明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

【書評】出口治明『人類5000年史Ⅲ』

 

人類5000年史 III (ちくま新書)

人類5000年史 III (ちくま新書)

 

 

人類5000年史のシリーズもこれで3冊目となった。この巻では東洋史では宋からモンゴル帝国のユーラシア制覇、そして明王朝までが語られ、西洋史は中世ヨーロッパ世界の成立から十字軍、ルネサンスにいたるまでが記述されている。

 

私は西洋史に明るくないが、これを読むかぎりではごく標準的で無難な書き方をしているように思える。一方、東洋史の部分を読んでみると、宋王朝の近代性とモンゴル帝国開放性のの高評価が目立つ。対して明代は暗黒時代のような評価だが、モンゴルと明の評価は杉山正明氏の書籍をかなり参考にしている印象だ。これをそのまま受け取っていいかどうかは疑問もあるところだが、東洋史に興味のある読者にはおもしろい内容になっているのではないかと思う。

 

まず宋王朝についてみていくと、この本では宋代においてさまざまなジャンルで「革命」が起きていたことが語られている。政治においては殿試をとりいれて科挙を完成させたことで、官僚が補佐する天子の独裁が確立した。農業分野では収穫の早いチャンパ米がはいってくることで、食糧生産が増え人口が増大。海運ではジャンク船と羅針盤の発明により遠洋航海が可能になり、石炭やコークスの利用による火力革命で中華料理の原型ができあがるなど、多くの分野で画期的な技術進歩が起きている。

 

王安石の政治改革にも詳しくふれていて、著者は旧法党の政策には理論がないのに対し、王安石の新法は緻密で整合性のあるものとしている。私腹を肥やす大地主と困窮する民の格差がひろがると国力が弱くなると語った王安石を、著者はピケティより高く評価しているが、そこまで言っていいかどうか。ただの学者ではなく実務家として辣腕をふるった点では、王安石がピケティにまさっていたといえるだろうか。

 

モンゴル帝国の時代まで飛ぶと、ここにもいくつか興味深い記述がみられる。マルコ・ポーロが実在したかは確かめようがないこと、文永の役のモンゴルの目的は日本の硫黄だったことなどが語られる。モンゴルが大出版事業を行い、孔子の一族を中国史上最も大切にしたとも書かれている。銀を広大な帝国に流通させ、大グローバル時代を築いたとしてクビライはきわめて高く評価されているが、これにくらべて明の評価はだいぶ低い。たとえば、孔子の一族は明代になると大元ウルス時代には大事にされていたと嘆いていたエピソードが紹介される。開放的な大元ウルスに対し、明は退嬰的な暗黒政権という評価だ。正直、ここまではっきりと両王朝に白黒をつけていいかは疑問もあるところなので、岩波新書から今後出る中国史シリーズの明の巻とこの本を読みくらべてみたい。

 

イスラーム史について書くのを忘れていたが、もちろんこの本では中世イスラーム史も過不足なく記述している。なかでもイスラームの英雄、バイバルスの記述はくわしい。著者はよほどこの人が気に入ったのか、バイバルスは202ページから216ページにいたるまでみっちり語られている。モンゴルとの9回の戦、十字軍との21回の戦にすべて勝利し、民衆からの支持も厚かったこの英雄の生涯を語りたくてたまらない感じが伝わってくる。著者はモンゴルを高評価しているので、そのモンゴルにも勝ったバイバルスはさらに高評価になるということだろうか。あまりに筆が踊っているので、この人で一冊本を書いてはどうかといいたくなる。日本ではあまり知られていない人だけについ力も入ったのだろうか。

 

saavedra.hatenablog.com

 

saavedra.hatenablog.com