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『新もういちど読む山川世界史』はコラムの人物伝が面白い

 

新 もういちど読む 山川世界史

新 もういちど読む 山川世界史

  • 発売日: 2017/08/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

世界史本なら山川出版社は安心のブランドだ。なにしろ教科書をつくっているのだから、この手の「大人の学び直し」的なものの内容も無難で偏りがなく、間違いのないものになる。

だが、いかにも教科書的だなという感じはある。というか、これはほぼ教科書そのものだ。世界史を学ぶうえでは役に立つとしても、エンタメ性が期待できるものではなさそうだ……と思いつつ読んでいると、コラムが案外おもしろい。特に人物伝はなかなか読みごたえがある。高校時代に学んだ世界史との違いが、このコラムを読むとよくわかる。長い年月を経て、歴史上の人物の評価も少しづつアップデートされているのだ。

 

歴史上の人物の再評価は、多くは「無能や悪人だと思われていたが、実はそうでもなかった」となることが多い。本書のコラムで取り上げられている則天武后西太后ルイ16世なども、わりと高評価されている。

 まず則天武后の評価をみていくと、寒門(貧しい家柄)階層から有能な人材を積極的に登用したことが評価されている。文化人を保護したこと、各地に寺を造営したことなど文化面での業績も目立つ。実子や姉の息子まで手にかけた残酷さを指摘しつつも、権力掌握過程での残酷な所業は則天武后だけのものではないとも記している。権謀術数に長けた人物が多数登場する中国史のなかで、彼女だけをことさらに「悪女」とあげつらうなら、それは男尊女卑的な価値観によるものだろう。

 

続いてルイ16世については、最近の研究では開明的で進歩的な王としての姿が提示されているとしている。ルイ16世テュルゴーカロンヌ、ネッケルなどを登用し、特権身分への課税を試みた改革派だった。くわえて拷問や農奴制を廃し、プロテスタントユダヤ人の同化政策を進めた民主的な性格も評価されている。さらに、節約に熱心で浮いたお金を再貧民に配る優しさも持っていたなど、「良き王」だったことも指摘されていて、かなりの高評価である。それでも処刑されてしまったのは、生まれた時代が悪かったということだろうか。

 

一方、「偉人」とされていた人物への評価は辛い。アレクサンドロス大王がアケメネス朝を滅ぼしたのち東方風の跪拝礼を導入し、マケドニア人兵士とペルシア人女性の合同結婚式を催したことはしばしば「東西文化の融合」といわれる。だが本書では、「大王自身は新しい時代をつくったのではなく、『アケメネス朝の後継者』だったと評価することも可能なのである」と指摘する。地方長官にアケメネス朝時代の豪族を登用し、みずからアケメネス朝王家とつながる女性二人を妻としたことへの評価である。確かにアレクサンドロスはオリエント文化を否定することはなかったが、広大な帝国を統治するには現地勢力との妥協が必要だったというだけのことかもしれない。

 

カール・マルクスについては、かれがイギリスに居住し続けた理由とその意義について語られている。マルクスが極貧にあえぎながらも研究を続けられたのは、膨大な蔵書数を誇る大英図書館を無料で利用できたからである。そして、プロイセン政府がイギリスにマルクスを追放するよう求めても、首相ジョン・ラッセルは「たとえ王殺しであろうとも、議論の段階にとどまっているかぎりは、治安にかかわる大英帝国のいかなる法律にも抵触しない」と突っぱねている。イギリスが自由主義の国でなければマルクスの研究も進展せず、共産主義革命も東西冷戦も起きなかったかもしれない。