明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

ソード・ワールド短編集がKindle Unlimitedで読み放題対象なので『レプラコーンの涙』を読んだ

 

 

ファンタジー小説は作品ごとに世界観も設定も違うので、読みはじめるハードルが少し高い。でも慣れ親しんだ世界観ならすぐストーリーに入っていける。それが『ロードス島戦記』で長いことお世話になったソード・ワールドの世界観ならなおさらだ。この世界観をベースに水野良山本弘清松みゆき・下村家恵子らが織りなす作品群は、今読むとかえって新鮮に感じる。派手なスキルやチート魔法などがないせいだろうか。米田仁士の格調高い雰囲気のイラストもいい。こういうのが読めるからKindle Unlimitedはやめられない。

 

グループSNEの作品群に耽溺する少年時代を過ごしたのに、なぜかソード・ワールド短編集は未読だったので、まずレビュー数の多い『レプラコーンの涙』から読んでみた。一作目の水野良『一角獣の乙女』は森林衛士ジュディスとユニコーンの絆の物語であり、ガールミーツボーイでもある。堅苦しいジュディスとドルイドのケニーの関係性や、ユニコーンの気高さ、自己犠牲の強さが読みどころ。表題作『レプラコーンの涙』はハーフエルフの冒険者・フレアが城中で悪戯をして回るレプラコーン退治を頼まれるストーリー。調査を進めるうち、レプラコーンが悪戯を続けるのには悲しい事情があることがわかってくる。おどけた顔とは裏腹に「孤独を司る精霊」という面も持つレプラコーンの知られざる姿が印象に残る佳品だった。

 

三作目の『契約の代償』は、ひなびた漁村を守るため禁断の力に手を出してしまった冒険者たちの物語。強大な力を手にするも、心をむしばまれ戦争マシンと化すメンバーに恐れを感じたグラスランナーがとった選択は……という話だが、ストーリー展開が素直で後味もいい。とくに凝った部分はないが、冒険者たちのキャラクターに嫌味がなく、彼らの次の冒険も読みたくなる一篇だった。そしてラストを飾る『ジェライラの鎧』はタイトル通り、鎧に徹底的にこだわった作品。主人公の騎士見習いジェライラは鎧職人のルバートに自分専用の鎧を作ってもらうことになるが、この鎧の制作過程の描写がとにかく凝っている。職人気質のルバートはジェライラの体形にぴったり合う鎧を作ってくれるが、これが実戦でどう役立つのかも見どころ。そして、鎧をつうじて接近したルバートとジェライラが迎える結末にもやはり鎧が絡んでくる。鍛冶や防具好きの読者を十分満足させるマニアックさを保ちつつ、正統派の恋愛小説でもある本作は一番ボリュームがあり、ラストにふさわしい作品だった。

 

本編の内容には十分満足できたが、本作はあとがきが感慨深い。なにしろ水野良山本弘が新進気鋭の若手扱いなのだ。本作が発売された1990年時点では、大ベテランたちもファンタジージャンルの草創期を支える作家だった。この安田均のあとがきを読みつつ、平成初期の空気を思い出すのも本作の愉しみに加えてもいい。ちなみに巻末には本編のキャラクターたちの能力値が掲載されている。ここからソード・ワールドRPGに興味を持ってもらうための配慮だ。TRPGにそれほど興味のない自分からしても、小説の登場人物のデータを見ることができるのは面白い。こういうディテールをしっかり作り込んであるから、キャラクターが生きているように感じるのだろうか。

 

Kindle Unlimitedは30日間無料体験できるので、1巻あたり休日一日で読めるソード・ワールド短編集は無料期間だけでかなり読めそうだ。