明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなど

今改めてプレイすると味のある名作・ドラゴンクエスト7

4月の終わりから1ヶ月くらいかけてドラゴンクエスト7で遊んでみた。この作品が発表された当時、あまり評判が良くなかった記憶がある。魔王に封印されている島を次々と復活させていくというシステムのため、ストーリーが長い割に細切れになっている感があってあまり壮大な感じを味わえなかった記憶があるし、それぞれのストーリーもどこか苦い感じがあったり、あまり爽快感を味わえないようなものも多くて今ひとつ納得が行かなかった記憶がある。

ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち

ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち

 

 しかし、あれから10年以上経った今改めてプレイしてみると、まさにこの苦い部分やうまくいかない部分こそが味なのではないか、と思うようになった。最初に飛ばされる地であるウッドパルナのマチルダの話からしてこの世の不条理さを思い知らされるし、ダーマ神殿周りの「魂砕き」のような人のエゴが爆発する話も深い味わいがある。そしてなによりドラクエ7らしさが出ているのがグリンフレークの町のエピソードだ。


グリンフレークでは金持ちの息子のイワン、その家の庭師のぺぺ、イワンのメイドを勤めるカヤとイワンの許嫁あるリンダとの4人の人間関係が描かれる。詳細は省くが、結局この4人の人間関係は破綻をきたしてしまうことになる。主人公はこの事態に介入することができず、ただ事のなりゆきを黙って見ていることしかできない。人生はままならないものだ、というメッセージが強く伝わってくる。いずれ世界を救うことになる勇者一行でもどうしようもないことがこの世界にはあるのだ、ということを見せつけられる。


ドラクエ7といえば、特に評判が悪いのがレブレサックという村のエピソードである。このエピソードでは結局村を救ったはずの人物が最後には不幸になってしまうし、主人公のやったことも未来においては歴史が書き換えられてなかったことにされてしまうなど、後味の悪さでは筆頭に挙げられるエピソードだ。いろいろな解釈ができそうな話だが、個人的には「後世で称えられなくても、村を救ったこと自体で良しとすることができるか」という、ある意味英雄としての資質を問われる話だったのではないかと思っている。


こうした不条理さ、ほろ苦さというものは、ある一定の人生経験を経たあとでないと本当の良さがわかりにくいのではないかと思う。そのため、発売当初これを遊んでいた若い人たちの間ではあまり評判が良くなかったのかもしれない。事実、自分自身があまりこの良さをわかっていなかった。


3DS版になって、転職すると見た目が変わるという楽しみも増えたし、職ごとの熟練度を上げるのもだいぶ簡単になっているようで、終盤はパーティー中3人が勇者になっていてラスボス戦がかなり楽だった。シンボルエンカウントになったのも地味に良い点で、やはりいつ敵に遭遇するかが可視化されているとかなりストレスが軽減されることもわかった。こういう細かい改善点のおかげでかなり遊びやすくなっているので、ストーリーに集中できるようになったという点も良い。

 

歳月を経ることで、改めて良さを確認できる作品というものがある。作品の良さを味わえるほどに自分自身が成長できていないこともあるのだな、ということを強く納得させられる1作だった。