明晰夢工房

主に自分語りです。

1989年、一地方高校生が見た「オタクバッシング」の光景について語ってみる。

学級日誌に書き込まれた「オタク叩き」

「オタクは危険人物だ。このクラスにも一人、オタクと呼ぶべき人間がいる」

これが、あの宮崎勤事件が起きて間もないころ、私のクラスの学級日誌にある男子の書いた言葉です。

ここでオタクだと言われていたのは私のことではありません。

いえ、名指しされてはいないのでその可能性もなくはありませんが、その男子がいつもあいつはどこかおかしい、とバカにしていたのは別の男子だったので、彼のことを言っていた可能性のほうが高かったと思います。

つまり、この事件はその程度には私にとって「他人事」だったのですが、その立場から見て語れることもあると思うので、当時の一高校生からみえた風景について、ここに書き記しておこうと思います。

 

news.yahoo.co.jp

ゲーマーはいじめられることはなかった

これは私の高校の話なので、一般論にはできないとは思います。

ただ少なくとも、私の通っていた高校では、ゲームが趣味の生徒がいじめられたり、バカにされるということはありませんでした。

オタクの趣味といえばアニメ漫画ゲームですが、この当時は多くの生徒がゲームを趣味にしていたこともあって、あまりオタク趣味の範疇とは(私のまわりでは)思われていませんでした。

 

ですが、ゲーム趣味が叩かれた地方も存在した可能性もあります。

そのことが推測できるのは、1989年に発売された「サーク」というアクションRPGの攻略本の内容にあります。

この攻略本には、コラムの内容として「僕たちは、たとえゲームの中のキャラクターであっても、無念の死を迎えれば痛みを感じる。架空の世界の人物であっても、現実の人間と同じようにその死を悼むことができるのだ。その感覚を、どうかこれからも大切にして欲しい」といったことが書かれていた記憶があります。

ゲームの攻略本に、こうしたライターの個人的主張が書かれるのはかなり珍しいことです。

これは、宮崎勤事件のあおりを食らって白眼視されたゲーマーへのある種の激励だった可能性もあります。

このことについては、以前記事を書きました。

saavedra.hatenablog.com

 

オタクだからバカにされていた人は確かに存在する

今でも時々、「あの当時いじめられていたのは、もともとイジメられるようなタイプの奴だけ。オタクではなく性格が暗かったのが原因」だなどという言説を耳にします。

ですが、私の経験上、これは間違いであると思います。

冒頭に書いた日誌で陰口を叩かれていた彼は陸上部に所属していて、抜群に足が早く、性格も明るく友達も多いタイプでした。キャラクターだけ見れば、バカにされるような要素などどこにもなかったのです。

私のクラスでは、オタク呼ばわりされて陰口を叩かれていた男子はもう一人いて、彼は演劇部でしたがやはり性格は明るく、むしろクラスでは人気者のタイプでした。

しかし、陸上部の彼は少女漫画、演劇部の彼はアイドルという趣味を持っていたというただそれだけのことで、こうして陰口を叩かれるような立場になってしまったのです。

この事実からも、「オタクがバカにされているんじゃない、お前がバカにされていたのだ」ははっきり間違いだといえます。

 

彼等はいずれも、深刻ないじめを受けたというわけではありません。

ですが、宮崎勤以前ならこんな陰口を叩かれることはあり得なかったであろう人達までこういうことを言われてしまうのだから、彼等がもともといじめられやすい性格だったならどんな目に遭っていたのだろうか?と今でも思ったりします。

 

オタクバッシングは「ネクラ人間」イジメの延長

 私は自分がそういう陰口を言われる立場ではなく、たとえ言われていたとしても気づくこともなかったので、この事件についてはある意味「他人事」ととらえているところはありました。

ですが、まったく自分には無関係のことだと思っていたわけでもありません。

というのは、当時の私はこのオタクバッシングを「ネクラ人間いじめ」の延長線上にあるものと考えていたからです。

 

cakes.mu

 80年台の日本には、ネクラ/ネアカという性格の二分法があって、ネクラ側に分類されるような人はなんとなく馬鹿にされがちな風潮がありました。

タモリの作り出したこの言葉は、本当はネクラをバカにするための言葉ではなかったようですが、自分を「ネクラ」側の人間だと思っていた私は、オタクバッシングはこのネクラ蔑視のようなものと地続きであるように感じていて、いつこっちに矛先が向かってきてもおかしくないな、とも思っていました。

 

この当時、タイトルは忘れましたがコミケの実態について書かれたムック本を読んだことがあります。

強烈なオタクバッシングが書かれていたわけではなく、中には面白い同人誌もあると一定の評価はされていましたが、全体としてはオタクの閉鎖性みたいなものに対して批判的なトーンで書かれていました。そうした批判が、私にはある種のネクラ叩きのようにも思えました。

個人的には「学研のひみつシリーズ」のパロディとして女体のひみつという同人誌が作られていて、欄外のまめちしきまでちゃんと作られていたという記事にはかなり笑ったのですが、こうして半ば見世物のように取り上げられていた側からすれば笑い事ではなかったかもしれません。

 

さっき「明るくてもオタクだとバカにされた人はいるといったのに、オタク叩きはネクラ叩きだって、それは矛盾してるんじゃないか」と思われるかもしれません。

これについては、オタク文化が「陰」に属するものだということになってしまったので、もともと明るい人でもそのような趣味を持っていることである種の負の烙印を背負わされてしまったとういことではないか、と思っています。

 彼等がもともと暗い人間だったなら、もっと色々言われていたことでしょう。

 

「オタク差別」は本当になくなったのか?

 dragonerさんの記事を見る限り、「ここに10万人の宮崎勤がいる」と言ったキャスターの実在は今でも確認できないようです。ですが、こういうことを言う人がいたと思われても不思議はない時代というものは、確かにありました。

 

この頃に比べれば、今では芸能人でも普通にアニメ好きを公言したりする現代とは、本当に隔世の感があります。そうした表向きの現象だけを見れば、確かに「オタク差別」はなくなったと言ってもいいかもしれません。

 

ですが、それはオタク趣味もある程度世間一般に浸透し、「陰」から「陽」の側に来たから叩かれなくなった、ということのように私には思えます。

オタク趣味の中でも「陰」に位置すると見られているものは、今でも叩かれがちではないかと思います。

オタク同士の中ですら、そうしたバッシングは発生します。例えば特撮ファンが美少女ゲームのファンを「支配欲の塊」だと言ってしまうように。

saavedra.hatenablog.com

マジョリティがマイノリティを、「陽」の側にいると自認する人が「陰」の側の人を抑圧するという構図自体は、この2017年の日本においてもなんら変わりのないもののように私には思えます。

 それこそ「陰キャ」なんて言葉にも象徴されるように、かつてオタクの特徴と見られていたコミュニケーションの苦手な人、友達の少ない人というのは今でも見下されがちな風潮もあります。

現象としての「オタク差別」はなくなっても、それはオタクが叩かれるターンが終了したに過ぎず、今度はまた別の誰かがそういう役を割り振られているのではないか──いささか悲観的ですが、私にはそう思えてならないのです。

まるで冒険小説のような興奮を呼び起こす名著。増田義郎『古代アステカ王国』

 

 

実はこのエントリのタイトル、最初は「モンテスマは戦闘狂ではなかった!」にするつもりでした。シヴィライゼーションでは相手構わず戦争をしかけまくる狂犬のようなモンテスマが、本書においてはあまりに弱々しい王として書かれていたからです。

 

ですが、実は私は勘違いしていました。

シヴィライゼーションに出てくるモンテスマはコルテスを出迎えたモンテスマ2世ではなく、モンテスマ1世のほうだったのです。

ちょっと彼の業績を調べてみたところ……

 

CIVILOPEDIA Online: モンテスマ

 強い戦士であり指導者でもあったモンテスマ1世は、アステカの国家を大きく輝かしいものへと駆り立てるのに貢献した人物である。彼のことを、不運な孫のモンテスマ2世と混同してはならない。モンテスマ2世は、スペインのコンキスタドールの手により崩壊していく帝国を、なすすべもなく眺めていた人物である。

 

ここにも間違えるなって書いてありますね。

この人とアステカ滅亡の一因を作ったモンテスマを間違えるのは、ナポレオン1世と3世を間違えるようなものだ。

これ、調べていないとCivのモンテスマは史実とぜんぜん違う!と書いてしまうところでした。

 

さて、この『古代アステカ王国』。

初版は1963年と古いですが、これ、読みはじめたら止まらなくなってしまうタイプの本です。

コンキスタドーレのコルテスを主人公とし、アステカ帝国の滅亡を描いた歴史書ですが、堅苦しいところは全くありません。

主役のコルテスを始めとして上司の総督ベラスケスや裏切り者の現地人マリンチェなど、登場人物が皆キャラが立っており、ページをめくるごとにコルテス一行の波瀾万丈の冒険行が展開され飽きさせません。

度胸があり頭も切れるコルテスが降りかかる苦難を得意の雄弁と奇策で打開し、道を切り開いていくさまはあたかも冒険小説を読んでいるかのようです。いえ、下手な小説よりはるかに面白いといっても過言ではありません。

 

実はそれもそのはずで、著者の増田義郎はあとがきで大の冒険小説好きであった過去を回想しています。若き日に著者の呼んだ冒険小説の中には『モンテズマの娘』という作品もあり、これが著者にいつかアステカ王国の最後を書いてみたい、という気持ちを抱かせたのだそうです。

冒険小説へのあこがれと、ラテンアメリカ史学者の学識が合体すれば、できあがるものが面白くないわけがありません。

 

 数々の苦難を乗り越えてコルテスがアステカの王都テノチティトランに乗り込むくだりなどは、さながらファンタジー小説の趣さえあります。30万とも言われる人口を擁し、湖上にそびえ立つ王都の姿はコルテスには夢の都としか思えなかったことでしょう。

というのは、本書でも説明されているとおり、コルテスの故郷スペインでは騎士道物語に登場するアマゾネスの国や黄金郷などを、実在するものと思いこんでいる人がたくさんいたのです。コルテスもまた、テノチティトランがこの手で征服されるべき黄金郷だと思っていたかもしれません。

 

しかし、本書を小説として見るならば、ラスボスに当たるモンテスマの人物像が今ひとつ物足りなく感じられます。モンテスマ2世はコルテスに対し毅然と逆らったわけでもなく、アステカ戦士の誇りをかけて戦ったわけでもありません。むしろ、彼はかなりコルテスを恐れていたのです。とはいえ、これが史実だったのだから仕方がありません。

しかし、モンテスマがコルテスに逆らえなかった理由を単に彼の臆病な性格に帰することはできません。実はコルテスが姿を表したのは、アステカ人の暦で「一の葦の年」と呼ばれる年でした。これはアステカの神であるケツァルコアトルが現れると予言されていた年で、占星術師が予言した日付はなんとコルテスがサン・ホアン・デ・ウルアに到着した日と同じだったのです。

 

ケツァルコアトルと言うのはずいぶん変わった神で、太陽神に生贄を捧げることを常習としていたアステカにおいて、なぜか生贄を否定する神だったのです。アステカの神話において、ケツァルコアトルは「一の葦の年」に帰還し、人民に災厄をもたらすと考えられていました。

しかも悪いことに、ケツァルコアトルは白い肌で黒い髭を蓄えているということになっていました。これはスペイン人の姿です。王であり祭司長でもあるモンテスマがコルテスを恐れたのも無理はありません。

 

 また、モンテスマはコルテスとの宗教論争にも敗北しました。

コルテスは、長年イスラム勢力と渡り合ってきたスペインの出身です。彼にとって、キリストこそが唯一の神であり、アステカの神は悪魔だと断定するのは造作もないことでした。しかしモンテスマは、自分たちの神こそが真の神だと反論することができませんでした。アステカの神学大系は複雑で一つの神が闇や戦争や光の青空などいくつもの属性を持っていたため、コルテスに切り返すことができなかったのです。

結局、モンテスマはろくにコルテスに抵抗もできないまま捕らわれてしまい、ただ王国の滅亡をながめていることしかできませんでした。

 

こうしてみてくると、アステカは宗教によって滅ぼされたようにも思えてきます。もちろん、アステカが滅んだ原因は第一には銃や騎馬を持つスペインの軍事力でしょう。そのことはマクニールが『世界史』の中でも触れているとおりです。この名著の翻訳を著者の増田義郎が担当していますが、そのことには当然著者も同意していたでしょう。『銃・病原菌・鉄』の見方に従うなら、鉄資源も車輪も持たないアステカがスペインに敗北することは必然だったことになります。

 

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

 

 

しかし、巨視的に見ればアステカは滅びるしかなかったとしても、この歴史を誇る大国の最後には、どうにもやりきれないものがあります。モンテスマは結局スペインとアステカの戦争に巻き込まれ、自分は戦うこともなく飛んできた石に当たって死んでしまいます。

死の床の王を訪れたコルテスは涙を流したと言われていますが、著者は「彼はモンテスマに対する数々のひどい取扱や処置について、深く良心に恥じるところがあったのだろう」と記しています。

アステカ族は本来は狩猟民族で、農耕地帯の北方に住んでいて時に傭兵として活用されていました。その武力を活かして371の都市を従え、メキシコ高原に覇を唱えたアステカの末裔も、その最後は哀れなものでした。

 

そして一度は征服者として栄華を極めたコルテスも、その絶頂は長くは続きませんでした。一度は侯爵の位を授けられるものの、メキシコは結局スペインから派遣された副王が統治することとなり、コルテスは蚊帳の外に置かれてしまいます。

一代の梟雄が征服の果実を奪われていく姿にはつい因果応報という言葉を用いたくなりますが、それなら滅ぼされたアステカにはいったいどんな業があったというのか。太陽神に多くの人身御供を捧げたのが悪い、などと言えるほど単純な史観の持ち主は現在には存在していないでしょう。我々は本書に記された圧倒的な歴史の真実の前に、ただ立ちすくむことしかできないのです。

人の善意の限界はどこにあるのか?──武者小路実篤『真理先生』

 

真理先生 (新潮文庫)

真理先生 (新潮文庫)

 

 

マリ先生ではなくシンリ先生。

その名の通り、弟子たちに真理を語り聞かせる代わりに生活の面倒を見てもらい、特に働くでもなく暮らしている真理先生と周囲の人達を実篤特有の素朴な筆致で描く物語……なのですが。

 

この小説、評価はどんなものだろうと思ってamazonをのぞいてみたら、意外にも大絶賛でした。いえ、確かに読ませるといえば読ませるし、登場人物の心魂の暖かさに心を打たれる場面がいくつもあるのですが、皆あまりにも善人でありすぎるがゆえにかえって今の読者には敬遠される点があるのではないかと思っていたのです。でもそのあたりがかえって新鮮に映る読者も少なくないようです。

 

 この小説の人物がどれくらい善人ばかりなのかというと、まずは馬鹿一という人物について語らなければなりません。

この馬鹿一はひたすら石ばかり描いている奇人で、もうほとんど老人と言っていい年齢なのですが、彼の下手糞な絵を真理先生はなぜか絶賛するのです。そればかりか、当時の有名画家である白雲子までがこの馬鹿一の絵を見て彼には見どころがあるとし、デッサンをきちんと習えばものになるだろう、とまで言い出すのです。

ある種のヘタウマというか、ジミー大西のような才能の原石を馬鹿一の中に見出した白雲子は、彼のもとに杉子というモデルを派遣します。

 

最初は石にしか興味を示さなかった馬鹿一も次第に心を動かし、杉子を描くようになっていきます。杉子も馬鹿一は風変わりではあるがいい人だと言い、馬鹿一の人物画の修練に飽きもせず付き合い続けます。

しかしある日、異変が起きます。

デッサンの途中で寝落ちしてしまった杉子に馬鹿一が顔を寄せ、おもわず接吻しそうになってしまうのです。絵にしか興味がなさそうに見えた馬鹿一の中の「男」が目覚めてしまったのか?というとそうではなく、真相は杉子があまりにも赤子のように可愛らしかったため、我を忘れた馬鹿一が顔を近づけてしまった、ということでした。

 

生々しい劣情の発露など、ここには一切ありません。

慌てふためいた馬鹿一は杉子へ謝罪の手紙を書き、それを読んだ杉子も謝罪を受け入れます。普通なら気持ち悪がって二度と行かなさそうなものですが、この世界にはそんな物わかりの悪い人間は出てこないのです。

白雲子も本気で馬鹿一に大成して欲しいと思っているし、杉子も馬鹿一の善意を疑ったりはしません。誰もが本当に心から他者のためを思って行動する、あり得ないくらいの善人ばかりなのです。

 

ですが、この善人ばかりの世界にも、ほんの少しだけある種の生々しさが隙間風のように吹き込んでくる箇所があります。それは先ほど触れた杉子と、愛子という二人の若い女性の描写です。

 

愛子というのは若く美しい少女で、もともと馬鹿一は愛子をモデルにして絵を描きたがっていたのですが、愛子は馬鹿一のことを「あまり一心にこちらを見つめてくるから気味が悪い」と言っています。だから愛子の代わりとして杉子がモデルを引き受けたのです。愛子もまた善人には違いないのですが、馬鹿一を良い人とは認めつつも生理的嫌悪感には逆らえないあたりに、かすかなリアリズムを感じます。

 

これは杉子も同様で、馬鹿一の謝罪を受け入れたあとふたたび彼女はモデルとして馬鹿一のもとを訪れるようになるのですが、杉子は絵を描くときは必ず第三者を同伴させて欲しい、と主人公に頼んでいます。過ちを犯した馬鹿一の謝罪を快く受け入れた杉子でさえ、やはり馬鹿一はどこか怖いと思っているのです。この世界は決して完全無欠な善人ばかりを描いているわけではありません。

作品を通じて、馬鹿一の風貌は醜いと書かれています。年齢も年齢だし、およそ女には好かれそうにありません。作者がその気なら、私は馬鹿一さんの心の真っ直ぐなところに惚れました、という女性を登場させることも可能だったはずです。しかし、実篤にはそんなことはできなかった。これにはおそらく実篤なりの理由があります。

saavedra.hatenablog.com

実篤の『お目出たき人』は「自分は女に飢えている」という強烈な告白から始まる小説で、作品中では好きな女性に思いのたけを伝えられず延々と悩み苦しむ主人公の独白が綴られています。

この小説を読んでいる限り、実篤は女性に好かれないタイプの男にかなりのシンパシーを抱いていたように思えます。実篤自身はどうだったのかはわかりませんが、そのような男性の目を通じて描かれる女性の描写には、けっこうなリアリティを感じます。

冴えない主人公を自分を都合よく愛してくれるような女性は『お目出たき人』には登場しません。それが現実というものだということを実篤はよく理解していただろうし、その女性観はおそらくは『真理先生』にも持ち込まれています。

 

実篤は、いくら善人であってもその人の女性としての部分を無視したキャラクターを作ることができなかったのではないか、と思います。実は愛子は後に馬鹿一のモデルになっているのですが、それを引き受けたのは杉子から馬鹿一の評判を聞いたからです。他の女性から評価されているので自分も評価を引き上げる、というのも現実にありそうなことですし、またいくら馬鹿一が評価を上げてもそれはあくまで人間としての評価であって男性としての評価ではない、というあたりにも、実篤のある種の諦観をかいま見ることができる気がします。

 

どれだけ善人であっても、醜い馬鹿一は作中の女性から男として愛されることはありません。馬鹿一もそれを望んでいないので誰も不幸にはなっていないのが救いですが、このあたりが実篤の考える善意の限界だったように思います。

事実、モデルの杉子は馬鹿一と一緒に絵を描いていた別の男性と結ばれていますし、愛子もまた白雲子の息子と結婚しそうな勢いです。本作において、善意の上限は馬鹿一のような風変わりな他者を人間として尊重するところまでであって、異性として愛するところまでは達しないのです。

 

もし馬鹿一が、「いや、俺だって男なんだ。俺は尊敬されるだけでは足りない、あくまで男として受け入れられたいんだ」などと主張していたら、真理先生の形成するユートピアは崩壊してしまうでしょう。馬鹿一が『お目出たき人』の主人公のように女性を欲しがったりしない「善人」であるからこそ、この世界は成り立っています。

 

馬鹿一はひたすら絵を描きたいだけの求道者なのですが、求道者であるという点では真理先生も馬鹿一と同タイプの人間です。実は真理先生は若い頃に妻に逃げられていて、現在に至るまで独身なのですが、真理の探求と男としての幸せは両立しない、という考えが実篤にはあったのかもしれません。実際、『お目出たき人』の中で実篤は登場人物に「君のような道学者は女には好かれないよ」という台詞を言わせています。

現実では到底ありえないほどの善人ばかりが登場するこの小説にも、そうしたほんのわずかな現実が忍び込んでくる点が、この作品に独特の陰影を与えているように思えます。

松浦武四郎の「内向性」と幕府のアイヌ政策批判

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先日放送された、英雄たちの選択「北の大地と民を守れ!松浦武四郎・北海道の名付け親」をようやく録画で観ることができた。番組中で一番印象に残ったのは、脳科学者の中野信子が語っていた松浦武四郎「内向性」だ。

 

内向性という言葉から、我々は引っ込み思案だとか、インドア派だとか、思索的だとかいう人物像を描き出す。しかし、心理学で言う内向性というのはどうやらこうした一般的な印象とは異なるもので、中野信子に言わせると「価値基準が自分の中にある」ということらしい。

 

北海道全域を旅行し、アイヌとも積極的に交流した松浦武四郎の人物像は、いわゆる「内向的」という言葉から連想されるものとは大いに異なっている。しかし、興味の赴くままに蝦夷地を隅々まで踏破した武四郎の行動こそがまさに「内向性」の為せる業なのだ、ということらしい。司会の磯田道史はそのような武四郎を称して「蝦夷オタク」と呼んでいた。武四郎は吉田松陰とも面会したことがあるが、その人物は松蔭から見ても「奇人」と呼ばれるほどのものであったという。

 

蝦夷地に分け入り、アイヌの実態をつぶさに見聞きした武四郎は、アイヌについて「彼等の人格には尊い部分が少なくない」と記している。磯田道史によると、アイヌには儒教道徳が行き渡っていないため、幕府は徳をもってこれを「教化」する必要があると考えていたという。儒教を知らないアイヌはそれだけ遅れた人々だと考えていたのである。

 

しかし武四郎はそのような幕府の見方には従わず、あくまで自分が直接接したアイヌの有り様から彼等に尊敬の念を向けている。これこそが内向性だ。幕府の権威よりも、あくまで内的に自分がどう感じたかを武四郎は優先している。儒教など知らなくても、アイヌにはアイヌの倫理があるのだ。

 

 そのような武四郎の考えは、やがて彼を幕政批判に向かわせる。武四郎は函館で幕府の役人がアイヌに月代を剃らせるなど、和人の風習を強要するところを目にしている。このような幕府の姿勢に対し、武四郎はアイヌの酋長が「このようなことばかりしていたら、異人がこの地に攻め込んできたときアイヌは幕府に従わなくなってしまう」と毅然と反論したことを著書の中で紹介している。武四郎は石狩の漁場の番人がアイヌの男を釧路に送ったあと、その妻を犯し梅毒まで移したことを記録している。彼の著作は「三分の一が和人の悪口」だと言われるほど、和人の悪行が多く記されていた。

 

江戸幕府の統治体制では、政治批判は許されない。このため武四郎の書物も刊行されることはなかった。前近代の社会において政府を批判するのは命がけの行為だ。これもまた、自分の内的基準こそを第一とする内向性の表れだったに違いない。

 

話は変わるが、はてなブログでは2年ほど前、カネの話をするブロガーが増えた、ということが話題になったことがある。今はもう収益報告なんて当たり前すぎて話題にすらならないが、あの頃はまだそういうことを気にするほどにエモさというか、個人の思い入れに重点に置いたブロガーが多かったのだろうと思う。

個人の思い入れを語ることこそが大事だ、というのは内向性だ。これに対し、収益という目に見える外敵基準を大事にするのは外向性の現れだ。お金の話ばかりするブログに反発を感じる人達は、それまでブログ界では多数派ではなかったお金という外敵基準をこの世界に持ち込まれることに脅威を感じていたのかもしれない。内向性と外向性のせめぎ合っていた当時の記録はこのブログでも残している。

saavedra.hatenablog.com

太陽まりい『ギャルごはん』感想

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ギャルごはん 1 (ヤングアニマルコミックス)

ギャルごはん 1 (ヤングアニマルコミックス)

 

 

悪意がどこにも存在しない漫画というものはいいものです。

疲れているときはストーリーの起伏がどうこうとか、伏線がどうこうとか、そういった作り込みよりもまずはストレスなく読めるかどうか、これこそが一番大事でしょう。

その意味で、こういう作品こそが日々の仕事や学業で神経をすり減らしている現代人にはふさわしいと思われるのです。

疲れた心身に染み透るギャルが、また明日も生きていこうという活力を我々に与えてくれるのです。

 

こう前置きしましたが、なにも本作の作り込みが甘いといいたいわけではありません。

いえ、とにかくギャルであるヒロインである岡崎みくの造形が非常に優れています。

自由奔放であり露出も多いものの時には純情な一面をかいま見せ、恥じらう姿も魅力的なヒロインの姿はギャルものの定番であるギャップ萌えの愉しみを存分に提供してくれます。一口にギャルと言っても創作における扱いは色々ですが、このギャップ萌えを楽しめるという点において、岡崎みくはデレマスの城ヶ崎美嘉と同タイプのギャルに位置づけられるでしょう。彼女が好きな人ならまず間違いはない一作となっています。

感情の振幅を作り出すのはツンデレの専売特許ではありません。奔放さと純情さもまた、心地よく人の感情を振り回してくれます。そのような役回りにふさわしいからこそ、創作物においてギャルが脚光を浴びつつあるということなのでしょう。

 

そして、このギャルを教え導く主人公の教師もまたいい味を出しています。

堅物の家庭科教師である主人公がギャルに料理を教えるというのが本作の主な内容ですが、やはり堅物だけにギャルに振り回されつつも料理の指導は真剣、その様子にみくもまた惹きつけられていくというわけです。

マジメ君とギャル。対立する個性の組み合わせは王道であり定番であるわけですが、作者の仕事が丁寧であるために読んでいて飽きることがありません。

 

基本、主人公とギャルのやり取りを楽しむラブコメなので食漫画としての要素は薄目ですが、ギャルが美味しそうに何か食べている姿を見られれば眼福というものでありましょう。こういうギャルが本当にいるのか、とかそういう細かい話はいいのです。フィクションとはそういうことを忘れて楽しむものなのです。

 

先日、半分ネタとして異世界からやってきたダークエルフが黒ギャルに間違われるみたいな話を考えていたのですが、検索してみると黒ギャルが異世界に行ったらダークエルフに間違われる、という小説がすでにありました。創作物におけるギャルとはある種のファンタジー的な存在として、独自の進化を遂げつつあるのかもしれません。

 

先日、安室奈美恵がいなければ黒ギャルは誕生していなかったというツイートを見かけました。その彼女もいよいよ引退を迎えるわけですが、本作の岡崎みくもまた彼女の遠い末裔であるのかと思うと、なんだか妙に感慨深いものを感じてしまいます。

 

ギャルごはんの内容は3話までこちらで読めます。

seiga.nicovideo.jp

読めば又吉直樹が好きになる一冊。又吉直樹『夜を乗り越える』

 

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

夜を乗り越える(小学館よしもと新書)

 

 

昔から、「辛口批評」のたぐいがどうも苦手だ。手厳しく批判するのが悪いと言いたいわけではない。それも時には必要だ。だが多くの場合、辛口レビューというのは「自分はこの作品の価値を正しく判定できるのだ」という自信を持つ人が、レビュー対象の作品に審判を下してやる、という色合いを帯びる。このレビュワーの揺らぎのなさが、なんとなく居心地の悪いもののように感じられるのだ。

 

又吉直樹の読書の姿勢は、これとは正反対のものだ。

ある本を読んで楽しめなければ、それは自分の方に問題があるのだ、と彼は言う。

 

僕は本を楽しみたいという気持ちで、わくわくしながら開きます。少なくとも、「この本、全然おもしろくなかった」と僕が誇らしげに言うことはありません。 自分がおもしろさをわからなかっただけじゃないかと思うんです。自分が楽しみ方を間違えたのではないかと。

 

この箇所以前に、又吉は『それから』を最初読んだときには良さがよくわからず、百冊以上文学を読んでから再挑戦したらものすごく面白かった経験がある、と過去を振り返っている。

 

これは、自分が正しいと思っている人には取れない態度だ。彼のこういうところに僕は好感を持つ。歳月を経ても淘汰されずに残っている文学には、それなりの価値というものがあるはずなのだから、それを理解できないのなら自分の方に問題があるのだ、という謙虚さを彼は持っている。

 

 もちろん、これがどんな作品に対しても当てはまるわけではない。作品の側に問題があって楽しめないということはあるだろう。だが、まずは楽しめるように努力する姿勢を持たなければ、その作品の楽しさに近づけないのだ。だから「最初から批判的に読もうとする人間には虫唾が走ります」とまで又吉は言っている。

 

「辛口批評」を書く人の中には、刀を構えて藁束に斬りつけるような感覚で本に臨んでいる人もいるのではないかと思う。この自分の鋭い論理と感性でどれだけこの作品に切り込めるか、舌鋒鋭くこの作品の欠陥を暴き立てることができるか、そういうところで勝負をしている人もいるはずだ。もちろん、それも全くの自由だ。ただ、又吉はそういう姿勢を取らない。人は先入観に弱いので、批判的な批評に接してしまうと少なからず影響を受けてしまうからだ。

 

美食家が「これを食べている間、ずっと吐瀉物を食べているような感覚だった」といった場合、そう評価されたものを食べるときには全力で忘れる努力をしますよね。飯が不味くなりますから。ただ、読書の場合は「吐瀉物みたいな本とはどういうものだろう?という読み方もできてしまう。そして、「なるほど、この辺が吐瀉物だ」というように情報によって不味い読書に引っ張られてしまうことがあります。

 

このあたりを読んでいると、この人は本当に読書というものを大切にしているんだな、ということがよくわかる。厳しい批評に読者が引きずられ、まず批判から入ってしまうということは十分起こり得る。そういうことは望ましくない、もっと読書を楽しんで欲しいと又吉は願っているのだと思う。

 

職業としての批評家ならスタイルとして辛口であることが求められることもあるだろう。そういう姿勢は、有名人を落として溜飲を下げたいという大衆のニーズに答えてくれるからだ。しかしこれとは別に、素人が厳しいレビューを書くのは「自分が楽しめなかったのはこの本に問題があるからだ」という、消費者目線の態度からではないかと思う。

自分は今の位置から一歩も動かず、本の方から自分に近寄ってこなかったからダメなのだ、というサービス待ちの姿勢だ。もちろん、本は一個の商品であって、対価を払った側にはそういう自由もある。しかし、本当に読書を楽しみたいなら自分から本に近寄っていかなくてはいけないのだ、受け身では楽しめない本もあるのだ、という又吉直樹の訴えを読んだ後では、こういう態度は取りにくくなるような気もする。もっとこの私を楽しませろ!と言うのはRPGで2番目くらいに強いボスの台詞にしておけばいいのかもしれない。

 

amazonのレビュー欄を見ていると、多くの高評価に混じって一人だけ☆一点をつけている人がいたりする。そういう人は、他の作品もたいてい酷評している。当人はダメなものをダメと言って何が悪い、くらいの気持ちかもしれないが、そこまで次々といろいろな作品に斬りかかるのは、又吉直樹に言わせれば作品を楽しむ能力を持っていないからかもしれないのだ。

どんな能力も、鍛えなければ伸びない。どうせ少なくない時間を費やして本を読むのなら、楽しむ能力を鍛えたほうがお得だ。

醜い者は分相応に生きよ──福田恆存『私の幸福論』

 

私の幸福論 (ちくま文庫)

私の幸福論 (ちくま文庫)

 

 女はとかく外見を品評される。今は男だってそうかもしれない。大事なのは人格だと言ってみたところで、まず外見で切り捨てられたら人格で勝負のしようがない。自分はこんな顔だから女たちに相手にされない、そんな怨嗟の声はネットのそこら中にあふれている。男女が平等化するということは、男もまた女並みに容姿を求められるようになったということかもしれない。

 

それだけ、美醜というものは大きく人のありようを決定づけてしまう。

だからこそ、人の悩みを考える時にここを避けて通ることはできない。

そのことをよく理解していたためか、恆存の人生論はまず「美醜について」からはじまる。本書はもともと女性誌に連載されていたものなのだが、容姿について悩む女性はどう生きればいいのか、というところから恆存は語り始めている。

 

残酷なようだが、この問題への恆存の回答は「分相応に生きろ」だ。醜い者が美しいものと同様の扱いを世間に望んではいけない、そういうものと思って生きろ、と彼は言っている。

 

私の原理は大変簡単なもので、醜く生まれたものが美人同様の扱いを世間に望んではいけないということです。貧乏人に生まれたものが金持ちのように大事にされることを望んではいけないということです。不具者が健康人のように扱われぬからといって、世間を恨んではならぬということです。

 

身も蓋もないと言えばそれまでだ。もう少し言いようというものがあるのではないか、とは思う。しかしこれこそが世間の現実であって、ここで下手な理想論を語っても、後々現実とのギャップに苦しむだけだと恆存は考えていたのだと思う。

 

世の中にはいくら望んでもどうしようもないことがあるし、それは受け入れて生きていくしかないのだ。自分を望み通りに扱わない他人や世間を恨んでも不幸になるだけだ、と彼は言っている。

 

ある娘さんから聞いた話ですが、自分のクラスのものが二人、ある出版社の試験に応募した。ひとりはクラスで一番の成績を持った子で、もうひとりはたいしてできない子だったそうです。ところが、第一次の書類と写真の審査で、できる子のほうが落第で、できない子のほうがパスしてしまった。その子が美貌だったからです。(中略)その娘さんの言葉を借りれば、「社会が信用できない」というのです。

 それでは困ります。若い時の理想主義、いやこの場合はむしろ世の中を甘く見た空想ともいうべきでしょうが、ひとたびそれが敗れると、今度は社会を呪うようになる。それがひがみでないと誰が言えましょうか。一見、正義の名による社会批判のようにみえても、それは自分を甘やかしてくれぬ社会への、復讐心にすぎないのです。

 

今の世の中で、こんなことを女性誌に書いたら批判が殺到するかもしれない。感想ツイートがtogetterにまとめられてブクマが300くらいつく図が容易に想像できる。保守派の論客というのは、往々にしてこういうところがある。世の中というのはそういうものなのだから文句を言ったって仕方がない、ですませてしまうのだ。

 

自分を美人と同様に扱えという貴方が甘えているのだ、というこの回答をそのまま肯定することは私にはできない。このような理不尽をそのまま認めていたのでは社会は進歩しないからだ。

しかし、恆存の生きていた時代ではこれこそが社会の現実であり、貴方はこの現実を生きていかなくてはいけないのだ、と恆存は考えていたのではないかと思う。動かしがたい現実を正義の名のもとに糾弾し続けても結局自分が傷つくだけなのだ、そんな辛い生き方を選ぶな、という諦観がそこには横たわっている。

 

 では、外見のことは諦めるとして、あくまで内面で勝負すればいいのだろうか。

そのような考え方も、それはそれで不幸を生む元なのだと恆存は述べている。

 

そういうと、顔はまずくとも、心がけが一番大事だという人がある。私はそういうことをいっているのではありません。これはマイナスだが、他にプラスの点もある。そういう考え方で、自分を慰めようとしてはいけないのです。(中略)目をつぶっても、現実は消滅しっこない。むしろそれは無意識の領域にもぐりこんで、手のつけられぬ陰性のものと化しやすい。それはひがみであり、劣等感であります。

他にプラスがあるかどうかわかりはしません。ないかもしれない。努力してみても、それが身につかぬかもしれません。それでもいいから、自分には長所がひとつもなくても、自分の弱点だけは、すなおに認めようということです。

 

この下りなど、この人はほんとうに容赦がない。しかしこれはこの通りであると思う。別の長所で短所を補うという考えが、よりコンプレックスを強めてしまうのだ。短所を隠そうとするのは、それがそれだけ恥ずかしいからなのだ。

 

およそこの手の悩み相談にありがちな一切の綺麗事が、恆存の文章には見られない。

そんなものでは人は救われはしないということをよく理解しているからだろう。

結局、変えられないものは受け入れて生きていくしかないし、世の中はそもそも理不尽なのだという現実を見据えよ、というところからこの人は一歩もぶれていない。

読んでいて慰められはしないだろうが、一時の慰めを与えてもどうにもならないと恆存は思っていたのだろう。

 

近年、化粧や整形技術の発達によって、美醜の差というものはある程度埋められるようになっているようにも見える。しかし、人は結局外見に左右されるという理不尽さ自体は何も変わっていない。その意味で、やはり我々は理不尽さを飲み込んでいかなくてはならない。本書の価値がいまだ失われていないと感じるのも、そういう動かしがたい世の中のどうしようもなさとの付き合い方のヒントを与えてくれるからである。