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明晰夢工房

主に自分語りです。

アイヌ民族の歴史と文化について知るならまずはこの一冊。瀬川拓郎『アイヌ学入門』

読書 歴史

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著者の瀬川拓郎氏は今まで何冊かアイヌ関連の書籍を上梓していますが、これが一番わかりやすいと思います。

序章ではアイヌの歴史について簡潔に触れられており、ここでは日本との関係だけではなく、北東アジアの文化との交流やオホーツク人との戦いなどを経てアイヌの文化や生活圏が常に変化し続けてきたことが示されます。

 

matome.naver.jp

アイヌは遺伝子的には縄文人の末裔とも言うべき存在で、北海道南部から次第に勢力を拡大して北海道北部沿岸に存在したオホーツク人を北海道から追い出し、さらに千島やサハリンにも進出します。

そして鷹をめぐってサハリンのニブフ族と闘いを繰り広げたアイヌは元の介入を招き、サハリンではアイヌとモンゴルの戦争まで起きています。この時アイヌアムール川下流域にまで攻め込んでいますが、交易品である鷹や鷲を巡って活動するアイヌには「海の民」「ヴァイキング」としての側面もあることを瀬川氏は指摘しています。

 

この章の後でも沈黙交易アイヌ語、呪術や祭祀などについて興味深い話題が続きますが、特に興味を惹かれたのはコロポックル伝説です。

この小人伝説は古代ローマに紀元を持つもので、これが中国を経て遙かアイヌにまで伝わったというわけです。

著者は北海道アイヌで言うコロポックルの正体は千島アイヌだと推定しており、北千島アイヌの奇妙な習俗が北海道アイヌの間に小人伝説として定着したのだろうと考えています。

 

千島アイヌは北海道のアイヌとは沈黙交易を行っていて直接接することがなく、互いの交流はほぼ絶たれていました。接触を避けていたためにこのような伝説が生まれたのかもしれません。北千島では北海道では失われた竪穴式住居や土器を使う生活が続いていて、縄文時代の文化をより色濃く残しています。外界との交流が絶たれると過去の文化が冷凍保存されたような地域が形成されるという、極めて興味深い一例です。

 

そしてもうひとつ興味深いのがアイヌの金の話題です。

実は北海道でも金が採れるのですが、なんとアイヌの金が平泉の中尊寺金色堂に使われていた可能性について著者は指摘しています。

 

常滑産のつぼが厚真町から出土 12世紀に交易か:苫小牧民報社

現在、平泉政権が北海道の厚真にまで入り込んでいた可能性が考えられています。

奥州藤原氏アイヌを支配していたというわけではなく、あくまで両者は対等な交易を行っていたと推定されていますが、これが本当なら奥州藤原氏は北方世界との交流も深かったということになり、その影響力は従来考えられていたよりも大きかったことになります。

藤原基衡が朝廷に献上した品の中にはアザラシの毛皮やオオワシの羽など、北海道にしか存在しない物もあるため、平泉では北海道のことをかなり正確に把握していたはずです。その情報は厚真の現地スタッフがもたらしたものかもしれません。

藤原泰衡は平泉を退去して蝦夷ヶ島に渡ろうとしていたと言われていますが、この泰衡の行動はこのような平泉とアイヌとの結びつきを抜きにしては考えられないでしょう。

 

そして最終章はアイヌの女性へのインタビューで締めくくられています。

現在、アイヌ民族の置かれた状況について様々な議論があります。

しかしまずはこのインタビューを読んでから考えてみても遅くはないのではないかと思います。

この章でインタビューを受けたAさんは、子供の頃の体験についてこう語っています。

 

「ただ小学生の時に一度だけ、とても仲の良かった友人から、『あなたはアイヌなの?』と聞かれたことがあります。びっくりして口ごもっていると、『そうだよね、アイヌって頭が悪いもんね』というのです。当時、私は大人たちから優秀な子と言われていました。ですから、アイヌではないよね、というわけです。

これは後からわかったことですが、大人たちは私のことを『アイヌなのに頭がよい』といっていたそうです」

 

Aさんは10代から20代にかけて、アイヌであることを恥ずかしいと思い、人からアイヌと言われたらどうしようかといつも怯えていたそうです。

後にAさんはこのような自分の殻を破りたいと考え、アイヌ文化を学びアイヌであることを表明して生きていくことになるのですが、それができるようになるまでは多くの葛藤があったようです。

アイヌとしての自覚をもつ事は、日本人が自分が日本人だというアイデンティティを持つほど容易いことではありません。

Aさんはインタビューの最後に、このように語っています。

 

アイヌ民族を表明して生きることについて、家族が賛成してくれているわけではありません。でも、それが私の選んだ生き方だから、と割り切ってくれているようです。アイヌとして生きるかどうかは、人それぞれが自由に判断することです。子供に強いるつもりはありません。

 

アイヌとして生きることが、痛みや葛藤をともなわない社会になってほしい。アイヌであることが何も特別なものではなく、母であり、職業人であるのと同じような、ひとつの選択と受けとめてもらえるような社会になってほしい、と願っています。