明晰夢工房

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【書評】荘園を知れば日本中世史が圧倒的にわかる!伊藤俊一『荘園-墾田永年私財法から応仁の乱まで』

 

 

学問とは本来面白いもの、ということがこの本を読むとよくわかる。本書『荘園-墾田永年私財法から応仁の乱まで』は、荘園という一見地味で硬いテーマを扱っているが、その中身はといえば古代から中世末期にいたるまでのダイナミックな社会変動、土地制度にまつわる有名無名の人々の営みである。なにしろこの時代、人口の大部分は農民であり、荘園は農民の生活と労働の場であるから、荘園を知ることは中世社会そのものを知ることにもなる。荘園という覗き窓からみえてくる中世社会は、こちらの想像以上に活力と刺激に満ちている。これが面白くないはずがない。

 

荘園の実態は時代によって異なるが、第二章を読むと、摂関期における荘園は、江戸時代の農村とは異世界といえるほど違っていたことがわかる。天災が頻発し、古代社会の秩序が破壊されるなか、台頭してきたのは富豪層とよばれる有力農民だった。これらの農民は農業経営者としては田堵とよばれ、みずからの資本で経営をおこなう「プロ農民」だった。田堵はその経営力を見込まれ受領から荘園の耕作を請け負っていたが、自立性が強く、税負担の重い土地からは去ってしまうこともある。後世のように、先祖代々の土地を守る農民の姿はここにはない。多くの農民を引き連れ、威勢を誇った田堵も一~三年の短期契約で働いており、その立場は不安定だった。農民は田堵になれなければ田堵の従者になるか、田堵に雇われ耕作することになる。農民間での競争は激しく、農村の雰囲気は殺伐としていたと想像される。著者はここに不安定な競争社会である現代との共通点を見てとり、「昨今の日本がこの時代に似てきたようで心配になる」と不安を漏らしている。

 

本書は教科書の知識もアップデートしてくれる。日本史教科書に出てくる「寄進地系荘園」という言い方は、この本では使われていない。それは、この言葉が摂関期の免田型荘園をさすのか、院政期における領域型荘園をさすのかわからず、領域型荘園の画期性がみえなくなってしまうからだ、と第五章で解説される。摂関期の免田型荘園での寄進は貴族の権威を借りて国司の介入や収公から守るためのものだったが、領域型荘園での寄進は上皇摂関家の権力によって、山野を含む広大な領域を囲い込むためのものである。領域型荘園では、土地を寄進した在地領主は広い土地を管理でき、免田型荘園と違いはじめから不輸・不入の特権も認められたため、長期的展望をもって経営にあたれるメリットがあった。荘園が巨大になり収入が増えることで、巨大な八角九重塔をもつ法勝寺のような寺院の建築も可能になった。荘園は経済的に院政期の文化を支えていたのだ。

 

五章を読みすすめると、鎌倉幕府の成立が荘園に与えた影響がよくわかる。源頼朝は、武士の軍功への恩賞として、荘園や公領の所職(下司職や郡司職・郷司職など)を与えた。所職は実質的な土地支配権であるため、ここに土地を媒介とする主従制、西欧の封建制に似た体制が成立した。所職は1185年6月以降は地頭職の名称に統一され、所職の任免権が今後も頼朝にあることが明示された。鎌倉幕府は地頭職の任免権を握ったため、荘園領主知行国守から解任されることがなくなった。これは著者にいわせれば「在地領主層による巨大な労働組合ができたようなもの」ということになる。地頭職にある武士にとって、鎌倉幕府が権益を守ってくれる、実にありがたい存在だったことがわかる。

 

荘園は貨幣経済が進展する場にもなった。第七章には、宋銭が大量に流入したことにより、荘園にも貨幣経済が浸透し、年貢の代銭納化が進んでいく様子がえがかれている。荘園では年貢を納める手段は自由だったので、運搬の利便性をとるなら年貢は軽量な銭で納めたほうがいいことになる。年貢の代銭納化は年貢を集積し、京都へ運ぶ拠点となる港湾都市の発達をうながす。草戸千軒や尾道、十三湊などはこうした経緯で発達した港町である。

このように貨幣経済が発達するなかで、富を蓄えたのが「悪党」だ。年貢の代銭納化にともない、荘園代官が実入りのよい職になったためこの地位をめぐる紛争が激化し、紛争当事者に雇われるならず者として悪党が求められていた。悪党は異形の風体で人を驚かし、目的のためには武力行使もいとわない、鎌倉幕府の秩序から逸脱する存在だった。鎌倉幕府荘園領主の訴えにこたえ、六波羅探題に命じて悪党を召し取ったが、かえって彼らを敵に回してしまった。結局悪党の主敵は鎌倉幕府になってしまったわけだが、荘園経済が育てた悪党が、荘園経済によって立つ鎌倉幕府を滅ぼす一勢力になってしまうところには、歴史の皮肉めいたものも感じる。

 

このように、本書『荘園-墾田永年私財法から応仁の乱まで』は、荘園という切り口から日本中世史の数多くのトピックを語ってくれるので、硬い本なのに飽きることがない。荘園制度の変遷はそれなりに複雑なので楽に読めるわけではないが、これを一冊読んでおけば格段に日本史の見通しがよくなる。荘園に興味のある人だけでなく、日本史をもっと知りたい、深く理解したい、という人にも、これは文句なしにおすすめできる好著だ。