明晰夢工房

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『中世への旅 騎士と城』が無事重版決定したので内容を紹介する

 

 


 

中世への旅 騎士と城』がラノベ作家のツイートをきっかけに急に話題になったことで、再々重版まで決まってしまった。まだ注文が止まらないらしく、楽天では現在発送が五月上旬になっている。この本の内容が気になっている人もいると思うので、内容について簡単に紹介しておく。

 

ハインリヒ・プレティヒャ著『中世の旅』シリーズは中世ヨーロッパ生活史の古典的名著として知られているもので、『騎士と城』のほか『都市と庶民』『農民戦争と傭兵』の三冊が出ている。『騎士と城』はタイトル通り中世の騎士と城砦にスポットを当てた内容で、城の構造や設備・城に住む人々の食事や生活・騎士の戦争や攻城戦のやり方など、中世ヨーロッパの城郭にまつわる一通りの知識をこの本で得ることができる。著者がドイツ人なので、中世ドイツについての記述が中心になるが、取り上げている事項が多いので、中世ヨーロッパに興味のある人なら楽しく読めることは間違いない。

 

騎士にがどんな存在かついては、この本の「騎馬兵、騎士、盗賊」の章を読むとわかる。これはドイツ史の本なので、ここではドイツ独特の不自由身分の騎士「ミニステリアーレ」の紹介が中心になる。中世ドイツにおいて、騎士の四分の三はミニステリアーレで、彼らは主君の居所や領地の管理者であり、そして軍務に服する者として王や領主に奉仕する存在でもあった。

ミニステリアーレは不自由民だが、身分としては農民よりも上だが貧しい者もいるため、富裕農民に見下されることも少なくなかったという。たとえ貧しくとも騎士身分であるからには、騎士としての徳が求められる。勇気や忠誠心は当然として、節度を失わないこと、困窮した未亡人や子供、孤児を保護する優しさを持たなくてはならない。しかしそれはあくまで理想像であって、現実の騎士は「荒々しい暴力がことを決定するという例がしばしばあった」。フリードリヒ赤髭王が子息に行った刀礼は騎士道の模範とされたが、彼は捕虜の鼻と耳を切り落とさせたことでも知られている。時代が下ると、こうした騎士の野蛮な面が目立つようになり、盗品で生活する「盗賊騎士」すら出現している。「騎士貴族」になる者がいる一方で、このように野盗同然の存在に身を落とす騎士が存在したことも、中世ドイツの現実だった。

 

この本は城砦についての記述が豊富だ。中世ドイツには一万もの城があったというが、この本ではドイツの城郭を頂上城(ギブフェルブルク)・半島城(ツンゲンブルク)・水城(ヴァッサーブルク)などいくつかの種類に分類している。城の中の施設の描写もくわしい。なかでも「ベルクフリート」と呼ばれる塔の記述には力が入っている。ベルクフリートの頂上では番人が周囲を見張っていて、城に近づくものがあれば角笛や叫び声で城の住人に知らせる。攻城戦がはじまれば、ベルクフリートは城兵の最後の逃げ場にもなる。そして塔の最下層は土牢があり、捕虜はここへ綱で釣り降ろされる。「地面には汚物や糞がうず高く積み上がり、蛇や蛙や、その他、毒虫もうようよしていて、地下水のしみ込んでくることもまれではない」と、この土牢の描写は妙に生々しい。ひとたび捕虜にされたものはこの不快な土牢で、一日一片のパンと水差し一杯の水で耐えねばならなかった。

この本は城の構造だけでなく、城で暮らす人々の生活の記述も充実している。食事にもかなりページが割かれていて、『ぶどう酒にも胡椒を入れて』の章を読むと、城中では肉料理が重視されていたことがわかる。メニューに並ぶ料理で重要だったのは鳥肉で、鶏や鵞鳥、鳩などが食べられていた。中世ならではのご馳走といえば孔雀で、これはキリスト教において「極楽の鳥」と位置づけられ、不死の象徴だからであった。孔雀はドイツだけでなく、イングランドやフランスでも食されていて、フランスでは孔雀の焼肉に羽根帽子をかぶせて食卓に並べたという。孔雀とともに味わう葡萄酒には胡椒が入っていて、胡椒でひりついたのどの痛みをさらに胡椒入りの葡萄酒で洗い流すなど、現代人には理解しがたい食習慣も、当時は存在していた。

 

この本では戦争の様子にも一章を割いているが、ここで描かれる戦争の実態はあまり勇ましいものではない。「騎士たちの実践の具体的な展開については、我々にはごく漠然としかわからない」ので、騎士たちの戦いぶりについては簡単な記述にとどまっている。一方、負傷者や略奪の被害者など、戦争の犠牲になる人々の描写はけっこう詳しい。なかでも興味を惹かれるのは捕虜の扱いだ。鎧をはがされるだけならまだいい方で、時には下着まで奪われてほぼ裸にされ、馬の背にまたがらせられ、両手を縛られたまま牢へ連れていかれる。ベルクフリートの土牢の酷さは前述したとおりだが、捕虜はこの牢の中で身代金が届くのを待たねばならなかった。身代金はときに驚くほどの高額になる。1270年には千五百マルクで釈放された騎士がいたが、これは馬五百頭を買える金額だったという。当時の戦争において勝者は、こうした巨額の身代金を得られるメリットがあった。

 

以上、一読して面白かった個所をいくつか紹介した。ここに書いたこと以外にも、騎士文学や中世のファッション、城中での労働や娯楽、騎士の決闘、十字軍についての記述もあり、内容はかなり充実している。創作で城の生活や攻城戦の描写をするうえでは間違いなく参考になるし、ただ読むだけでも楽しめる一冊。姉妹編の『中世への旅 都市と庶民』も本書が売れたせいか中古価格が高騰しているので、できればこちらも再販して欲しいところ。