明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

オオカミはどんな過程を経てイヌになったのか?アリス・ロバーツ『飼いならす──世界を変えた10種の動植物』

 

飼いならす――世界を変えた10種の動植物

飼いならす――世界を変えた10種の動植物

 

 

イヌと人間とのかかわりは、従来思われていたより古いようだ。この本ではアルタイ山脈のラズボイニクヤ洞窟でみつかった動物の頭蓋骨を紹介しているが、3万3000年前のこの頭蓋骨にはオオカミに近い部分とイヌに近い部分とか混在していた。ロシアの科学者たちはこの頭蓋骨を、イヌの家畜化の最初期の例のひとつだった可能性が高いと結論づけた。

出土した場所から「ラズボ」と名づけられたこの動物のミトコンドリアDNAを分析した結果は、著者によれば「初期のイヌだったようにも見える」ものだという。イヌの起源をめぐる議論は今も活発に行われているが、オオカミが家畜化されイヌとなった時期が氷河期である可能性があることは確かなようだ。

 

もし氷河期にイヌが家畜化されたのだとすれば、どのようにしてそれが達成されたのかが関心の的になる。イヌはタイリクオオカミが家畜化された生き物だが、オオカミはどのようにしてイヌに変わっていったのか。その過程を探るヒントを、この本ではキツネの世代交代に見出している。

 

ロシアの科学者ドミトリー・ベリャーエフの実験によれば、ギンギツネのなかからよく人に懐くものを選び、交配を重ねていくと、懐きやすい個体が増えていくことが明らかになった。1959年に始まったこの実験では、30世代目には半数のキツネが人に懐くようになり、2006年頃にはほぼすべてのキツネが人に懐いていた。変わったのは行動だけではない。毛の色が野生では見られない色になったものや、耳が垂れたものもいる。足が短くなったり、頭蓋が広がるという体格の変化も見られる。尻尾を振ったり鳴き声で人を誘ったりするキツネも出てくる。ギンギツネはオオカミに近い種だが、交配を繰り返すとイヌのような行動をとるようになるのだ。

 

では、太古の狩猟採集民も懐きやすいオオカミを選んで交配を続け、イヌを作り出したのだろうか。著者はその必要はなかったと推測する。一頭のオオカミが人と仲良くなれば、群れ全体もそのオオカミと同じ行動をとることが予想されるからだ。

 

狩猟採集民は、各世代でとくに友好的な10パーセントのキツネだけを交配させるという厳密な手順に従ったロシアの科学者たちと違って、選抜育種をする必要はなかった。イヌの祖先となったオオカミは、ある程度自主的な選択をしたのだろう。とりわけ友好的なオオカミだけが、ヒトのすぐそばで暮らせるほど気を許したのだ。オオカミの群れは家族で、互いに近縁関係にある。一頭が気を許しやすく、ヒトに対して友好的でさえあったとしたら、同じ群れのメンバーも同じ遺伝子と行動傾向をもっていた可能性が高い。すると、群れ全体が、群れの大半が、協力関係を築き上げたのではなかろうか。(p43)

 

人はどうやってオオカミと最初の関係を結んだのか。ここは想像するしかない。著者はアルタイ山脈に住み着いた狩猟採集民が、一か所に数か月とどまることでオオカミと交流する時間ができたと推測する。狩人の持ち帰った肉は用心深いオオカミが人に近づくきっかけになったかもしれず、攻撃性の低い個体ならそこから人との交流をはじめたかもしれない。

 

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人に慣れているオオカミはイヌとあまり変わりがないようにみえる。イヌの性質の一部は、間違いなくオオカミから受け継いだものだ。こんな交流が、3万年前のアルタイ山脈の狩猟民とオオカミの間にもあっただろうか。

森本公誠『東大寺のなりたち』に見る東大寺造立の社会的効果

 

東大寺のなりたち (岩波新書)

東大寺のなりたち (岩波新書)

  • 作者:森本 公誠
  • 発売日: 2018/06/21
  • メディア: 新書
 

 

ピラミッドのような巨大建築物は、建設のために多くの人手を必要とするため、雇用対策として建設されるという一面がある。大仏はどうだろうか。奈良の大仏の造立に参加した人物は五十一万数千人にのぼるといわれる。これらの人物のなかには浮浪人もかなり混じっていたらしい。東大寺総長である著者の見方はこうだ。

 

盧舎那仏とは『華厳経』に説く仏であり、『華厳経』は人々の苦しみを救おうとする菩薩のために説かれた経典である。聖武天皇が発願の詔のなかで、菩薩としての誓願を立てるとしているのは、華厳経にいう菩薩に自らを擬えているからである。菩薩の使命は苦悩する衆生の救いである。天皇にとって、それは民一人ひとりの救済を意味した。一枝の草、一把の土といった、たとえわずかな力であっても志があれば許すとしたのも、こうした趣旨に基づいている。

天皇がすべての民に参加を呼びかけた理由もここにあるが、実はそれだけでなく、造立事業にはいわば物心両面のもう一つの側面の解決策も加味されていた。つまり大仏造立にはとてつもない人手がいるが、その意味で造立は墾田永年私財法に続く浮浪人対策でもあったと見なされる。五十一万数千人という大仏造立に参加した役夫の人数がそれを物語っている。

 

墾田永年私財法に先立つ三世一身の法は口分田の不足を補う施策としてある程度効果はあったものの、やがて開墾した田が国有地にされるため働く意欲が萎えるという問題がったる。そこで墾田を私有財産にすることを認める墾田永年私財法の発布となったが、この法令では耕作者が戸籍上の公民である必要はない。このため、墾田永年私財法は浮浪民に生業を与えるという意味もあった。大仏の造立もまた墾田永年私財法と同じく、浮浪民対策の一環でもあったことになる。

 

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それなら古墳の造営にも浮浪民対策として行われたかと考えたくなるが、『考古学講義』では古墳の造営は首長による民衆への富の分配、ポトラッチだったと説明されている。たくわえた富を吐き出さなければ政権を維持できない古墳時代倭王の権力は、まがりなりにも官僚を使役していた奈良時代天皇にくらべかなり脆弱なものだったようだ。

【感想】小川仁志・萱野稔人『闘うための哲学書』理性でいじめを止められるか?

 

闘うための哲学書 (講談社現代新書)
 

 

基本的にあまり哲学に興味がないのだが、この本のスピノザの『国家論』の内容を引きつついじめがなぜなくならないのか、を論じている箇所は面白い。萱野稔人氏はもともとスピノザの研究者だが、彼によればスピノザマキャベリホッブズの系統に連なる哲学者で、「人間は取るに足らない存在」という認識から議論をはじめているのだという。萱野氏はこの対談で、『エチカ』の以下の部分を引用する。

 

思うに次のことは確実な事柄であり、かつ我々は『エチカ』においてその真なることを証明している。すなわち、人間は必然的に諸感情に従属する。また人間の性情は、不幸な者を憐れみ、幸福な者をねたむようにできており、同情よりは復讐に傾くようになっている。さらに各人は、他の人々が彼の意向に従って生活し、彼の是認するものを是認し、彼の排斥するものを排斥することを欲求する。(p122)

 

人間は諸感情に従属する、つまり感情にたやすく振りまわされる存在だ、というのがスピノザの基本的な人間観だ。スピノザは哲学者が往々にしてきれいごとや理想から議論を始めることに批判的で、人間や社会・国家を論じるならもっと身もふたもないところから始めないといけないと主張している。萱野氏もこのスピノザの見解に同意する立場だ。

 

人間が「諸感情に従属する」存在なら、いじめもまた人間の本質に深く根差す行為だということになる。スピノザの見解に立つなら、人間が人間である以上、必ずいじめは起きてしまうのだ。だが対談相手の小川仁志氏は「人間は本来いじめをしない存在だと思いたい」と言っている。人間は本来理性的存在で、それが例外的にうまく働かなくなるからいじめが起きる、というのが小川氏の立場だ。この本の対談はどれもそうだが、どちらかというと小川氏が(スピノザに批判されがちな)理想主義的な立場から論じている。

 

人間は理性的存在か、諸感情に従属する生き物か。この二択なら私は後者が正しいと考える。炎上商法ひとつとってみても、相手にしないのが一番いいと頭ではわかっているはずなのに、皆が叩きに参加して結局仕掛けた者の知名度を上げてしまう。理性的なのは燃やされている側と、煽りを無視できる一部の人だけだ。人間が理性的存在なら、こんなやり方がノウハウとして確立することはない。人は理性を持っているが、それをうまく機能させられることのほうが少ないように思える。

 

人間をどのような存在ととらえるかで、いじめ対策も変わってくる。人間が理性的存在なら、必要なのは啓蒙だ。小川氏が主張するように、高校生を集めて議論させれば、皆いじめはいけないということにすぐ気づく。そのくらいの理性は人間にはある。だが、ちょっと考えればいじめはいけないと理解できるのに、結局いじめがなくならないのは、考えが変われば行動も変わるというのが虚構でしかないからだ、と萱野氏は主張する。啓蒙は無意味ではないが限界があり、ここに過度に期待をかけるわけにはいかない。

 

では、どうすればいじめを止められるのか。残念ながらこの対談では答えは示されていないのだが、より抽象度の高い話が対談の後半で出てきている。一般的に、人の行動を導こうとするなら、法律や罰則、褒賞などを用いる場合と、啓蒙や教育を用いる場合とがある。後者の方法論への批判があまりないことを萱野氏は危惧している。人の理性に訴えかける方法は手間がかかり、しかも人の内面に踏み込まなくてはならない。権力が人の内面を取り締まることを警戒する萱野氏は、あまり人の理性には期待しない。

 

しかしその立場だと、小川氏が言うように、悪いことをしたものは処罰するなど、対処療法的な解決策に頼ることになる。もっと理性を働かせる方法はないのだろうか。萱野氏はこう考える。

 

ですので、その「理性への意志」を高めようとするにしても、それは「他人からよく評価されたい」とか「自分の正しさに他人を同調させたい」といった人間の情動を刺激したり利用したりすることによってしか可能ではありません。だから親や教師の前ではいい子でも、いじめの加害者になるということが十分起こりうる。理性だけで人間の行動を改善することには限界があるということです。

 

「いじめかっこ悪い」などは、まさに情動を刺激することで「理性への意志」を高め、いじめをやめさせようとするために出てきたフレーズだが、これでいじめを止められるとはあまり思えない。いじめが「かっこ悪い」行為なら、表立ってやらないようにするだけだ。隠すということはいじめが悪いことだと皆わかっているということで、その程度には人は理性を持っているが、わかっていてもやめられるほどの理性はない。

 

いじめは流動性の低い集団で起きやすいといわれるし、だから解決策として学級をなくすという提案をしている社会学者もいる。人はいじめをしてしまう生き物だという前提に立ち、だから環境を変えるべきという立場だ。現実的に考えるなら、いじめに限らず人間の悪行を減らしたければ、スピノザのような人間観に立つ必要があるように思えてくる。

 

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啓蒙がまったく無駄な行為だとは思わない。たとえばこのような本を読むことで、「ずるい言葉」を使わないよう心がけるようになる人はいるだろう。だが、このような本を買う人は、ふだんから差別やジェンダーなどの問題について意識している人ではないだろうか。こういう本を読んで考えが変わるのなら、その人はもともとかなり言葉に気をつけているはずだ。差別上等でいくら人を傷つけようが構わない人は、おそらくこうした本を手に取らないだろう。そういう人を啓蒙することは、はたして可能なのか。孔子ですら「上知と下愚とは移らず」といっている。たいていの人は上知(最上の知者)でも下愚(最下の愚者)もないから啓蒙できるのだろうか。私は孔子や小川氏ほど人間には期待できないのだが、それだけに小川氏の性善説的な主張にも魅力を感じるところはある。

【感想】千葉ともこ『震雷の人』

 

震雷の人

震雷の人

 

 

安史の乱の混乱に巻き込まれ、敵味方に分かれた兄妹の運命を描く大河小説。主人公の采春は男以上に剣や弓を操る女傑で、安禄山の眼前では足で弓を射る腕前を披露する場面もあるなど、武侠小説のような趣もある。

采春の婚約者の顔季明は書家として有名な顔真卿の一族で、文官志望の若者だが、安史の乱が始まると安禄山側の武将を罠に嵌める知略の冴えも見せる。季明の働きに呼応するように采春も戦場で活躍するのだが、季明の父・顔杲卿は顔真卿とよく似た硬骨漢であったため、季明もまた唐に殉じた父と運命を共にすることになる。

 

季明の最期を知らないまま、采春が彼を助けようと慌てて一人洛陽へと旅立ってからが本作の本番だ。ここからのキーマンは安禄山ではなく、その次男の安慶緒。武勇に長けているが暗い目を持つこの男の運命が、意外な形で采春と交わる。安禄山の長男が殺されて以来後継者争いが起きていて、人望がない安慶緒は後継者から排除されようとしている。

この安慶緒がなかなか面白いキャラクターになっていて、実はこの男は自分の人望のなさも、能力のなさも自覚している。それでいながら、暴君と化した父・安禄山を反面教師とし、自分を変えようと決意することになる。もともと人を変えるには暴力によるしかないと考えていた野卑な安慶緒がなぜこうなったのか、がこの作品の読みどころのひとつでもある。

 

一度は安禄山の建てた燕に身を寄せた采春は、この国が唐よりもずっと風通しのいい国であることを知る。ソグド人など異民族の多い燕軍では女も戦力として期待され、采春も公平な扱いを受ける。安守忠のように采春を頼りにしてくれる武将もいる。采春にとって燕の居心地は悪くない。だが皇帝の安禄山は病の苦しみのせいか、虫けらのように人を殺す。采春は唐にも心から従ってはいないが、燕に骨をうずめる気にもなれない。采春は顔真卿のような唐の忠臣としてではなく、安慶緒のような燕の中心人物としてでもなく、あくまで一人の人間としてどう生きるべきかを己に問い続ける。

 

一方、采春の兄・張永は一貫して唐の武人として働くことになる。唐に忠節を評価された顔真卿とともに平原を立つ張永の背中を押したのは、母の言葉だった。采春がいなくなったことで一時は激しく取り乱していた母だったが、やがて正気を取りもどし、別人のようにたくましくなる。長引く戦乱は人を変える。非常時には人の本質がむき出しになるようだ。変わるといえば、長い間張永を妬み続けていた大隊長韋恬も意外な一面を見せることになるが、最後の最後でこの男の本性が明らかになる。危機が人を生まれ変わらせることもあれば、そうでないこともある。

 

本作では、安史の乱のディテールがかなりくわしく書き込まれている。親を失った若い女は人買いに買われ、奴隷にされる。籠城して食料が尽きた城では老人が殺されて食われる。唐の皇族としては人望が高く、庶民にも慕われていた建寧王も悲惨な最期を遂げてしまう。戦乱は人の獣性を解放し、多くのものは自分の欲望に押し流される。だからこそ、己の信念に従う采春と張永の実直さが強く印象に残る。そしてこの二人と安慶緒の生きざまの陰には、つねに顔季明の姿がある。一見武力だけが時代を動かすかにみえる戦乱の時代に、人を動かすのは文字の力だと信じ続けたこの書生の姿が、一筋の光を投げかけている。

 

【書評】パニコス・パナイー『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』

 

 

イギリス料理といえばフィッシュ・アンド・チップスをまず思い浮かべる人は多い。イギリスを代表する国民食であるこの料理にも、ヴィクトリア朝以来積み重ねられた歴史がある。本書『フィッシュ・アンド・チップスの歴史』はこの料理の発展と衰退の流れを追いつつ、ユダヤ人や移民などフィッシュ・アンド・チップス販売をになった人々にも光を当て、イギリス社会における民族のありようも照らし出してくれる一冊だ。

 

本書によれば、フィッシュ・アンド・チップスの初期の歴史はあいまいだ。フライドフィッシュもフライドポテトも19世紀前半にはすでにイギリスで好まれていたが、両者がどの時点で合体したかははっきりとはわからない。いずれにせよ、1870年代以降にはフィッシュ・アンド・チップスは労働者階級の日常食になっていた。本来高級品だった魚が労働者階級の食べ物になったのは鉄道の普及と氷利用、蒸気船によるトロール漁のおかげだから、フィッシュ・アンド・チップスは産業革命を象徴する料理ともいえる。

 

初期のフィッシュ・アンド・チップスの印象はネガティブなものだ。ジョン・ウォルトンはこの料理と労働者階級との結びつきを強調し、スラムとその住人、不快なにおい、怪しげな衛生状態、未熟な主婦の無分別なやりくりによる二次的貧困の助長などといったイメージがジャーナリストや社会評論家などのあいだで共有されていたと述べている。19世紀の終わりから20世紀にかけて、フィッシュ・アンド・チップスは貧困を想起させる食べ物だった。安価で食欲を満たせるため、貧しい労働者にとってはフィッシュ・アンド・チップスは重宝する食べ物だった。わずか6ペンスで6人分の腹を満たすことができ、調理の手間がいらない料理はほかにない。貧困とフィッシュ・アンド・チップスのイメージが結びつくのは必然だった。

 

もともとは労働者階級の食べ物だったフィッシュ・アンド・チップスがイギリスの「国民食」の地位を獲得したのはいつからなのか。本書によれば、1953年、フィリップ・ハーベンが『イギリスの伝統料理』でフィッシュ・アンド・チップスを「これぞイギリスの国民食といえるもの」と位置付けたことが重要な転換点になった。ハーベンによればフィッシュ・アンド・チップスはアジアにおける米と同じ役割を果たすものであり、「我々国民の栄養と経済にとって本当に重要な役割を果たしてきた」という。著者はハーベンの見方を「かなりの単純化と一般化が見られる」としているが、ハーベンはテレビに出演する有名シェフだったため、その影響力は大きなものだった。1950年代以降、フィッシュ・アンド・チップスと「イギリスらしさ」との結びつきは強調されるようになり、多くの料理本屋や出版物はハーベンの見解をそのまま受けついでいる。

 

ハーベンの見解が受けいられた背景には、1950年代から60年代にかけて、イギリスに異国の料理が増えたことがある。イタリア料理や中国料理、インド料理などがイギリスに入ってきたことで、イギリス人は「自分たち」の食べものを意識するようになり、フィッシュ・アンド・チップスを「イギリスらしさ」の象徴と考えるようになった。食の世界がグローバル化の波に洗われたために、イギリス人としてのアイデンティティがフィッシュ・アンド・チップスに求められたことになる。1931年にはイギリスで水揚げされた魚の60%をフィッシュ・アンド・チップスの店が買い取るほどこの料理はイギリスで好まれていたため、「イギリスらしさ」と結びつけるには好都合だった。

 

だが、フィッシュ・アンド・チップスが純粋にイギリスらしい料理かというと、そう単純ではない。まずフライドフィッシュについてみていくと、実はこれは19世紀の大半の期間、ユダヤ人の料理として知られていた。あげた魚の匂いを反ユダヤ主義者がユダヤ人を攻撃するときの武器にするくらい、ユダヤ移民とフライドフィッシュの結びつきは密接だった。逆に、19世紀末にはユダヤ人の聡明さを大量に魚を食べるせいだと肯定する言説も出てきている。その起源からして、フィッシュ・アンド・チップスは純粋な「英国産」とはいえないようだ。

 

そして、フィッシュ・アンド・チップス業界をになった人々にも移民が多い。4章で紹介されているジェラルド・プリーストランドによれば揚げ物の仕事は社会の最底辺に置かれていたため、一番最近イギリスに来たもっとも身分の低い人々に受けつがれる。19世紀後半におけるユダヤ人もそうだし、その後はイタリア人がこの仕事に就いた。第二次世界大戦後はキプロス人が参入し、さらにその後は中国人、インド人やパキスタン人もフィッシュ・アンド・チップス業界に参入している。移民にとってイギリス社会の主流を占める仕事に就くのは難しいことだったが、フィッシュ・アンド・チップス店はこの夢をかなえられる道のひとつだった。この意味で、フィッシュ・アンド・チップスは「異文化間接触の拠点」でもある。典型的なイギリス料理のような顔をしていながら、その実さまざまな民族文化の交わる場所にもなっているのが、フィッシュ・アンド・チップスという料理の興味深い点のひとつといえる。

 

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現在、イギリスでは日本のカツカレーが大人気だという。「和食」のカツカレーがイギリスに定着しつつあるのは、かつてフィッシュ・アンド・チップスがユダヤ人の食べ物から労働者の食べ物、そして「国民食」へと変わっていった歴史がこの国にあるせいかもしれない。食欲は結局、国籍も民族文化の壁も乗りこえ、世界中の味を取りこんでいく。

 

 また(イギリスの)カレーは、植民地インドにいたイギリス人が食べていたものがもとになっており、帝国の終焉後、帰国してきた在印イギリス人たちや新米のインド移民たちとともに、本国にもたらされたものだった。フライドフィッシュは、このような流れをつくったさきがけだったのである。フィッシュ・アンド・チップスはかつて反ユダヤ主義的なステレオタイプを体現したかもしれない。しかし、それはユダヤ人の食べものから貧民の食べものに、最後にはイギリス人の食べものへと変化したのだった。それゆえフィッシュ・アンド・チップスは、そうしたステレオタイプを解体する道筋を示してもいるのである。(p193)

 

【朗報】講談社『中国の歴史』シリーズが講談社学術文庫に来る!

 

 日本だけでなく中国でもずいぶん売れた講談社の中国の歴史シリーズですが、いよいよ講談社学術文庫で文庫化が決まりました。

新品が手に入りにくく、中古価格も結構高くなってしまっている巻もあるのでこれは嬉しいところ。

 

 

現在1巻から3巻の『ファーストエンペラーの遺産』まで予約できるようになっています。

 

 『ファーストエンペラーの遺産』の著者は映画『キングダム』の監修も務めている鶴間和幸氏で内容については安心できます。全464ページとこのシリーズの中でも分量が多めですが、これは記述がそれだけ詳しいからです。秦漢時代を扱った本は往々にして史記漢書の内容紹介に終わりがちですが、この本では木簡や帛書など出土品の紹介も比較的多く、これらで史書の隙間を埋めようとする工夫も見られます。物語的な面白みを求めると外れるかもしれませんが、この時代を扱った概説書としては信用できるものと思います。

 

中国の歴史04 三国志の世界(後漢 三国時代)

中国の歴史04 三国志の世界(後漢 三国時代)

  • 作者:金文京
  • 発売日: 2005/01/15
  • メディア: 単行本
 

 

国史の概説書は三国時代魏晋南北朝時代が一緒に扱われているものが多いですが、講談社のシリーズでは三国時代が独立した巻になっています。4巻の『三国志の時代』がここですが、この巻は三国志のフィクションと史実の違いについて詳しく解説しているので、史実としての三国志入門としてはかなりおすすめできる内容になっています。邪馬台国についても一章を割いていて、「卑弥呼の使者は魏ではなく公孫氏に派遣された」など著者独自の見解もあるので、古代日本史に興味のある人にとっても面白いのではないかと思います。 

 

中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)

中華の崩壊と拡大(魏晋南北朝)

  • 作者:川本 芳昭
  • 発売日: 2005/02/16
  • メディア: 単行本
 

 三国志の「その後」の時代でもある魏晋南北朝時代を扱う『中華の崩壊と拡大』は、五胡が中華世界に侵入し、この世界の秩序が大いにかき混ぜられ再構築される過程を詳しく書いています。北朝については孝文帝の改革について一章が設けられ、鮮卑の旧習を捨て「中華」の皇帝を目指す帝の生涯を知ることができます。

南朝の政治史は比較的シンプルな感じですが、江南社会の描写について一章が割かれており、「山越」の住む領域だった江南世界が開発され次第に中華世界に組み込まれていく様子や、逆に漢人が「蛮」 化していく過程にもふれています。政治史と社会史のバランスがよく、この時代を知るうえで間違いのない一冊だと思います。

 

三国志の巻と5,6,7巻はかなり良い巻だと思いますが、8巻『疾駆する草原の征服者』は良くないわけではないですが、少々癖があります。遼と五代についての記述がかなり多く、そのぶん金や西夏についての記述がかなり少なめですが、日本では遼にくわしい本があまりないのでこれはこれで貴重ではあります。遼についての書きぶりもわりと情緒的というか、著者の思い入れが伝わってくる感じではありますが、無味乾燥な歴史書よりもいいといえばいいのかもしれません。

 

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

 

 遼から元にいたるまでのコンパクトな通史なら岩波新書『草原の制覇』もおすすめです。こちらは金や西夏についても他の遊牧王朝と均等に取り上げています。

 

海と帝国 (全集 中国の歴史)

海と帝国 (全集 中国の歴史)

  • 作者:上田 信
  • 発売日: 2005/08/26
  • メディア: 単行本
 

明・清時代を扱う『海と帝国』については読んでいないので語れませんが、タイトル通り中国史を海洋ネットワークの中で語る本のようで、これは同じ明清を扱う『紫禁城の栄光』ではあまり取り上げられていない一面なのでこちらを読む意義は大きいかと思います。

saavedra.hatenablog.com

なお、『紫禁城の栄光』は海よりも内陸のモンゴル・チベット史について詳しい本です。 

 

saavedra.hatenablog.com

国史の概説書はいろいろ読んでいますが、新しさとコンパクトさ、従来の断代史とは異なるなどの理由で今のところこのブログでは岩波新書の中国の歴史シリーズを一番推しています。とはいえ、新書はコンパクトなため各時代について詳しく知ることができないので、それぞれの時代の入門書としては講談社のシリーズのほうが使える面もあります。

 

saavedra.hatenablog.com

読みやすさや物語的な面白さといった点から見れば陳舜臣『中国の歴史』はかなりおすすめですが、内容的には古びている部分もあります。モンゴルに対する見方なども中華よりであるため、杉山正明氏の本などを読んだ後では違和感を感じる部分はあるかもしれません。

 

古代中国 (講談社学術文庫)

古代中国 (講談社学術文庫)

 

 

 なお、講談社学術文庫ではすでに旧『中国の歴史』シリーズが文庫化されています。発行年月日をみると1998~2004年とけっこう間が空いていますが、新シリーズの文庫化も数年はかかるのでしょうか?興亡の世界史シリーズも文庫化が2016年から2018年くらいまでかかっていますが、できれば来年中には全巻を文庫化してもらいたいところです。

森山至貴『10代から知っておきたいあなたを閉じ込める「ずるい言葉」』に見る「社会学者が嫌われる理由」

 

 

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この本は少し前に「裏表紙がクソリプ大集合みたいな本」としてツイッターで話題になった。「あなたのためを思って言っているんだよ」「どちらの側にも問題あるんじゃないの?」「悪気はないんだから許してあげなよ」などなど、この本で取り上げられている「ずるい言葉」は相手の気持ちを解きほぐすことは一切なく、ただ口をふさぐ効果しかないという意味において、確かに「クソリプ」だ。言われる側はたまったものではない。

本書『10代から知っておきたいあなたを閉じ込める「ずるい言葉」』では、こうした29の「ずるい言葉」を取りあげ、これらの言葉にどんなおかしな考え方が隠れているかをあぶり出す。ここの解説はていねいで、特に専門用語も使われていないので10代でも理解できる内容になっている。さらに「ずるい言葉」の背景にある価値観や考え方から抜け出すための処方箋まで示されている。それぞれのトピックについてもっと深く知りたい読者のために、関連用語の解説もついている。親切設計だ。これならついてこれない人は少ないだろう。

 

それぞれの「ずるい言葉」についての解説はわかりやすい。たとえば、「どちらの側にも問題あるんじゃないの?」については、「どちらが正しいのかを考えず、何もせずに正しい人になりたい」という動機から出てくると説明される。「人命救助は正しい」と考える人は溺れている人に浮き輪を投げるように、正しい人になりたいなら正しさを実現するため行動しなくてはならない。だが、何もせずに正しい人になる方法がひとつだけある。それが、正しくない人を批判することである。「どちら側にも問題がある」なんて言い方も、「あなたは正しくない」と指摘するための安易な物言いなのだ、というわけだ。そうやって思考を放棄し、「何もしない、特に正しくもない人」にならないためにもどちらが正しいのかをちゃんと考えましょう、と著者は提案する。

 

この本での29の「ずるい言葉」についての解説はおおむね納得できるものであり、こうした言葉で反論を封じられがちな人にとっては有益な内容になっていると思う。また、これらの「ずるい言葉」にはついこちら側が言ってしまいそうなものもあり、安易な物言いで誰かを黙らせないためにも、この本を読んでおく意味はある。最近ネットの一部では社会学が嫌われがちで、社会学無用論を唱える人までいるくらいだが、少なくともこの本の内容は有意義なものだと感じた。著者は社会学者だが、学問の成果がこうした書籍として結実するなら、やはり社会学は世の中に必要な学問といえる。

 

以上見てきたとおり、この『10代から知っておきたいあなたを閉じ込める「ずるい言葉」』が良書であることは間違いない。だが、正直この本を読んでいて、少々押しつけがましさを感じる部分もあった。それは「心の中で思ってるだけならいいんでしょ?」について解説している箇所だ。著者はこの「ずるい言葉」について、以下のようなやりとりを例に挙げている。

 

 「落合、地下鉄の乗りかえに関する自由研究で賞をもらったんってね」

「やっぱりオタクはやることが細かいね。正直気持ち悪いと思うけど」

「そういう考え方はよくないと思う」

「建前としてはね。でも心の中で思ってるだけならいいんでしょ?

 

この例では「思ってるだけならいいんでしょ」と言いつつ実際に「気持ち悪い」と口に出してしまっている。著者が指摘するとおり、これは確かに問題だ。失礼だとわかっているなら言わなければいい。だがこの話の本題はそこではない。著者の森山至貴氏が問題視しているのは、「思っているだけならいいんだろ」と開き直るその態度だ。この態度には、隠しておくべきその本音を本当は言ってやりたい、という気持ちが隠れている。言ってはいけないことをわざわざ言ってやりたくなるのは、多くの人が実は本音が間違っているなんて思っていないからだ、とこの本では解説されている。

 

口にすれば人を傷つける本音を、人はただ心の中に秘しておくだけではいけないのだろうか。著者は「言ってはいけない本音」について、このように考える。

 

建前はいつも大事で、建前に反するような本音はやはりよくない、でよいのではないでしょうか。 プリンをこの場で食べたいと思うことは、実際にしなければ建前と共存可能な本音でしょうが、なにかにくわしい人を気持ち悪いと思うべきでないという建前は、気持ち悪いと思う本音と共存できません。だとすれば、この本音を自ら疑ったり、正したりする以外に取る道はありません。

「心の中で思っているだけ」を厳格に守って人を傷つけないのももちろん大事ですが、「心の中でしか思ってはいけない」ことをそもそも思わずにすむように自分をつくり変えていくことも大事だと、私は思います。

(p158)

 

太字の個所について、私は正直「情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです」レベルの厳しさではないか、と感じた。確かに本音レベルから変えるほうが望ましいことはある。特定の民族やマイノリティに対する偏見は持たないほうがいいに決まっているし、「産後うつは甘え」といった言説にしても「言わなければいい」という問題でもない。本音レベルでひどい考えを持っているからこそつい口に出てしまうということもあるし、言葉にしなくても失礼な考えが顔や態度に現れそれが相手を傷つけることもある。差別や抑圧につながる本音は、変えられるなら変えるのがベストではあるだろう。

 

だが、上記の例でよくないとされている本音は「細かいオタクはなんか気持ち悪い」というものだ。これは言えば失礼に当たるのは当然だが、なにかにやたらと詳しい人を「気持ち悪い」と感じる本音までも変えなくてはいけないだろうか。そこを変えるべきだ、というのは、私にはかなり強めの介入だと感じられる。そこまで人の内心に介入していいのだろうか。私は、人は正しくないことを考える自由もある、と思っている。だから正しくない本音を変えるべきだ、という主張には抵抗を感じる。人の心の正しくない部分、闇の部分をすくいとって表現するのが文学の役割のひとつだと思っているので、私にとって文学というジャンルは大事だ。

それに、そもそも本音とは変えられるのだろうか。特定の民族や集団に対する偏見は、相手をよく知ることに努めれば変えられるかもしれない。だが、「細かいオタクはなんか気持ち悪い」みたいなものは、生理的感覚に近いのではないか。反差別を掲げている人ですら、アニメ愛好者への侮蔑を恥ずかしげもなく公言したりすることがある。表向きの言動だってなかなか変えられないのに、「なんか気持ち悪い」という内心まで変えることは困難ではないだろうか。そういう嫌悪感も、「これを気持ち悪いなどと思ってはいけない」と自分に言い聞かせ続ければ変えられるのだろうか?そこまでストイックに自分と向き合える人は、ごく少数ではないかと思う。「なんか気持ち悪い」という感覚に対しては、「言わなければいい」以上のことを求めるのは難しいのではないだろうか。「言わなければいい」ですら、守れない人がいくらでもいるのだから。

 

「望ましい社会を作るために、(「ずるい言葉」に見られるような)言動や表現、内心を改めるべきだ」と、著者はこの本を通じて訴えているのだと思う。社会学者が皆こうではないだろうが、これを読んでいると社会学は他の学問ジャンルに比べてこちらへの介入の度合いが強い、と感じるのも確かだ。もちろん社会学だけが人々の生活に介入するわけではない。コロナ禍の現在において、もっとも生活に深く介入しているのは医学だろう。私達は外出時にマスクをつけ、三密を避け、つねに手指を消毒していないといけない。こうした生活を煩わしいと思っている人は多いだろう。だが少なくとも医学は「マスクをつけるなんて面倒だという本音を変えるべきだ」とは求めてこない。こっちがどんな気持ちだろうと、マスクをつければそれでいいのだ。だが社会学、少なくともこの本は「醜い本音は言わなければいい」ではすませてくれない。醜い本音をきれいなものに変えるよう求めてくる。変えたほうがいい本音もあると思うが、発言だけでなく心の中まで変えていくのはかなりハードルが高いとも思う。

 

togetter.com

先日、社会学の研究者が「銀河英雄伝説をリメイクするなら男女役割分業の描き方は変更せざるを得ない気がする」と発言したことで話題になった。これなども、社会学者が表現を変えるよう求める一例だ。ヤン夫婦の描き方が現代の視点から見て違和感がある、という問題提起自体がおかしなものだとは思わないが、「変更せざるを得ない」はかなり強い言い方だ。男女役割分担といえば、社会学者の千田由紀氏が「キズナアイが頷き役という女性の性役割を割り振られている」と批判したことも記憶に新しい。このように、社会学者は望ましい社会(この場合は男女平等社会)にふさわしくない表現を批判し、時には変えるよう求める。社会学者が皆こうではないだろうが、他ジャンルの学者に比べ、人々の言動や表現、価値観への注文が多い人もいると感じられる。社会学者が嫌われる原因があるとすれば、このあたりに一因があるように思う。社会を変えようと他者に働きかけるなら、時に軋轢が生まれるのは必然ということだろうか。

 

もちろん、嫌われること自体が悪いわけではない。世の中には嫌われることを覚悟で言わなければいけないこともあるし、社会学者が社会をよくするためにした発言を嫌う方が器が小さいのかもしれない。ただ、私を含めて多くの人は、それが社会のためであれ、内心を変えるよう求められることを煩わしく感じる。この煩わしい、という本音も望ましくないものなので変えるべきだろうか。そこまで求められると、私のように怠惰な人間は別に言わなければいいんでしょ、と「ずるい言葉」を発したくなる。だからこそ、なかなかこうした物言いがなくならないのだろう。私の場合、今のところは本音の部分はほっておいて、「ずるい言葉」で人の口を封じる側に回らないようにするくらいがせいぜいのようだ。