明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

漫画志望者は必読。そうでない人が読んでも圧倒的に面白い『荒木飛呂彦の漫画術』

 

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

荒木飛呂彦の漫画術 (集英社新書)

 

恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…

これは凄い。無駄な箇所が一行たりとも存在しない。頭のてっぺんから尻尾の先まであんこがぎっしり詰まってる。いやむしろあんこしかない。こんなにも濃厚なノウハウ書なんてそうそう読めるもんじゃない。これは一流の漫画の指南書であると同時に、上質なエンターテイメントでもあります。下手なエンタメ小説を読むよりよっぽど面白い。

 

何しろ荒木飛呂彦が自作を解説しながら漫画のノウハウを手取り足取り教えてくれるんだから、これは面白くないわけがないんです。読者を引きつけるコツからジョジョの創作の舞台裏、キャラの作り方から魅力的な絵の描き方に至るまで、新書一冊でここまで充実した内容はちょっと他に例がない。荒木飛呂彦ファン、ジョジョ好きの人になら間違いなくオススメだし、そうでなくともおよそ創作というものに興味のある方ならまず読んで損はありません。

 

まず手にとってもらえなければ話にならない

 荒木さんは16歳のとき、同い年のゆでたまご先生がデビューしたことで衝撃を受けます。せいぜい最終選考に残る程度だった荒木さんはこのときから、どうすればプロになれるのかを真剣に考えるようになります。

そこでまず気をつけないといけないのは「編集者に最初のページをめくらせること」。

当時は漫画志望者から原稿を受け取ると、袋からちょっと出しただけでもう見てくれない編集者がいくらでもいたのです。そんな仕打ちを受け、順番待ちをしている荒木さんの目の前で泣いている人すらいました。そんな目にあわないためには、まずどうにかして原稿を読んでもらうところまで持っていかなければならない。

 

だから、1ページ目の絵柄は最大限の注意を払わなくてはいけません。どんな絵なら見てもらえるのか?きれいな絵や不気味な絵、エロい絵や逆に下手な絵など多くの例が挙げられていますが、ここでは例として荒木さんのデビュー作の『武装ポーカー』の絵も挙げられています。これは必見。

 

この最初のコマでは、5W1Hが入っていることが基本だと書かれています。そして、「複数の情報を同時に示す」ことも重要。主人公の台詞や髪型、服装などからその人物の性格や収入、独身かどうかなど、多くの情報が伝わってくることが大事であると説かれています。まずここで他作品と差をつけないと、評価すらしてもらえない。

 

漫画の基本四大構造とは何か?

 

まず読者を引きつける方法を学んだら、ここからいよいよ本題に入ります。荒木さんの考える「漫画の基本四大構造」は以下の4つ。この4つの要素から漫画は構成されています。

 

1.キャラクター

2.ストーリー

3.世界観

4.テーマ

 

これは重要な順番に並んでいます。つまり、キャラクターが一番大事だということです。実際、キャラクターさえ描ければ漫画は描けると主張する人もいます。ただし本書ではこの4つの要素のバランスをとることが大事であると説かれ、どれかひとつだけが突出した作品は限界があるとも書かれています。

 

面白いのが、『孤独のグルメ』をこの4つの要素で分析してみせている部分です。井之頭五郎というキャラの立った主人公がいて、ストーリーはないようで実はデザートからメインディッシュに至る食事の流れがきちんと起承転結になっている。「一人で食事を楽しむ」というテーマも明確であるなど、やはり名作と言われる作品は各要素のバランスが取れているのです。これから何かの作品を鑑賞するときも、この4つの要素に分解してみることで多くのことが学べると思います。

 

魅力的なキャラを作るための「身上調査書」

 

 漫画の4要素のうちもっとも重要なキャラクターをどう作るか。荒木さんはキャラの絵を描く前に、必ず「身上調査書」を作ることにしています。ここでは年齢と性別からはじまり、身長と体重はもちろん趣味や特技、将来の夢から家族関係など、全60項目にわたる詳細なプロフィールを書き込みます。キャラを立たせるにはここまでやるのがプロ。

 

ここでいちばん大事なのが「動機」だと荒木さんはいいます。キャラを考える上ではまず性格よりも、どんな目的でストーリーに参加しているかが重要。そして、少年漫画で読者を一番惹きつける動機はやはり「勇気」。何かに立ち向かっている人物は普遍的な魅力があります。でもただひたすら正しい人間だと偽善的になるので、時には人間的な弱さも加味する必要がある。身上調査書には「弱点」も必要であるとも書かれています。そうでなければ読者が感情移入できるキャラクターにはならない。

 

そして、敵キャラには内に秘められている醜い欲望を体現させる必要があります。誰もが持っている後ろめたい感情を解放させるからこそ、魅力的な悪のキャラクターができあがります。ディオが圧倒的に人気があるのはまさに「俺たちにできないことを平然とやってのける」からなのですが、このことをディオの生みの親である荒木さんに解説されると異常なほどの説得力があります。

 

少年漫画のストーリーは常にプラスへと向かわなくてはならない

本書では、エンターテイメント作品ではストーリーが常にプラスへと向かい、主人公は「上がって」いかなくてはいけないと解説されています。ジョナサンがディオに愛犬を殺されたりするようなマイナスが初期にあったとしても、状況は時間の経過とともにプラスにならないといけないし、主人公はだんだん強くならないといけない。

主人公が停滞したり悩んだりするようなことは基本、良くないことだと書かれています。物語のスパイスとして一時的に苦境に陥ることがあっても、それはあまり長引かせては読者の気持がマイナスになってしまうので駄目。一例として「キック・アスジャスティス・フォーエバー」のように、主人公が一度普通の女の子に戻るような展開は物語を盛り下げるだけ、とも解説されています。

 

この視点から見ると、いろいろと言われていた『異世界はスマートフォンとともに』だって、主人公がどんどん強くなって女の子に次々とモテていっているし、その意味ではちゃんと少年漫画の王道にのっとってはいるわけなんですよね。エヴァンゲリオンはあえて終盤でシンジの内面の葛藤を描いて話題を呼びましたが、王道をあえて壊すことで読者を惹きつけるのはかなりの冒険になるのだろうと思います。あれをやらなければエヴァは社会現象になることはなく、普通の面白いロボットアニメで終わっていたんでしょうから、時には冒険することも必要かもしれませんが。

 

エンターテイメントに現実を持ち込んではならない

 実際、主人公の状況がどんどん好転していくなんて現実にはありえないことです。でも、そのありえないことを描くのがエンターテイメントなんだ、と荒木さんは主張します。これは全く同意です。

よく、「こんな冴えない男が可愛い女の子にモテるなんてご都合主義じゃないか」という人がいます。でも、そういう現実ではありえないことを実現できるからこそ漫画は楽しいんです。ひたすらリアリティを追求するなら、それはエンタメではなく純文学になってしまいます。『王立宇宙軍』のシロツグはかっこよくリイクニを助けられたりしないからこそあの作品には価値があるのかもしれませんが、エンタメとして見るならカタルシスは足りません。作者は読者を楽しませないといけないのです。

 

以前、「ヒットしない作品は往々にして俺TUEEEではなく作者TUEEEをやってしまっているのだ」という話を聞いたことがあります。これがリアリティだ!と情け容赦ない現実を読者に突きつけていくスタイルは、作者の傲慢というものなのかもしれません。あれだけ過酷なブラジルのスラム街を描いている『シティ・オブ・ゴッド』だって、最後にはちゃんと救いが用意されているわけですし。

「自分のアタマで考える」ためにこそ「地図」が必要

本書の内容について、私にも全く異論がないわけではありません。ストーリーが常にプラスに向かわなくてはいけないという部分についても本当にそうだろうか?と思いますし、要所要所で語られる映画作品についての見解も、必ずしも同意できないものもありました。

ですが、ずっと漫画の第一線を生き抜いてきた人の見解として、創作を志すならまず本書の内容は知っておく必要があるだろう、と思いました。もちろん、「自分のアタマで考える」ことは大事です。でもまったく手探りの状態でゼロから考えるよりは、まずは偉大な先達の思考法を知り、その上で自分のアタマで考えるほうがずっと効率も良いし、得られるものも多いはず。

 

荒木さんはあとがきの中で、この本は「漫画を描くための様々な道が記された地図にしたかった」と書いています。漫画家としてどういう方向性を目指すにしろ、まずは手がかりとなるものが必要。本書は漫画家を目指す人のための、力強い羅針盤となってくれます。もちろんそんなことを考えずとも、ただ暇つぶしのために読んだとしても面白い一冊です。暇つぶしで終えるつもりが、思わず漫画を描きたくなるなんて副作用までついてくるかもしれませんが。

「黄金の道」とは、さらに発展していくための道。今いるところから、先へ行くための道です。「自分はどこへ行くのか?」を探すための道とも言えます。

ですから、変なことを言うようですが、この『漫画術』に書いてある通りに漫画を描いてはいけないのです。僕が「黄金の道」として書いたことをそのまま実践しても、そこに発展はありません。

この『漫画術』を土台にして、さらなる新しい漫画や、パワーアップした漫画、あるいは全く違っていたり、とてつもなく正反対の、この本を無視した漫画でもいいでしょう。そういったものを皆さんに生み出して欲しいと思って書いた本なのです。(p280)