明晰夢工房

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不法移民のリアルを余すところなく描き出す渾身のルポ『ルポ不法移民 アメリカ国境を超えた男たち』

 

ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち (岩波新書)

ルポ 不法移民――アメリカ国境を越えた男たち (岩波新書)

 

 

これは読み進めるのがしんどい。だが一番辛いのは、本書に登場する不法移民たちだ。母国への強制送還におびえながら、劣悪な環境下をたくましく生きる彼らとともに日雇い労働に従事し、2年間ともに暮らした著者による密着ルポがこの『ルポ不法移民 アメリカ国境を超えた男たち』だ。

 

アメリカ国内に1130万人ほど存在すると言われる不法移民。本書を読むと、彼らの生活はこの世の理不尽を一手に引き受けたようなものであることがわかってくる。特に目立つのは暴力だ。日雇い仕事でコンクリートの粉砕を頼まれた移民は「まだこれだけしかできていないのか、それでも人間か、使えない獣だな」などと暴言を吐かれ、いきなり蹴りつけられる。馬乗りになって殴られ続け、賃金すら払われない。こんな災難とも向き合わなければいけないのが不法移民の日常だ。

 

暴力をむけてくるのは雇い主だけではない。路上でも若手の黒人が暴力をふるってくることがある。本書に登場する不法移民の言い分によれば、彼らはカネ目当てではなくストレス解消のために暴力をふるってくるそうだ。ゲーム感覚で狩りをするように、彼らは不法移民を襲撃する。

 

「俺は喧嘩もできるぜ。弱いわけじゃない。ここでもし喧嘩をして、警察沙汰になったら、一発で刑務所だ。それは面倒なことだろ。だから、殴られ続けるんだよ。昨日だって、反撃はいつでもできた。でも、ぐっとこらえるんだよ。まあ、3人組に路上でばったりあっただけ、ついてなかっただけだな」

 

理不尽な暴力を振るわれても、彼らはただ耐えるしかない。警察に通報すれば、不法滞在である自分の立場を知られてしまうからだ。不法で滞在するということは、こうした剥き身の暴力に身をさらしながら生きていかなくてはならないということを意味する。暴力を振るう黒人たちも社会的抑圧を受けているかもしれないが、さらなる弱者としてそのストレスの捌け口になり、一切反撃を許されないのが不法移民の生きている世界だ。

 

不法移民は医療保険にも入れないため、治療を受けるのにも苦労する。偽名を使ってホームレスだと言い、なんとか治療は受けられるというが、マリファナを吸ってペンチで自分で歯を抜くような人までいる。普通の人間が普通に享受できる権利を失った人間の生活がどういうものなのか、という現実を見せつけられる。

 

不法移民の現状がこのようなものであるため、取材の過程で著者は何度も危険な目にあっている。しかしどれだけ不法移民の生活に接近したとは言え、しょせんは助成金をもらって研究している身だという自覚も著者にはある。住んでいる世界が根本的に異なっているのだ。それでもこうしたルポを書き続けるのは、不法移民への統制を強めるアメリカへの著者なりのささやかな抵抗であるからだと本書では結んでいる。

 

彼らはけっして声をあげることがない。処罰がより厳しくなり、彼らの日常はよりみえないものになっていく。エスのグラファーの残酷さを認めつつ、それでも声を上げない声に耳を傾けていく。そこにあるたしかな生に社会的な権利を認めていく。彼らの生を社会的に黙殺するような国家的統制に対して、エスノグラファーができることはあまりに小さい。筆をとることが少しでも抗いになるのなら、そこに差し込むわずかな希望を信じて、書き続ける。