明晰夢工房

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緑色の表紙の本ばかり選ぶと何が読めるのか

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表紙が緑色の本ばかり選ぶ人がいるらしい。緑が表紙のどれくらいの割合を占めていればいいのか、表紙とは背表紙も含むのか、などの疑問がわくが、そこはあまり細かく考えないことにして、「とにかく緑っぽい本」を選ぶと何が読めるのか試してみた。手元にある本から選んでいるのでジャンルが偏っていることはあらかじめお断りしておく。

岩波新書の青版

緑色の本、というとまず古い岩波新書が思い浮かぶ。だが正確にはこれは「青版」で、1949年から1000点が刊行されている。青版には森島恒雄魔女狩り』、田中美知太郎『ソクラテス』、貝塚茂樹諸子百家』、吉川幸次郎漢の武帝』などの古典的名著が多い。なかでも『ソクラテス』はクサンティッペが本当に「悪妻」だったかについて考察を加えているところが興味深い。書かれた時代が時代なので内容は古びているものが多いが、昔の学者は格調高い文章を書く人が多く、味読できるという点では今でも十分読む価値はある。

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本と鍵の季節

「緑の表紙の本」を選ぶ人が雰囲気重視で選んでいるとしたら、たぶんこういうのが欲しいのだろう、といった感じの本。図書委員の堀川次郎松倉詩門が図書室にもちこまれる謎を解いていくシリーズだが、米澤穂信なので謎解きの面白さと時おり混じるビターな味わいは健在。古典部シリーズと違って探偵役が決まっているわけではなく、堀川と松倉のやり取りの中で推理が進んでいくのが本作の持ち味でもある。現代が舞台なのに、時おり妙に古典的な表現が混じるところもいつもの米澤穂信という印象で安心感がある。

 

人を動かす

人を動かすには自己重要感(重要人物であろうとする欲求)に訴えるのが大事ですよ、と繰り返し訴えている本。古典的な自己啓発書であり、人間学の本でもある本書では、リンカーンの面白エピソードが紹介されている。若いころ手紙でさんざん人を煽っていたリンカーンはついに決闘沙汰にまでなり、あやうく命を落とすところだった、というのだ。この経験から、彼は手厳しい非難はなんの役にも立たないことを学んだという。本書の表紙が緑色なのは、「他者の自己重要感を満たしてあげれば安全に生きられ、あなたの心も平穏になりますよ」というメッセージだったりするのだろうか。

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中央公論社 世界の歴史シリーズ

このシリーズも「表紙が緑の本」にカウントしていいだろう。かつて中央公論社から出ていた旧世界の歴史シリーズも箱の字が緑色だったので、中央公論社は緑にこだわりがあるのだろうか。歴史に強い中公だけあって内容は手堅く全般的におすすめできるが、『イスラーム世界の興隆』『古代インドの文明と社会』『ビザンツとスラブ』あたりは読み物としても面白い。『アジアと欧米世界』の川北稔氏(『砂糖の世界史』著者)執筆部分は経済史として読みごたえがあり、なぜ世界が今のような姿になっているのかを世界システム論を用いて記述している。こうした巻があるのも、物語的記述に徹していた旧シリーズにはない魅力になっている。

草食系男子の恋愛学

出版された当時、はてなではこの本をめぐって、さまざまな議論がおこなわれていた記憶がある。昔のはてなは男女論が活発だったことに加え、著者の森岡氏もはてなダイアリーを書いていたからだ。男らしさをあまり持たない男性がどう女性と関わっていけばいいかを森岡正博氏が解説する内容だが、恋愛を題材に男性の性役割を考察する、森岡氏なりのジェンダー論でもある。緑を基調とした表紙は「草食系」をイメージさせるにふさわしい。

ロードス島戦記 誓約の宝冠1

ちょっと緑率が落ちてきた感があるものの、これくらいならまあいいか。背表紙も緑色だし。ファンが待ちに待ったロードス島の新シリーズがようやく始動……したはいいものの、まだ続巻が出ていない。この島の遺跡は探索され尽くしていて、もう冒険者が出る幕がなさそうなので、純然たる戦記が展開しそうだが、果たしてどうなるか。表紙デザインが緑が基調なのはハイエルフであり、森の住人であるディードリットのイメージに合わせたからだろう。旧ロードス島キャラ中唯一の生き残りは、無限の寿命を持つディードリットだけになってしまった。

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洋泉社の歴史新書全般

かつて洋泉社から刊行されていた新書レーベル「歴史新書」もそこそこ緑度が高い。ほぼ日本史の本ばかりだったので表紙が緑地に扇?のデザインになっている。このレーベルは地味ながら面白い本が多かったが、もう古本屋でしかお目にかかれない。『戦国合戦の舞台裏』は戦国時代の情報伝達システムや兵粮の運び方・陣中での過ごし方・退陣の作法など、この時代の戦場の空気を活写したもので、歴史新書の特色がよく出た一冊だった。

辺境の老騎士Ⅱ 新生の森

なろう発の名作『辺境の老騎士』シリーズの二作目。死に場所を求め旅に出た老騎士バルド・ローエンがグルメを楽しみつつ人助けもする一粒で二度おいしい作品だが、緑にこだわると二巻から読むことになり、ちょっと内容の理解が追いつかないところが出てくるかもしれない。一巻ではバルドの過去についてくわしく書かれていて、彼の人となりがよくわかるので、できれば最初から読むのを推奨したい。表紙が緑基調なのはサブタイトルが「新生の森」であるせいか。

戦国の軍隊

これは緑というよりビリジアンになるだろうか。とりあえず緑のカテゴリには入りそうなのでよしとする。戦国時代の軍隊の実態を分析したもので、侍が正社員、足軽が非正規雇用者など、現代の組織になぞらえた解説がわかりやすい。戦国期では早くから兵農分離していたこと、武田信虎足軽を活用して国衆を撃破していたことなど、この本ではじめて得られた知見は多く、この時代に少しでも興味のある読者なら楽しめることは間違いない。

伊達女

これもビリジアンか。義姫や愛姫・五郎八姫など、伊達家の女性たちの生きざまを描いた短編集だが、特に正宗の母・義姫が主人公の『鬼子母』が印象に残った。本作での義姫は伊達と最上の仲介をする気丈さを持ついっぽうで、政宗への愛情も強い人物と描かれている。政宗と義姫の中は良好だったとする研究成果が反映されているようだ。人物描写に新鮮味を出すために歴史学がうまく取り入れられた好例といえる作品。

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中公新書

中公新書もビリジアンかもしれない。言わずと知れた有名レーベルで、歴史系に強いのが特徴。おすすめ本はたくさんありすぎて紹介しきれないので、とりあえず大河ドラマの参考になりそうな『徳川家康の決断』をここでは挙げておく。著者は徳川家康ひとすじに研究してきた方で、この本では家康の人生を10ポイントに分けて解説している。こうした簡潔で優れた人物伝が中公新書には多い。

中国歴史地図集(1955年)

表紙が緑色だから、という理由だけでこの本を買う人がいたらちょっと凄い。中国史を時代別に扱う内容なので当然中身は濃いが、全部中国語なので東洋史専攻の学生か歴史マニアくらいしか買わなさそう。今手元にあるのは隋・唐・五代十国時代の地図だが、ウイグル突厥渤海吐蕃南詔がメインの地図まである。私はだいぶ昔神田の古本屋で買った。

多田武彦男声合唱曲集

表紙が緑色で本の形をしていればいいのなら、これも入れられる。楽天ブックスでも売っているからたぶん本だ(本当は楽譜)。巻末に草野心平中勘助北原白秋などの詩も載っているからぎりぎり詩集扱いもできるか。男声合唱と関係ない人が表紙の色だけで買ったらすごい。

 

ここまで書いてきてあらためて思うのは、緑色の本は珍しいということだ。駐車場で緑の車を見つけるのがたやすいように、緑色の本は目立つ。表紙買いに徹するなら、何を買うか迷うことはあまりない。それでいて緑色の本は多くのジャンルにまたがって存在しているので、表紙買いでもけっこう多様な本が楽しめたりする。この記事では理系の本やビジネス書などは紹介できなかったが、岩波新書の青版や中公新書にも科学の本はあるし、投資本にも緑の表紙のものがある。表紙の色だけで選んでも、案外いい読書ができるかもしれない。なお、『経済ってそういうことだったのか会議』は著者の経済学者T氏を嫌う人が多すぎるので怖くて内容を書けませんでした。

 

 

表紙の色にこだわる人は、おそらく物としての本を大切にしているのだと思う。今は電子書籍が普及しているから、本は文章さえあればそれでいいという人もいる。だが、部屋に置く本はインテリアの一部でもあるので、やはりデザインは大事。どうせプライベートな空間に置くなら好きな色の本がいいという視点はありえる。私自身は表紙の色にはこだわらないが、思わず手に取りたくなる本には緑色の表紙のものもある。インドリダソン『緑衣の女』やケイト・モートンの『湖畔荘』、瀬尾まい子『そして、バトンは渡された』などはまだ読んでいないが、鮮やかな緑色が目を引く作品だ。表紙が緑色の小説は少ないので、緑を効果的に用いた作品は手元に置いておきたくなるのだろうか。