『GENESIS 一万年の午後』も最近出たSFアンソロジーだが、ファンタジー作品も収録されているあちらに比べてこちらはガチSFが多いという印象。SFらしく猫が登場する作品が2作あり、小林泰三のSFミステリや虐待から子供を救う「マザー法」が施行されている未来社会を描く宮部みゆきの『母の法律』など見どころは多いが、個人的注目作は赤野工作『お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ』。これは未来の格ゲー事情を扱ったSFだ。月と地球間ではどうしても77F(フレーム)=1.3秒の通信遅延が発生するという技術的限界があるのだが、光より早く通信をすることはできないので未来社会でも月と地球間ではどうしても「ラグい」対戦になってしまう。状況が変われば現在と同じ問題が未来でも発生する。これは古くて新しい問題なのだ。そんなわけで、この作品は恐らくSF史上最も○○Fという言葉が頻発する作品となっている。格ゲーに親しんでいない人には何のことかわかりにくいかもしれない。
しかしここには未来社会独特の描写もある。つまり、格ゲーがリハビリに用いられているのだ。プロゲーマーが次々に誕生している現代日本ではあるが、格ゲーを用いたリハビリはゲームに慣れ親しんだ我々の未来には普通にありえることだ。ここで描かれている未来は絵空事ではない。ろくに手足が動かなくなり、台パンもベガ立ちもできなくなった歳でも格ゲーができる未来は幸せだろうか。格ゲーが人と人との触媒である以上、それがある未来はない未来よりも豊かであるような気はする。