明晰夢工房

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なぜ秋田県では高齢女性(ババ)がヘラでアイスを盛るのか?杉山彰『ババヘラ伝説』

 

 

春先になると、秋田では公道沿いにビーチパラソルが立ち並ぶ。カラフルな傘の下では、売り子が金属のヘラでコーンにアイスを盛り付ける。秋田の夏の風物詩として知られるこの路上アイスは、おもに中高年女性が販売していることから、いつのまにか「ババヘラ」の愛称がついた。この独特の語感、とぼけているのに妙なキレのある絶妙なネーミングは、一度耳にすると不思議と忘れられない。

 

しかしこれは高齢者に失礼な呼び名でもあるため、あまり大っぴらに言っていいものでもなく、NHKでは「ヘラアイス」の名で紹介された時期もある。2002年には「ババヘラ・アイス」が商標登録されたこともあり、ようやくこの独特な呼称は市民権を得ることになった。このころ、ロッテから「ババヘラ味のガム」が発売される可能性があり、急遽商標登録する必要に迫られたためだ。

 

ところで、なぜババヘラアイスは高齢の女性が売っているのだろうか。「ババヘラ」がそう名付けられるに至った背景事情が、杉山彰『ババヘラ伝説』には記されている。

ババヘラの売り子である女性たちの平均年齢、どのくらいか知っていますか。70才を超しているのです。85才の売り子の方もいるということです。路上アイス売りは全国にいるにしても、この年代の女性ががんばっているのは、秋田だけでしょう。最近は40代から50代の「若手」もずいぶん増えてはいるのですが、主流はやはり高齢者です。それでこそ、ババヘラという卓抜したネーミングも生まれたわけです。

勤続30年という女性もいるのですから、売り子たちも最初から70才だったわけではありません。しかし、70才から30年を引いてもわかるように、最初から若い娘だった、というわけでもありません。

最初は、農家の主婦の農閑期のパートだったのです。農家の主婦は、過酷な自然条件や労働条件に耐える能力を備えていて、さらに農繁期を除けば、雇用が容易だったために、うってつけだったのです。(p41)

 

 

ババヘラアイスの普及には、農業県独特の労働事情がかかわっていたことになる。こうして雇用された農家の女性たちにとり、ババヘラ販売はいい気分転換になっているようだ。あんばいこうババヘラの研究』には、こんな売り子たちの声が紹介されている。

「山菜の季節は十和田湖、桜の季節は角館、県内の行楽地のあっちこっちに行けるのも楽しいな」

「田んぼと家の中だけでない、別の世界を見せてもらって、うれしい」

「家にばっかしいると身体の具合悪くなる。外でいろんな人と話ができるから、みんな、この仕事好きなのよ」

農業とはちがい、ババヘラ販売にはさまざまな土地へ移動できる楽しみがある。この楽しみを奪わないため、業者は売り子をワゴン車で配置場所へ移動させるとき、どこに降ろすかは告げないルールがあるそうだ。この事実を、「農業をやっている人も時には狩猟民だった頃のDNAに突き動かされ、あちこちの土地をさすらいたくなるのだろう……」などと解釈するのは考えすぎだろうか。