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万人敵・震天雷・流星錘……バラエティ豊かな中国史上の兵器を網羅した『Truth in FantasyⅧ 武器と防具 中国編』

 

武器と防具〈中国編〉 (Truth In Fantasy)

武器と防具〈中国編〉 (Truth In Fantasy)

 

 

表意文字である漢字の強みは、字面だけで雰囲気を出せることだ。中国史には実にバラエティ豊かな武器が存在し、「震天雷」「迅雷銃」「神火飛鴉」などなど、本書にはどこかファンタジーめいた名称の武器がたくさん登場しているが、これらはすべて実在したものばかりだ。この『武器と防具 中国編』では前近代の中国史上の武器と防具についての簡単な解説と、それらが用いられた歴史的経緯について知ることができるので、すこしでも中国史に興味のある読者にとっては楽しく読める一冊に仕上がっている。

 

技術者としての諸葛亮の役割

本書では射撃兵器について一章が設けられているが、なかでもとりわけ興味を惹かれるのが連弩だ。同時に多数の矢を発射する連弩は戦国時代から存在しているが、これを個人で使用できるよう改良を加え、連弩を装備した部隊を編成したのが諸葛亮だ。かれの開発した連弩は「元戎」とよばれているが、元戎は魏の騎兵に対抗するために開発されたと解説されている。魏の軍事力にに対抗するためのハードウェアが元戎であり、ソフトウェアが八陣とよばれる軍隊の運用方法だった。

明代には諸葛弩とよばれる連弩も存在しており、10本の矢を連続発射できる兵器なのだが、元戎を推定して作ったため考案者である諸葛亮の名前を借りたとされている。

 

倭刀と鳥銃と戚継光

本書を読むと、日本の武器が中国史に与えた影響力の大きさに驚く。まず倭刀の項目では、もともと美術品として輸入されていた日本刀の切れ味のよさが倭寇との戦いで知られるようになり、戚継光などの明の将軍が自分の部隊へ装備させるようになったと書かれている。日本刀は明代末期から清の軍隊にも取り入れられ、中国でも日本刀が生産されるようになっている。それだけ日本刀が武器として優秀だったとうことであり、明が倭寇に苦しめられていたということでもある。戚継光は倭寇に対抗するために狼筅という枝葉のついた槍も開発しているが、この兵器もちゃんと解説されている。

 

中国武将列伝〈下〉 (中公文庫)

中国武将列伝〈下〉 (中公文庫)

 

 

戚継光は田中芳樹が『中国武将列伝』の中で名将のひとりに数えている人物だが、戚継光は鳥銃(火縄銃の一種)も導入しており、彼の考えた編成では歩兵部隊の鳥銃の装備率は40%となっている。ほぼ同時代の信長の軍隊での鉄砲の装備率が8%に満たなかったことと比較すると、こちらのほうが断然多い。しかし鳥銃は騎兵に対抗する決定打とはなり得なかったようで、サルフの戦いにおいて朝鮮の鳥銃隊が後金の騎兵隊に対抗できなかったことも解説されている。よく銃の発達が騎士を時代遅れなものにしたといわれるが、事実はそう単純ではない。

 

「火薬帝国」としての明王朝

 本書を読めば、中国における火器の発展もひととおり学ぶことができる。火薬はもともと神仙道の実験の副産物として発見されたものだが、五代の時代にすでに火槍という火炎放射器が出現している。宋代には火器を専門に制作する部署が存在し、モンゴルが西アジアを制覇すると火器の技術はイスラム世界へと伝わった。本来、中国は火器の先進国だった。

明の永楽帝の時代になると、神機営という砲兵部隊が登場する。火器の威力を早くから評価していた明帝国だが、使用法が国家機密であったため兵士がその使い方をよく知らず、土木堡の戦いでは火器が役に立たなかった、などという史実もある。

 

末期の明を支えていた兵器は大砲、とくに紅夷砲だ。後金を興したヌルハチも寧遠城攻略の際にこの大砲に味方を打ち崩され、ヌルハチ自身も負傷したと言われている。この痛手に懲りた後金が大砲の生産を開始し、また明軍の降参兵も砲兵隊に組織したことが、清の中国征服に大いに貢献している。明は火器によって守られ、火器によって滅びた。ウィリアム・マクニールはオスマン帝国ムガル帝国モスクワ大公国などを大砲の運用によって栄えた「火薬帝国」と名付けているが、これらの帝国ほどではないにせよ、明もまた火器の力に依存している帝国だった。

 

水滸伝に出てくる武器も調べられる

世の中にはこんなものが本当に存在するのか、と思うようなものも案外実在している。水滸伝を読んだ人なら「鉄笛仙」の馬麟を知っていると思うが、暗器の項には本当に鉄笛という武器が出てくる。これは実際に楽器としても使えるので武器だとは見抜かれにくい。水滸伝で有名な武器といえば呼延灼の「双鞭」だが、これは鞭ではなく金属製の棒のことなので、打撃武器の項に書かれている。知っている人は知っているのだろうが、昔横山光輝のマンガで読んだ呼延灼は二本のムチを使っていたので、ああいうものなのだろうと思っていた。ほんとうの双鞭は三國無双太史慈が使っているようなものだということである。

 

創作の資料としても有効

このように、本書では中国史上の兵器を幅広く扱っているので読み物としておもしろいだけでなく、歴史ものの創作をする上でも参考になる。今まで挙げたようにこれらの兵器の名前はインパクトがあるため、中華風ファンタジーを書くときも役に立つだろう。ここに挙げられているものを参考に、独自の兵器を考案してみるのも面白いかもしれない。センスは知識の集積から生まれるので、こういう知識を持っておいて損はない。