏教史上最強の論破王・龍樹の思想を紹介してくれる。龍樹なら、「頭が悪いから、哲学書を読んで頭をよく見せたい」という人をどう論破するか。彼に言わせれば、それは「戯論(=クソしょうもない考え)」になる。龍樹の「空」の哲学では、自分の「変わらない本質」は存在しない。頭が悪いといったって、本すら読めない人にくらべれば頭は「良い」。そしてプロの哲学者にくらべれば「悪い」。すべては他者との関係性によるのだから、「自分は頭が悪い」という前提自体が虚妄なのだ。

ぼくたちが、悩むときにやってしまいがちなこと。

「自分は弱い」と、前提をおいて、だから「恋人ができない」と、結論づける。

こんなかんじで、論理をくみたてて、なやむ。

龍樹、こういうのぜんぶ論破してくるよ。気をつけて。

まず、自分が「弱い」という前提がおかしい。「強い」というペアの相手がいないやん。

相手がいないのに「彼氏です」って自称するのと同じくらい、おかしい。

「自分は弱い」という前提が成立しないので、「彼氏ができない」という結論も、成立しない。

「自分は弱い」だから「恋人ができない」こういう悩みは、ぜんぶ成り立たないのだ。(p131-132)

言い方を変えれば、「頭が良いだの悪いだの、結局言葉にだまされているだけだ」と言っているのが龍樹だ。良いも悪いも、強いも弱いも、状況次第でどんどん変わっていく。それなのに、「頭が悪い」と言うことで、あたかもその状態が固定しているかのように思えてくるから、悩みが生まれる。すべては移ろいゆくもの(諸行無常)なのに、その実態を見ていないから苦しくなってしまうのだ。

 

と、ここまで書いてもまだ「理屈はそうだけどね……」と言いたくなってくる。龍樹はブッダより理屈っぽいので、余計にそう思う。そもそも東洋哲学、とくに仏教は、頭だけで理解できても意味がない。「自分はない」ことを体感しなくてはいけないのだ。だから僧侶は瞑想をしたり、座禅を組んだり、千日近く比叡山を歩き回ったりする。そんなハードな修行を普通の人はやれないのだから、在家の人には無我の境地なんてわからないんじゃないか、となりかねない。

 

だが、東洋哲学には切り札がある。密教だ。密教の顕著な特徴は、欲を肯定してくれることだ。承認欲求にとらわれていた著者にとり、役立ったのは密教哲学だったという。承認欲求を捨てられないのに、それを捨てるための東洋哲学の本を書くのは矛盾している。だが密教では、ここは矛盾しない。密教では、小欲を大欲に昇華すればいいからだ。承認欲求に導かれて著作に没頭するうち、いつの間にか著者の小欲は「自分が学んだことを全部みんなにあげたい」という大欲になった。これを突き詰めていけば、結局自他の区別はなくなる。それこそ無我だ。欲のスケールを大きくしていくことで「自分」が消えていく体験をした著者は、3カ月かけてこの本を完成させた。

 

入口が欲であれ、東洋哲学を極めていくと、一時であれ「自分」は消えるようだ。いや、消えるというより、もともとなかったことに気づくようだ。その境地がどんなものか、小欲しか持ったことのない身には想像することしかできない。それは言葉にできない世界なのだが、それでも『自分とか、ないから』は、「自分」がないことを手を変え品を変えつつ、言語化できるところまではしてくれている。理屈を知った上で小欲を抱えつつ生きていくのもいいし、その先の世界を見たい人には、巻末の参考文献が助けになる。これにのめり込めれば小さな「自分」が消えるかも、と思えるくらいには魅力的な本がそろっている。東洋哲学という沼に自我を溶け込ませる方向性でも、楽になることはできるのだろうか。