明晰夢工房

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やりたいことがあるのは「解けない呪い」だ――ちきりん・梅原大吾『悩みどころと逃げどころ』

ウメハラという人は、とても言語化能力の高い人だと思う。そして決して媚びない人でもある。例えばこの本の対談で「やりたいことがあるのは幸せ」だというちきりんに対して「やりたいことがあるのは解けない呪いにかかっているようなもの」だなんて言ってしまう。やりたいことをこういう言葉で表現した人を、僕は他に知らない。

 

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

 

 

普通なら、やりたいことがあるというのは肯定的に捉えられることのはずである。多くの自己啓発書ではやりたいことをするから能力が発揮されるのだと言うし、それもまた一面の真実ではある。しかし、その「やりたいこと」が格ゲーだったらどうするのか。今のようにまだ少ないとは言えプロゲーマーが存在する時代ではなく、いくらゲームが上達してもそれが稼ぐことにつながらないとしか思えない時代だったら。そういう時代を格ゲー一筋に生きてきた体験があるからこそ、ウメハラはやりたいことをやればいいんですよ、なんて簡単には言わない。自分が格闘ゲームを選んだのはギャンブルだと、彼ははっきり言い切っている。

 

しかし、「解けない呪い」であっても、やはりやり切るしかないのだ、ともウメハラは言う。例えばボクシングのように必ずしも人生の成功に結びつかなさそうなことでも、それが本当にやりたいことならやらなければ後悔するし、よくよく自分と向き合った上でたとえギャンブルでもやるしかない、それで納得できれば勝てなくてもそれがいい人生なのだと。

 

確かにその通りなのである。傍から見て勝っていようと負けていようと、当人が納得できるのが一番いい人生のはずだ。しかしこう言うセリフは、まさにウメハラが勝っている人間であるからこそ説得力を持つ。そしてそのことを当人もよく知っている。

 ウメハラ 結局のところ、おまえ、いい人生を送ってるじゃん」って言えるのは、自分以外にはいない。

ちきりん ですね。……なんだけど、その「外からの評価じゃない。自分で自分を評価すればいいんだ」っていうのも、勝ち組だから言えることだったりしない?

ウメハラ そうですね。うん、やっぱりこれは「勝ち組の人生論」でしょう。

ちきりん おっ、言い切った!

ここには「せっかく今勝っているのだから、その影響力を使って大事なことを言っておかなければ」という責任感のようなものが感じられる。 たとえ勝っていなくてもウメハラなら同じことを考えていたのかもしれないが、この主張を聞いてもらうためには勝ち組でなくてはならない。こういう徹底したリアリズムに裏打ちされているところがウメハラという人の面白さであり、強みでもあると思う。

 

このリアリズムは、学歴についての対談で一番よく出ているように思える。ゲームの世界で成功できたから学歴なんて必要ないのだ、なんてことはウメハラは言わない。アルバイトの世界で学歴差別を受けた経験から、大卒という学歴を手にするメリットは大きいとはっきりと語り、ちきりんには驚かれている。もともと学歴を持っている人には、それがないデメリットをあまり自覚できないのだ。

 

ゲームがとにかく好きであることはプロゲーマーとして活動していくには強みであるには違いない。しかしウメハラがゲームセンターに通いつめていたい時代には、そもそもそんな職業自体存在していなかった。今だってプロゲーマーという枠自体がごく狭いものでしかない。だから今でもやりたいことは「呪い」だと言わざるを得ないのだろう。

 

ゲームに全てを捧げるほど打ち込むことが「呪い」だと言われなくて済むほど、eスポーツが将来的にひとつの職業として定着する可能性はあるのだろうか。それは現段階では何とも言えないが、そうなって欲しいとは思っている。本当は全ての人がやりたいことでお金を稼げるようになり、「呪い」にならない社会が理想なのだろうか。しかし当分の間、世の中はそんな風にはなりそうにない。だからこそ、こういう本を読んで考える意味も出てくる。