明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなど

西郷どん1話「薩摩のやっせんぼ」感想:とにかく渡辺謙の島津斉彬がすべて

子役時代の喧嘩とか挫折とかそこらへんは大河ドラマの定番なのでおいておくとして、やはり今回は島津斉彬、これに尽きる。「蘭癖」とも言われるほど西洋の学問に熱中した斉彬の登場シーンは大砲を爆発させるところだった。佐久間象山も江戸で大砲の演習を行い砲身を爆発させているが、そのあたりもイメージしているのかもしれない。

ザ・名君。開明的で人望篤く薩摩の近代化の基礎を作った偉人。欠点を探すほうが難しいような人だ。今この人を演じられるのは渡辺謙くらいしかいないかもしれない。強いて欠点を挙げれば砂糖の専売で奄美諸島を苦しめたことがあげられるかもしれないが、この制度は斉彬の時代に始まったわけではない。西郷は奄美大島に流されたときに島民の苦しみをはじめて知ることになるが、それはまだ先の話だ。

 

 

初回からこの斉彬を登場させるなら、西郷を教え導く役どころということになる。郷中同士の喧嘩で右腕が上がらなくなり、剣が持てなくなった西郷にもう侍が剣を振り回すような時代は終わるのだと諭す斉彬。まるで未来を見てきたかのような物言いだが、このくらいは許容範囲内だろうか。

 

こうした現代的な発言をどれくらいドラマの中に入れるかは時代劇では意見のわかれるところだ。西郷が女装をして女子の気持ちを理解しようとするところなども、当時の薩摩武士ならまずやらないことだろう。将来西郷の妻になる糸との接点を作るためのシーンなのだが、西郷の優しさを表現するためのエピソードでもあるということだろう。

 

今のところ、島津久光はただのお人好しのようにしか描かれていない。そのことを母のお由羅にもたしなめられているが、この久光が今後どう成長していくかが見ものだ。斉彬があまりにも完璧で魅力に富んでいるために、その斉彬の薫陶を受ける西郷と対峙する久光はどうしてもその背後に兄の巨大な影を見ることになる。後に西郷が久光により島流しとなってしまう伏線が、この時点ですでに撒かれている。

 

久光を演じる青木崇高は、龍馬伝では龍馬の活躍に嫉妬し、容堂の前で「龍馬が妬ましかった」と涙ながらに告白する後藤象二郎を熱演している。コンプレックスを持つ人物を演じるには最適の人だ。久光は天才肌の兄と何かにつけて比較されてきただろうし、ドラマ中でもすでにお由羅に地ゴロと言われないようにせよ、と注意されてしまっている。これはのちに久光が西郷に言われることになる台詞だが、今後久光がどのように成長していくか、お由羅事件はどう描かれるのか、といったところにも注目していきたい。

バーチャルユーチューバー輝夜ルナ(かぐやるな)の動画に魂を鷲掴みにされた

キズナアイからミライアカリ、狐娘おじさんなど多彩な人材を輩出しているバーチャルユーチューバー界なのですが……

最近TLでよく名前を聞くので、輝夜月(かぐやるな)の動画を観てみたらすっかりハマってしまいました。

 流れの早いネット界ではもう今更なんでしょうか。

 この異常なほどのハイテンションと「首絞めハム太郎の異名を取るボイスに心を鷲掴みにされる人が続出しているようで、まだ3つしか動画がアップされていないのにツイッターにはファンアートがたくさん投稿されています。

 

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字幕はちゃんと舌足らずな滑舌に合わせて書かれているところもポイント。

猛スピードで展開される軽妙なトークが視聴者を飽きさせず、時折挟み込まれる男言葉も良いアクセントになっています。

いろいろと雑なところを全部勢いで流していくノリが最高。

 

2本めの動画。冒頭からけたたましい挨拶とノリツッコミ。

受け入れられる人には癖になりそう。

全然喋れてない早口言葉もこのノリだと許せてしまう。

朝からテンション上げたい人は起きたらこれ観るといいかもしれないですね。

このノリで出社されても困る気もしますが。

 

 

うるせぇ!ルナちゃんは今朝なんだよ!これではストロングゼロの擬人化とか言われるわけだ。

キズナアイなど他のバーチャルユーチューバーを意識しまくっていることが明らかになる3本目の動画。別に気にしなくても十分差別化できてるからね?

結局、輝夜月の挨拶は何になるのか……?結論は普通でもプロセスが全然普通じゃない。

 

クリスマスはぼっちを全力で煽る。

 若干の優しさも感じられないこともない……?

ゲーム実況もはじめた輝夜ルナ。

なおゲームはかなり苦手な模様。

 

動画が4つもミリオン達成してしまっているのでキズナアイも意識しまくっている模様。

キズナアイとのコラボもそのうち実現する……?

 

公式ツイッターも動画と同じテンションで大変面白いです。

バーチャルユーチューバー界の先輩とも仲良し。

 

このノリに洲崎綾さんもすっかり虜になった模様。

しかしこの設定画だけ見ているとああいうキャラだとはまったく想像できない。

 

このテンションがいつまで保てるのか少々心配ではありますが、今一番成長が楽しみなユーチューバーなのでチャンネル登録者数が100万人に達するまでどれくらいかかるか見守りたいと思います。

『おんな城主直虎』が最終回まで描ききった「戦をしない戦」

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このドラマがここまでの傑作になると誰が予想しただろうか。

本の森下佳子は最終回が一番よく書けたと言っていたが、本当に素晴らしい大団円だった。

真田丸にもつながる赤備えの登場や龍の形の雲が湧き出るお頭の最期、碁石を使った「完」の粋な演出など、このドラマを見守ってきた視聴者には大満足の最終回に仕上がっていたのではないかと思う。

 

特に良かったのは、この最終回では「交渉人」としての万千代の活躍が描かれていたことだった。

このドラマでは今までずっと、「戦をしない戦」を描いてきた。

戦をするところは直虎の父直盛が桶狭間で戦死するところなど必要最小限にしか描写されることはなく、力を入れてきたのは徳政令をめぐる今川家との駆け引き、瀬戸方久の「銭の戦」、井伊を守るためあえて汚名を着る「目付」としての小野政次の孤軍奮闘の様子だった。

 

大河ドラマで女性を主人公にすると、戦には出られないという制限がかかってくる。だがこのドラマはそれを逆に利用し、戦国時代の普段光を当てられない、しかし本当は何より重要である内政と民百姓の有りようをドラマの前半の主軸に据え、地味ながらも弱小の国衆の苦闘を描き出すことに成功している。

saavedra.hatenablog.com

しかしこれだけなら新しい試みとはいえても、井伊谷という地域の小さな物語で事は終わっていた。この作品の凄いところは、ドラマ前半で直虎が国衆として辛酸を嘗め尽くしたことが全て後半への伏線になっていたことだ。

一族の男たちを次々に失い、もう戦で命が失われることを心底嫌っていた直虎の思いを、政次もよく理解していた。戦のない世を作りたい、という今まで何度も大河ドラマで聞いたこの台詞は、直虎が言うからこそこの上ない重みを持つ。そして、この二人の思いを背負って世に出たのが万千代だった。直虎と同じく、戦ばかりの世の中が嫌だと嘆く家康を天下人に押し上げることで、直虎の見果てぬ夢が現実となる。万千代が井伊家を再興し、家康に仕えたことで井伊谷の小さな流れがようやく天下へと至る大河へと合流した。井伊谷のローカルな物語は、大河ドラマとして完成するよう設計されていた。この構成の妙には驚くほかない。

 

後に井伊の赤鬼と恐れられ武将としても活躍する直政ではあるが、これまでずっと刀槍を交えない戦をしてきた直虎の後継者である万千代が最終回で為すべきことは、やはり交渉人としての仕事でなくてはならない。万千代はもともと才能も優れていただろうが、今川や武田や徳川など大勢力の狭間で苦労してきたことで万千代の外交感覚は磨き抜かれていただろう。国衆が何を求めているのかは、若くとも万千代こそが一番よく知っている。だからこそ、旧武田領の国衆へ説得に出向くのは万千代でなくてはならなかった。

 

思えばこのドラマは、長篠の戦い以前にも六左衛門が木を切り出すシーンを描いたりと、裏方の働きを描くことが多かった。これもまた、合戦を支える地味ながらも重要な仕事であり、「戦をしない戦」だ。派手な合戦シーンに頼らない作劇には、視聴者への信頼が感じられる。それでいてこの作品では次々と死ぬ井伊の男たちの姿や政次の最期や信康事件など、戦国の世の悲哀を今までのどのドラマより容赦なく描き出している。力のある脚本とはこういうものか、ということを思い知らされた一年だった。

 

 

『おんな城主直虎』は、ちょうど真田昌幸が独立して活動を始める時代に物語を終えている。一年間をかけて、『真田丸』に至る物語を見事に語ってみせたのだ。『真田丸』が信繁の華々しい戦場での活躍を描いて終わったのに対し、『おんな城主直虎』は、最後まで戦を正面から描くことはなかった。それは、これが直虎と、その願いを受け継いで平和な世を作ろうとしている直政と家康の物語だからだ。赤備えを率いて出陣するところを少しだけ描いたのはファンサービスみたいなものだろう。

 

家康がこのような背景を持っていることを考えると、真田丸で信繁と家康が対峙したシーンもまた違った色合いを帯びてくる。どちら側にもそれぞれの正義があり、互いが互いを相対化することが歴史を知ることの面白さだ。『真田丸』において三谷幸喜が突きつけた挑戦状に、森下佳子は脚本家としての全ての力量を持って応えた。これこそが、現代における最高の「刀を用いない戦い」だったのかもしれない。

なぜ格言を使う人はおっさん臭いのか

www.sugoren.com

世の中にはこういう記事がよく出回っている。つまり、みんなおじさん臭いと思われたくないのだ。しかしおじさん臭くないように振る舞おう、と無理して若造りしてしまうあたりがまさにおじさんの悲しさであって、実はそういう行為が一番おじさん臭いような気もする。実年齢がおじさんである以上、おじさんは何をしてもおじさんであることから逃れられない。

 

とはいっても、やはりいかにもおっさん臭い行為というのはある。私が考える一番おっさん臭い言動は、やたら格言を使うことだ。何、仕事で行き詰まってるって?艱難汝を玉にすっていうじゃないか。石の上にも十年だよ。一念岩をも通すんだから一意専心、目の前の仕事に全力で取り組みたまえ。これこそ自分を磨くチャンスだよ。山中鹿之助も我に七難八苦を与えたまえって言ってただろう?これくらいのことが言えれば、立派なおっさんになれるのではないだろうか。

 

ところで、どうして格言を並べるとこんなにおっさん臭くなれるのだろう。説教臭いからだろうか。でも説教臭いのは必ずしもおっさんの属性ではない。まだ若いプロブロガーだって会社に隷属するなとか、もっと自由に生きろとか説教する人もいる。説教臭いだけでは立派なおっさんにはなれないのだ。では、どうして格言で説教するとあんなにおっさん臭いのだろう?

 

ここでちょっと自分語りをする。今よりずっと若いころ、つまりはまだ私がおじさんではなかったころ、私は結婚式場でアルバイトをしていた。ビデオカメラでカップルを撮影する係だった。この仕事中私がよく思っていたのは、最近は新郎もよく泣くんだな、ということだった。男は人前で涙を見せてはいけない、というジェンダー的抑圧から開放されるのはたいへん良いことではある。しかしこの時、ふと私の頭の中にこんな声が聴こえてきたのだ。

 

「まあ、新婦の流す涙は感動の涙だろうけど、新郎の流す涙はもう他の女の子とは遊べないっていう後悔の涙なんだろうなあ」

 

とても妙な感じがした。自分で思い浮かべたことなのに、何かすごい違和感がある。これ、一体誰が喋ってるの?これは本当に俺の考えか?何かが俺の頭を侵食してきていないか?そんな得体のしれない不安に心をつかまれた。

 

今思えば、あれは何かのマンガで読んだ台詞が自動的に頭の中で再生されていただけだったのではないかと思う。それが自分が新郎の涙に対して思っていたこととは違うから、心がある種の免疫反応を起こしていたということだ。自分の考えでもないことに頭を占領させるな、お前はお前だろうが、という警報が頭の中に鳴り響いていたのだ。

 

若い人というのは、自分が自分であることにこだわろうとする。だから、自分とは違う考えが心に侵入してくると、敏感にセンサーが違和感を検知して警報を鳴らす。しかしだんだん世間擦れしていくにつれて、人は世間の言い分を内面化していく。それが社会に適応するということの一側面でもあるし、年をとるにつれて感性がしだいに摩耗していくからどんどん世間の侵入を許してしまう、ということもある。世間に内面を侵食され、そのことに疑いを持たなくなったのがおっさんという存在だ。

 

格言というのは人生の教訓であり指針だ。そういうものを知るのはいい。しかし多くの場合、格言を他人に対して適用しようとするとき、人は複雑な現実を格言の「型」の中に押し込めてしまっている。そこで格言を用いようとするのはそれが権威として確立し、世間に通用しているからだ。人を格言に従わせようとするとき、その人は世間の側に立っている。この自分の言葉で語るのではなく格言に語ってもらうという姿勢が、世間の体現者であるおっさん臭い振る舞いなのだ。そういう私も、電車の中でスマホゲームに興じる若者を見ればそんな暇があるなら本を読め、光陰矢の如しだ、とついつい考えてしまう凡庸で保守的な人間になりつつある。

 

 人は常に自分の頭で考えることができるわけではないし、ある程度までは他人の頭で考えることは仕方がない。それは世渡りのための知恵というものだ。しかし年経りてもうすっかり心を世間に喰われつつあるこの私がこれ以上自分で思考することをやめてしまったら、それこそ正真正銘のおっさんの出来上がりだ。これ以上おっさん化を進行させないためには、手垢のついた格言を安易に用いることをやめなくてはならない。そして、常に学び続けることだ。ヘンリー・フォードも「学び続ける人は、たとえその人が80才でも若いと言える」と言っているのだから。

永田カビ『一人交換日記』最終回に思ったこと

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comic.pixiv.net

pixivコミックで連載されていた永田カビさんの『一人交換日記』が11月に最終回を迎えていた。

この最終回は一応ハッピーエンド……なのかな。

読む人によっていろいろと思うところがあるだろうけど、家族との関係が良くなったのならそれはやはり祝福すべきことなのだろうと思う。

「愛がこの病気の薬なら、きっと良くなる」という最後の言葉も、永田さんの心境が好転している証拠だと受け止めたい。

 

saavedra.hatenablog.com

『寂しすぎてレズ風俗に生きましたレポ』については、以前こういう感想を書いた。理由はよくわからないけれど、永田さんには自己肯定力のようなものがかなり不足していて、「感情貯金」が足りないために生きづらいのだ、と自分は感じた。

そんな永田さんもレズ風俗に言ったり、漫画が世間に受け入れられることでしだいに「感情貯金」が溜まってくる。とくに漫画が認められたことは決定的だったらしく、その体験は「甘い蜜が大量に口に注ぎ込まれた」ように感じられたと永田さんは書いていた。

 

ここで終わっていれば、ハッピーエンドで全て良かったことになる。しかし人の人生はどこまでも続いていくし、永田さんの人生にも「その後」がある。人並みの自己肯定感をようやく得られた永田さんがその後どうなったのか?を描いているのが、『一人交換日記』だ。これは『寂しすぎてレズ風俗に生きましたレポ』の続編と言ってもいい。

 

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

 

 この漫画は『レズ風俗』に比べると明確な主張があるわけではなく、どちらかというと「私小説のマンガ版」みたいなものだ。家族との葛藤や孤独の辛さの表現などはあいかわらず巧みで、呼んでいるこちら側もひりつくような痛みを味わう。共感できるところもできないところもあるが、「生き辛さ」を描いた作品として、自分の中では『レズ風俗』とともに長く記憶に刻まれる作品になるような気がしている。

 

実はこの『一人交換日記』の感想を検索しているとき、かなり手厳しい批判を目にした。書いている人はまったく永田さんには共感できないようだった。書いている人は精神的にはかなり健全(という言い方も何だけど)な人のようだった。この漫画は明らかにそういう人に向けては書かれていないと思うのだけれど、話題作になると想定外の読者も読むから、拒否反応が出てくる人もいる。

「この漫画は自己肯定感の高い方には不快な内容が含まれています」というゾーニングは可能だろうか。私はたぶんあまり精神が「健全」ではない方なので、永田さんの描いていることには共感できる部分も少なくなかった。こういうものは正しいとか正しくないとか判断を下すものではないと思っているので、多少なりとも感情移入できる部分があればそれでいいと思っている。

 

こういうものに共感できる人とそうでない人の差はなんだろうか。今十分に人間関係に恵まれている人は、あまりこういう悩みはわからないかもしれない。もっと親から自立しなければいけない、という人もいるだろう。ところで自立とはなんだろうか。最近、こんな言葉を聞いた。

 自立とは誰にも頼らないことではなく、依存先を分散させることだ、ということである。依存先がたくさんあればひとつひとつの関係性は弱くてもいいし、あまり誰か特定の人の顔色をうかがわずにすむ。成長するに従って依存先が親から友人だとかパートナーだとか趣味の集まりだとか、あるいはなんらかのフィクションだとか、次第にバラけていくのが「普通」の人の生き方なのだと思う。

 

漫画を読む限りでは永田さんは親以外との人間関係があまりないようなので、それだけ親からの愛情が多く必要になっている、ということのように思える。永田さんに親から自立するべきだ、という人は誰にも頼っていないわけではなく、うまく依存先を分散することができているために一見誰にも依存していないように見えるのかもしれない。

 

永田さんの漫画は家族のこともそのまま描いてしまうので、漫画を見せられた母親はショックで泣いている(このことも漫画に描かれている)。母親の愛情を誰よりも必要としているのに、生活の糧となる漫画が親を傷つけるかもしれないとなると、これはしんどい。この作風はどれだけ続けられるものなのだろうか?と思っていたらやはりと言うか、永田さんは精神の調子を崩して入院している。この病院の描写もまたしんどい。こういう環境ではちっとも気が休まらないのではないだろうか。

 

私の基本的な人間感として、「人間はわりと簡単に壊れるものだ」というものがある。もちろんその壊れやすさについて、個人差はあるだろう。ただ、やはり人間はカーズ様のような完全生命体ではないので、他者からの肯定や承認がいくらかは必要になる。そういうものがうまく得られない、あるいは得られたと感じることができないとどうなるのか、ということを永田さんの漫画は教えてくれているように思う。

 

今のところ、たぶん私は永田さんほど生きていて辛いわけではない。ただそれは私のほうが頑張っているからとか、精神的に強いからだとか、そういうことではないと思う。知らず知らずのうちに周りからなんらかの感情的報酬を得ていて、そのおかげで壊れずにすんでいるだけのことではないだろうか。本当のところはわからないが、今どうにか生きていられるのは幸運のおかげなのだ、と思ったほうが、他者の痛みには寛容にはなれる。自己責任論を採用してこういう漫画を味わえなくなるくらいなら、自分は運がいいのだと考える方がいい。

ニシンとタラが大航海時代を支え、世界史を作った。『魚で始まる世界史 ニシンとタラとヨーロッパ』

 

魚で始まる世界史: ニシンとタラとヨーロッパ (平凡社新書)

魚で始まる世界史: ニシンとタラとヨーロッパ (平凡社新書)

 

 

司馬遼太郎塩野七生の作品を好む人が多いことからもわかるように、多くの人は優れた資質を持つ英雄こそが歴史を動かすと思っている。それもひとつの真実だ。しかし、たとえば『銃・病原菌・鉄』で書かれている通り、資源や環境が歴史を作る要因になっているという観点から書かれた書物も多く存在している。歴史をマクロに見るなら、この観点は外せない。

 

歴史を作るキーアイテムとなったモノは数多く存在するが、本書『魚で始まる世界史 ニシンとタラとヨーロッパ』では、その中でも特にニシンとタラに着目したユニークな一冊だ。日本人にもなじみ深いこの魚の群れが、ヴァイキングの大移動やハンザ同盟の興隆、大航海時代の幕開けからアメリカ植民地の発展にいたるまで、深く関わっているということが本書を読むとよく理解できる。

 

なんとなくヨーロッパ人といえば肉食、というイメージがある。しかし魚の需要も馬鹿にはできない。というのは、キリスト教には「フィッシュ・デイ」が存在しているからだ。キリスト教では断食するべき日が決められていて、これが一年の半分ほどを占めているのだが、実はこの日は魚を食べることが許されていた。

キリスト教の断食においては、肉は肉欲と結び付けられるため徹底的に避けるべきものだった。しかしガレノスの体液理論では「熱い」肉とは反対に水の中に棲み「冷たい」魚は肉欲を抑えるためにふさわしい食物と考えられていた。断食の目的は肉欲を抑えることだったため、魚なら食べてもいいというわけである。こうした事情もあり、魚もまたヨーロッパの食卓には欠かせない食べ物だった。

 

このフィッシュ・デイにおいて巨大な需要が生じたのがニシンの塩漬けだった。本書ではヨーロッパ史を魚が動かした例として、まずヴァイキングとニシン漁との関係が語られる。リンディスファーン修道院襲撃に始まるヴァイキングのイギリス襲撃の背景には、実はニシンの回遊コースの変化があったというのだ。魚を主な食料としていたヴァイキングにとり、ニシンは極めて重要だ。イギリスでヴァイキングが定住した地域も、もともとすでにニシン漁が栄えていた地域らしい。だとすれば、ニシンの群れがスカンジナヴィアからヴァイキングをイギリスに呼び寄せたことになる。

 

 ヴァイキングに代わり、バルト海の覇者として台頭してきたのがハンザ同盟だ。ハンザの中心都市であるリューベックの東にあるリューゲン島の岸にはニシンの大群が押し寄せる。ハンザはこのニシンの加工技術を持っていて、塩漬けニシンは樽に詰められてコグ船で各地に運ばれた。一四世紀までのハンザの繁栄を牽引したのは、積載量に優れたコグ船だった。

 

しかし、ハンザの繁栄を支えていたニシンの群れは、一六世紀にはバルト海から北海に移動してしまう。この北海でニシン漁を行ったのが次の海洋の覇者、オランダだ。沿岸部で押し寄せてくるニシンを獲っていたハンザとは違い、オランダは大型のバス船を駆り積極的に魚群を追いかけ、スコットランドイングランドのすぐそばを掠めるように漁を続ける。この「大漁業」によって栄えたアムステルダムは、「ニシンの骨の上に建つ街」と呼ばれることになった。

このオランダの「大漁業」を対岸から指をくわえて眺めているだけだったイギリスがオランダを圧倒するには、オリバー・クロムウェルの登場を待たなくてはならない。後にピューリタン革命で勝利したクロムウェルは航海法を成立させてオランダの中継貿易に大打撃を与えた。オランダはスペインからようやく独立を勝ち取ったわずか4年後に、イギリスに繁栄の座を明け渡した。

 

そして、アメリカ植民地の発展にもまた魚が関わっている。まず大前提として、大航海時代が始まらなければアメリカにヨーロッパ人がたどり着くこともなかったわけだが、この大航海時代を支えていたのもまた魚だった。この時代の航海を支えていた食料は、保存性の高いストックフィッシュ(天日干しにしたタラ)である。長ければ五年は持つストックフィッシュは遠洋航海には欠かせない。

タラに支えられ海を渡ったヨーロッパ人の渡ったアメリカでも、魚が植民地の発展の鍵を握った。ニューイングランドでは冬季にもタラ漁が可能だったため、夏に農業や林業を行い、冬にはタラ漁に出ることができた。やがて西インド諸島で砂糖のプランテーションが確立すると、重労働を強いられる奴隷のために塩辛い食物が必要になり、タラの干物がこの需要を満たすことになる。後にイギリスに産業革命を起こす利潤を蓄えた三角貿易を支えたのも、また魚だった。

 

こうして見ていくと、ニシンとタラという地味な魚がどれだけ深く世界史に関わっているかがわかってくる。シェイクスピア研究者の著者は『テンペスト』のなかに「お前を干し鱈にしてやるからな」という台詞が出てきたことに着目し、それが本書を執筆するきっかけになったと書いているが、歴史の覗き窓とも言える文学の一節から発想を広げ、ここまでダイナミックな世界史を描いてみせる著者の手腕には感嘆する。人物を中心とした既存の歴史書に飽き足らない読者にはぜひおすすめしたい好著だ。

新撰組は「農村的」な組織だった──英雄たちの選択「土方歳三“明治”に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断」

昨日放映された英雄たちの選択「土方歳三“明治”に死す 盟友・近藤勇の生死を握る決断」が興味深かったのでメモしておく。

 

隊士の多くが武士ではなかったがゆえに、誰よりも武士らしくあろうとした集団──新撰組にはそんなイメージがある。しかしこの番組によれば、実際にできあがった新撰組というのはとても農村共同体的なものだったらしい。

新撰組の隊規は厳しく、士道不覚悟は切腹である。処分された隊士は40人ほどにのぼるが、これが本当の武士なら切腹にいたる前に閉門や蟄居など、いくつかの段階がある。これが新撰組だといきなり切腹となってしまうのは、彼等が武士ではないため、差し出せるものが命しかないからなのだ。

 

そして、このような厳しい処分が行われるのも、農村共同体における一種の同調圧力的なものが働いていたからだ、というのが磯田道史氏の指摘だ。彼に言わせれば、隊士が皆で同じ服を来て出動するなんていうのは武士だったら格好悪くてとてもできないことらしい。新撰組は当時の旗本よりもはるかに勇敢だったが、そういう意味では武士らしい集団ではなかった。土方が目指していたのは実際の江戸の武士ではなく、あくまで当人の理想としての武士の姿だろうからそれも仕方がないのだろうけれども。

 

そんな土方が多くの隊士を死に追いやったのは、中野信子氏に言わせれば彼が「愛情深い人だったから」、ということになる。組織を維持するために部下に辛くあたるのは、冷たい人にはできないということらしい。ちょっとよくわからない理屈だったが、それだけ新撰組という組織を愛しているからということなのだろうか。実際、土方が函館で戦っている頃には部下にも優しく接していたようだから、そちらのほうが土方の本性なのかもしれない。『新撰組!』のスピンオフ『土方歳三最期の一日』で山本耕史が演じた土方も部下には慕われていて、新しく新撰組に入隊した隊士が島田魁から「鬼の副長」と言われていた時代の話を聞かされる場面ではとても信じられない、という顔をしていた。

 

この番組では、新政府軍の砲火の前に身を晒して果てた土方の最期を「切腹」と表現していた。この番組では以前、榎本武揚が武士らしく切腹しなかったのは近代国家は刀ではなく法で決着をつけなければいけなかったからだ、と解説していたが、どこまでも武士らしくあろうとする土方にはその選択は取れなかったのだろう。すでに洋式の軍隊を使いこなしていた土方を明治政府が起用していればかなりの活躍が期待できただろうが、たとえば西南戦争で政府軍の指揮官として土方が西郷と戦う場面などはちょっと想像したくないので、やはり土方にはあの最期しかありえない。