明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

【書評】山本太郎『感染症と文明 共生への道』

 

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

感染症と文明――共生への道 (岩波新書)

  • 作者:山本 太郎
  • 発売日: 2011/06/22
  • メディア: 新書
 

 

文明化とは感染症との共存だ、ということがこの本の一章『文明は感染症の「ゆりかご」だった』を読むとわかる。文明化以前の人類は小規模な集団で狩猟生活を行い、移動しながら生活していた。このような生活をしていると、感染症にかかるリスクが少ない。事実、アメリカ・ネバダ州で発見された先史時代住民の糞石からは寄生虫の卵や幼虫が発見されていない。生活習慣病なども少なく、先史時代の人類はおおむね健康だったようだ。

 

だが、農耕の開始と定住、野生動物の家畜化が人類と感染症との関係を決定的に変えた。定住すると糞便が居住地の近くに集積され、寄生虫の感染輪となる。農耕が始まると余剰生産物が貯蔵され、これがネズミの餌となるので、ネズミからノミやダニを介して感染症が人類社会に持ちこまれる。そして天然痘や麻疹、インフルエンザなど、動物起源のウイルスが家畜からうつる。定住して生活する限り、人類は社会のなかに多くの感染症を抱え込むことになる。農耕は人口増加をもたらすため、感染症の流行に拍車がかかる。かくて、もともと野生動物を宿主としていた病原体は、ヒトという新たな宿主をえて、その活動範囲を一気にひろげることになった。

 

幸い、ヒトは多くの感染症に対し免疫をもつことができる。ある文明が拡大していく過程で、感染症は最初は敵であるが、一度免疫をえれば以後はその病気への感染をまぬがれる。感染症を文明の内に取りこむことができる。このようにして、各文明が対抗できるようになった感染症のリストを、本書では「疾病レパートリー」とよんでいる。黄河文明揚子江下流域へ拡大するのをさまたげたのは風土病だったが、一度この地を掌握してしまうと、その土地の感染症が「疾病レパートリー」に加わる。文明は拡大するほどに疾病レパートリーを増やし、感染症に強くなっていく。

 

このため、ある文明と別の文明が接触したとき、勝敗を分ける要素として疾病レパートリーが決定的に重要にになることがある。文明はその初期段階において何種類かの家畜を保有するが、疾病レパートリーは大部分がこの家畜の種類によって左右される。となると、多くの家畜を保有する文明は疾病レパートリーが多く、感染症に強いということになる。

 

 

本書ではジャレド・ダイアモンドの説を引きつつ、家畜の大半がユーラシア大陸起源であることを指摘する。アメリカ大陸起源の家畜はリャマとアルパカしかいない。これでは新旧大陸で疾病レパートリーに大きな差が出てしまうのは必然だ。しかも、『銃・病原菌・鉄』で説かれているとおり、同じ緯度では生態学的条件が似ているため、動植物の栽培化や家畜化の技術などが伝播しやすい。大陸が東西に長いユーラシア大陸ではこれらの技術とともに感染症も交換され、各文明は疾病レパートリーを増やし続けた。対して南北に長いアメリカ大陸では条件が逆になるため、疾病レパートリーが増えにくい。結果、インカ帝国はスペイン人の持ちこんだ天然痘に大打撃を受けることになった。ダイアモンドが説くとおり、世界史の大勢は地理的条件で最初から決まっていたことになるのだろうか。

 

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このように文明と感染症の関係をみてくるとわかるとおり、疾病レパートリーを増やそうとすると一時的にその文明は感染症に打撃を受けるが、長期的には感染症に強い文明になる。上記の記事では西浦教授が、新型コロナウイルスの感染者の多いアメリカが集団免疫獲得に舵を切る可能性を指摘しているが、これは言い方を変えれば、新型コロナを「疾病レパートリー」に加えるということでもある。

新型コロナウイルスを大方押さえ込めている東アジアやオセアニアの国々は、今のところはアメリカや西ヨーロッパにくらべてかなり有利にみえる。だが、長期的にみればどうなるか。感染者が少なく、新型コロナを疾病レパートリーとしてもたない日本などは、アメリカに門戸開放を求められるとまた感染リスクが高くなってしまう。新型コロナを疾病レパートリーに加えられる国とそうでない国は、どちらが強いのか。いまだ答えの出ない問いを抱えつつ、しばらく我々は生きていかなければいけないようだ。

『新もういちど読む山川世界史』はコラムの人物伝が面白い

 

新 もういちど読む 山川世界史

新 もういちど読む 山川世界史

  • 発売日: 2017/08/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

世界史本なら山川出版社は安心のブランドだ。なにしろ教科書をつくっているのだから、この手の「大人の学び直し」的なものの内容も無難で偏りがなく、間違いのないものになる。

だが、いかにも教科書的だなという感じはある。というか、これはほぼ教科書そのものだ。世界史を学ぶうえでは役に立つとしても、エンタメ性が期待できるものではなさそうだ……と思いつつ読んでいると、コラムが案外おもしろい。特に人物伝はなかなか読みごたえがある。高校時代に学んだ世界史との違いが、このコラムを読むとよくわかる。長い年月を経て、歴史上の人物の評価も少しづつアップデートされているのだ。

 

歴史上の人物の再評価は、多くは「無能や悪人だと思われていたが、実はそうでもなかった」となることが多い。本書のコラムで取り上げられている則天武后西太后ルイ16世なども、わりと高評価されている。

 まず則天武后の評価をみていくと、寒門(貧しい家柄)階層から有能な人材を積極的に登用したことが評価されている。文化人を保護したこと、各地に寺を造営したことなど文化面での業績も目立つ。実子や姉の息子まで手にかけた残酷さを指摘しつつも、権力掌握過程での残酷な所業は則天武后だけのものではないとも記している。権謀術数に長けた人物が多数登場する中国史のなかで、彼女だけをことさらに「悪女」とあげつらうなら、それは男尊女卑的な価値観によるものだろう。

 

続いてルイ16世については、最近の研究では開明的で進歩的な王としての姿が提示されているとしている。ルイ16世テュルゴーカロンヌ、ネッケルなどを登用し、特権身分への課税を試みた改革派だった。くわえて拷問や農奴制を廃し、プロテスタントユダヤ人の同化政策を進めた民主的な性格も評価されている。さらに、節約に熱心で浮いたお金を再貧民に配る優しさも持っていたなど、「良き王」だったことも指摘されていて、かなりの高評価である。それでも処刑されてしまったのは、生まれた時代が悪かったということだろうか。

 

一方、「偉人」とされていた人物への評価は辛い。アレクサンドロス大王がアケメネス朝を滅ぼしたのち東方風の跪拝礼を導入し、マケドニア人兵士とペルシア人女性の合同結婚式を催したことはしばしば「東西文化の融合」といわれる。だが本書では、「大王自身は新しい時代をつくったのではなく、『アケメネス朝の後継者』だったと評価することも可能なのである」と指摘する。地方長官にアケメネス朝時代の豪族を登用し、みずからアケメネス朝王家とつながる女性二人を妻としたことへの評価である。確かにアレクサンドロスはオリエント文化を否定することはなかったが、広大な帝国を統治するには現地勢力との妥協が必要だったというだけのことかもしれない。

 

カール・マルクスについては、かれがイギリスに居住し続けた理由とその意義について語られている。マルクスが極貧にあえぎながらも研究を続けられたのは、膨大な蔵書数を誇る大英図書館を無料で利用できたからである。そして、プロイセン政府がイギリスにマルクスを追放するよう求めても、首相ジョン・ラッセルは「たとえ王殺しであろうとも、議論の段階にとどまっているかぎりは、治安にかかわる大英帝国のいかなる法律にも抵触しない」と突っぱねている。イギリスが自由主義の国でなければマルクスの研究も進展せず、共産主義革命も東西冷戦も起きなかったかもしれない。 

【書評】岩波新書シリーズ中国の歴史3『草原の制覇 大モンゴルまで』

 

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

草原の制覇: 大モンゴルまで (岩波新書)

 

 

 王朝別の歴史記述を乗りこえるため、中国史を地域ごとに分けてマクロな視点からみていくシリーズの三冊目となる本。本書では鮮卑華北を征服した南北朝時代から隋唐、そして契丹から金、モンゴル時代にかけて、おもに中華世界の北の草原世界の勢力にスポットを当てている。

 

鮮卑契丹女真やモンゴルなど塞外民族はは中国史を語るうえで極めて重要な存在だ。匈奴帝国の誕生以来、これらの民族は中華王朝にとり重大な脅威であり、ときには中国の一部を征服もした。だが、これらの勢力には大きな弱点がある。それは、多くの部族の連合体であるため、君主の求心力がなくなれば、すぐにばらばらになってしまうことである。

 

この欠点を克服したのが契丹だった。このためか、本書では契丹にかなりのページが割かれている。建国者の耶律阿保機は、オルドを整備することで君主に権力を集中することに成功している。「オルド」とはもともとカガンの居所の天幕や、付き従う家臣の天幕群のことだが、制度としての「オルド」とは皇帝の天幕群に付随する新鋭軍団と、それを支える各種人間集団のこともさしている。

契丹のオルドは契丹人を中心とする遊牧民と、漢人など定住農耕民から組織され、成人男子を親衛隊に供出するしくみになっている。オルドの人数は皇帝が代替わりするごとに増えていき、契丹の末期には10万ほどの騎兵を動員可能だった。この強大な軍事力が皇帝に直属しているため、契丹の君主権は強力だった。

 

契丹はたんに軍事的に強かっただけでなく、文化面でもすぐれていた。契丹初期の遺跡からは、唐文化を受けつぐ壁画や副葬品が発見されているが、これらの水準は極めて高い。そして、契丹は多くの城郭都市をつくっているが、これらの都市はたんに中国建築を模したものではない。契丹都城では宮殿の正面が東を向いており、契丹人の太陽信仰を取り入れた作りになっている。遊牧王朝と中原文化の制度や文化を融合させているところに、契丹という国家の特徴がある。

契丹の文化を語るうえでは仏教も極めて重要だ。仏陀となるために修行中の菩薩が守るべき戒めを「菩薩戒」というが、契丹の皇帝にはこの菩薩戒を受戒した人物が三人もいる。道宗などはみずから経典の講義までおこなっていて、仏教の文献で「菩薩皇帝」と称えられている。モンゴルとラマ教のかかわりはよく知られているが、遊牧民と仏教の関係はすでに契丹においてはじまっていた。

 

これほど強大な契丹に対抗しなくてはならなかった宋はというと、実はこちらにも遊牧騎馬民族の雰囲気が濃厚にあった。宋は五代のうち三王朝を支配した沙陀突厥と連続性があり、太祖趙匡胤の父は後唐の李存勗の親衛隊に所属している。宋の太宗は契丹と戦うため親政しているが、宋のとった戦法も遊牧騎馬民族のそれを受けつぐものであった。

 

二度にわたる北宋の北方遠征は、いずれも相手の守りが手薄なうちに騎馬軍を中心とする大軍でもって幽州まで突撃し急襲する電撃作戦であった。そのうえ、戦闘の重要な局面では、平原での野戦を真っ向から挑んだのである。 こうした北宋軍の志向する戦術・戦法は、そもそも李克用以来の沙陀軍団のそれを濃密に受け継いだものだったことがよく分かる。しかし、騎射を得意とし機動力に富んだ遊牧騎馬軍団を主力とする契丹の軍隊に対しては、その効力に限界があった。結局は弱点を露呈した北宋軍が壊滅的な敗北を喫することになってしまったのである。(p107)

 

宋も騎馬軍を大いに活用していたとはいえ、やはりこの手の戦いでは契丹の方が上手だったようだ。結局、軍事力では契丹におよばない宋は、契丹と和議を結んで毎年銀と絹を支払うことになる。史上有名な澶淵の盟だ。この盟約は、この後100年以上にわたって両国の間に平和共存体制を確立した点で、画期的なものだと本書では評価されている。宋と契丹の関係は「文明と野蛮」などではなく、文明国同士の成熟した関係だった。

契丹と宋は、双方ともに誓書の内容を遵守した。国境地帯の政府出先機関や駐留部隊にまで誓書を守ることを徹底させ、両国の官吏が協力して国境を画定させた。国境の侵犯もめったに行われなかった。このように、両国が平和に共存していたしくみを著者は「澶淵体制」とよんでいる。この後、ユーラシア東方王朝間でさかんに盟約が結ばれているが、このような国際関係の基礎を作った澶淵の盟はやはり画期的だったといえる。

 

契丹国―遊牧の民キタイの王朝 (東方選書)

契丹国―遊牧の民キタイの王朝 (東方選書)

  • 作者:島田 正郎
  • 発売日: 2014/12/04
  • メディア: 単行本
 

 

これらの契丹の革新性について、本書では2章・3章で詳しく書かれている。日本ではモンゴル史の本は多く出ているが、契丹だけを扱ったものは少ない。だが以上みてきたように、契丹は中国史を語るうえでは極めて重要な国家だ。本書はこの国について知るための貴重な入門書としても使える一冊となっている。

【感想】ケン・リュウ選『現代中国SFアンソロジー 月の光』

 

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

月の光 現代中国SFアンソロジー (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2020/03/18
  • メディア: ハードカバー
 

 

一言で中国SFといっても多様だ。とはいえ、中国ならではのSF作品というものもやはり存在する。当人もすぐれたSF作家であるケン・リュウが「わたしがその作品を楽しみ、注目に値すると考えた」作品を集めたこのアンソロジー作品集にも、中国史を題材とした作品がいくつか載っている。これらの作品は、SFファンだけでなく中国史に興味を持つ人も楽しめるものではないかと思う。

 

冒頭から2番目に収録されている『晋陽の雪』は、五代十国時代北漢を舞台にした作品だ。もちろんSFなのでただの歴史小説ではなく、この作品にはさまざまな未来のテクノロジーが登場する。かなり遊び心のある作品で、ライトセイバーレイバンのサングラスまで登場している。「網洛」という古代中国版インターネットのようなものも出てくる。これらの技術をもたらした「王爺」は実は未来人で、中国のオタク青年なのだが、この人物は数々の超兵器も開発していて、その力で南から迫る宗(宋?)の大軍とどうにか戦えている。

しかし、この青年がいる限り、北漢は宗と戦い続けなくてはならない。宗への降伏を願う官僚たちは主人公に王爺の暴走を止めるよう求めるが……というストーリー。ケン・リュウの解説によると、これは中国でいう「穿越」という中国のネットで書かれているタイムトラベル小説のことらしい。中国版なろう小説だろうか。ラストの展開を見ていると、これはどうやら「穿越」を皮肉ったもののようだ。未来人の知識を持っていても、都合よく事は運ばない。

 

始皇帝の休日』も中国史を題材としているが、これは統一国家をつくり、休暇を楽しむことにした始皇帝諸子百家がおすすめのゲームを推薦するという奇想天外なストーリーだ。農家は牧場物語を、論理を重んじる名家は逆転裁判を勧めるなど、それぞれの学派がすすめる作品がちゃんと学風と合っているのが可笑しい。儒家がすすめるのがザ・シムズだが、隣家を訪れると好感度が上がるシステムが「礼」に通じるということらしい。

丞相李斯がすすめるのがシヴィライゼーションだが、このゲームは冷酷かつ厳密に国を統治する必要があるため法家の精神にのっとっていると李斯は解説する。さて、始皇帝がこのゲームをプレイするとどうなるか。それは読んでのお楽しみだが、このプレイスタイルは始皇帝というよりCivのアイドルその人ではないのか?と思えるのも笑いどころか。オチの意味はよくわからなかったのだが、最後に出てくるゲームのタイトルを知っていればわかるのだろうか。いずれにせよ、PCゲームに通じている人であるほど楽しめる作品であることは間違いない。

 

宝樹『金色昔日』は70ページほどの作品だが密度が濃く、大河小説を一冊読み終えたかのような読後感を味わえる名作。基本は運命に翻弄される男女のラブストーリーだが、この世界では時間の流れが逆になっていて、ネットゲームや3D映画が過去のものとして扱われるSFならではの奇妙なノスタルジーも味わえる。

多くの政治家の名前が登場し、主人公は天安門事件などの歴史イベントにも巻き込まれるので、近代中国史の知識があればより楽しめるが、そんな知識はなくとも大きな歴史のうねりに巻き込まれる無力な一個人の人生の切なさ、やるせなさを存分に味わうことができる。主人公の若き日の恋愛模様を盛り上げる小道具として、東京ラブストーリーが出てくるはちょっと意外感があるが、懐かしくもある。この作者の作品はもっと読んでみたくなった。

 

国史とは関係ないが、表題作の『月の光』はやはり傑作。未来の自分自身から電話がかかってきて、悲惨な未来を回避するため新エネルギーを普及させるよう努めてほしいと依頼されるのだが……というストーリー。終始自分自身との携帯でのやり取りしかしていないが、もう一人の自分から告げられる「別の時間線の未来」が気になり、緊迫感あふれる展開が続く。これこそSFの醍醐味。大ヒット作『三体』の著者は短編の名手でもあることがよくわかる作品だった。

【麒麟がくる17話感想】そして、道三は伝説になった

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麒麟がくる』17回「長良川の対決」は大河ドラマ史上、長く語り継がれるであろう回になった。第1回からていねいに積み上げられた斎藤道三・高政父子の相克の物語は、ついにここに決着を見た。長良川河畔に鳴り響く陣太鼓のリズムが悲壮感を盛り上げ、一騎で高政の陣へ突進する道三の姿も鮮やかに目に焼き付く。脚本・音楽・映像のすべてが見事に決まっていた。

 

戦国の合戦で一騎打ちなど、まずありえない。それでも高政に一騎打ちを挑む道三に違和感を感じないのは、道三が高政に父殺しの汚名を着せる、という捨て身の策に出たことが描かれていたからだ。もともと、高政は道三を生け捕りにせよと命じていた。稲葉良通が指摘していたとおり、この戦いで父を死なせては外聞が悪い。信長にも弔い合戦の口実を与えかねない。それをわかっているからこそ、道三はなんとしても高政を挑発し、自分を討つよう仕向けなくてはならない。どうせ勝ち目のない戦なら、せめて高政に一生消えることのない業を背負ってもらわなくてはならないのだ。だからこそ、今わの際に道三は「勝ったのは道三だ」と勝ち誇っている。死ぬことで、お前に永遠に解けない呪いをかけてやったのだと。

 

だが、高政にとり「父殺し」の名は、単に汚名でしかないのだろうか。道三は高政の評判を地に落としたかっただけなのだろうか。道三の胸中はもっと複雑だったようにも思える。確かに、道三にとり高政は憎んで余りある相手だ。父は自分ではなく土岐頼芸だと言い張り、家督を譲ってやったのに愛息を二人も殺したのだから。

しかし、それでも高政が道三の息子であることに変わりはない。高政の行く末を考えると、大きな不安要素がある。信長の存在だ。道三は聖徳寺の会見以来、信長を高政よりはるかに高く評価している。みずからが夢見た「境のない大きな国」を作れるものがいるとすれば、それは信長だとも思っている。だが、信長が「大きな国」を作るなら、いずれ高政を滅ぼさなくてはならない。この事態を、道三が諸手をあげて歓迎しただろうか。

 

高政が信長にくらべ、明らかに力量不足であることを道三はよくわかっている。視聴者の目から見ても、高政土岐頼芸の言葉に乗せられて道三を実の父ではないと疑い、また稲葉良通にそそのかされて兄弟二人を暗殺するなど、狡猾な者たちに利用される場面が目立つ。不幸なのは、高政が父を否定すればするほど、あれほど嫌っていた道三の暗黒面がみずからの内に目覚めてしまうことだ。病気のふりをして二人の弟を招き謀殺する手口の悪辣さは、土岐頼満に茶をふるまい毒殺した道三のやり口にも劣らない。高政は頼芸を父と信じているにもかかわらず、その所業はしだいに道三に近づいていく。

だが、兄弟間の争いは戦国の世には珍しくない。兄弟は家督を争うライバルだからだ。しかし、いくら乱世でも父殺しは珍しい。武田信玄ですら父信虎を駿河に追放するにとどめている。父殺しをさせれば、高政の業は道三を上まわる。高政が道三を超える毒を持てば、信長も容易に太刀打ちできない。道三はみずからを犠牲にして、高政を「蝮の子」に仕立てたのではないか。高政がどう思っていようと、父を殺せば周りはやはりあれは蝮の子だと見る。土岐頼芸もひとかどの策謀家ではあったが、道三に追放される程度の存在でしかない。その程度の者の子に、美濃は任せられない。乱世を生き抜くには、高政は道三の子でなくてはならないのだ。最期に「わが子、高政」と呼びかけた道三は、この父のごとく狡猾でしぶとく、強かであれと言いたかったのかもしれない。

 

道三はみずからの血を受け継ぐ高政と、価値観を受け継ぐ信長とを残し、逝った。そしてもう一人、道三の志を知る十兵衛は明智荘を落ちのび、越前へと向かう。この三人はいずれも道三の後継者であり、三者三様の道三像を胸に抱いている。道三とは何者であったか。高政からすれば、土岐源氏の権威をないがしろにする下品な成り上がり者だ。信長から見れば、美濃の土台を作った畏怖すべき舅にして、一番の理解者。そして光秀にとっては、吝嗇だが嘘のない、偉大な主君。これらを総合すれば、典型的な戦国大名ということになる。道三の覇業は美濃一国を手にするところで終わったが、道半ばで倒れただけに、生きていればどれほどのことを成し得たかと想像したくなる。今後、信長も十兵衛も道三のやり残したことは何か、と己に問いかけつつ、残りの生を生きることになるだろう。道三の夢見た「大きな国」は、十兵衛のめざす「麒麟がくる国」と重なる。麒麟が世に現れ出るまで、道三は十兵衛の中で生き続ける。高政に討たれたことで、道三は「大きな国」の種子を地に撒いた。信長と十兵衛という稀有な天下の耕し手も得た。やはり、かれは勝者だったのだ。

 

日本史リブレット『蝦夷の地と古代国家』に見る蝦夷アイヌ説と蝦夷非アイヌ説

 

蝦夷の地と古代国家 (日本史リブレット)

蝦夷の地と古代国家 (日本史リブレット)

  • 作者:熊谷 公男
  • 発売日: 2004/04/01
  • メディア: 単行本
 

 

古代蝦夷とは何者かを考えるとき、蝦夷アイヌなのかそうでないのか、が古くから考察の的となってきた。だが、この問いははっきり二者択一で答えを出せるものではなさそうだ。では、蝦夷をどうとらえればいいのか。日本史リブレット『蝦夷の地と古代国家』を読めば、この問題を考えるうえで有力な手がかりを得られる。

 

本書では、蝦夷アイヌ説と蝦夷アイヌ説について、それぞれの問題点を簡潔に指摘している。まず前者については、蝦夷が稲作や馬飼など、アイヌとは異なる文化を和人から受け入れている点、蝦夷に関する文献資料が蝦夷を「化外の野蛮人」とみる偏見にとらわれている点などをあげている。

そして後者については、東北地方北部には「ナイ」「ペツ」などのアイヌ語系地名が多数存在すること、蝦夷の居住地域では続縄文土器・擦文土器など北海道系の土器が出土すること、また狩猟・肉食の文化が蝦夷に存在していたらしいことなど、のちのアイヌ民族に通ずる一面を持っていたことを指摘している。

 

つまり、古代蝦夷アイヌ的な要素と非アイヌ的な要素の両方をもっていたことになる。蝦夷の文化は北海道の続縄文文化と和人から伝わった文化の混交したものなので、蝦夷アイヌか否かとはっきり割り切れるものではない。

 

ここで蝦夷文化の形成過程とその特質を概括してみよう。気候が寒冷化する3~4世紀ごろに、北海道から東北北部に渡ってきた続縄文人たちこそが、のちの古代蝦夷の中核を形づくった人びとであった。彼らは狩猟・漁労・採集をおもな生業とし、考古学的に検出しにくい平地式住居で生活し、死後は独特の土壙墓に埋葬する習慣を東北北部に持ち込んだ。しかしながら彼らは、新天地で生活を始めるとすぐさま、盛んに南の倭人文化を取り入れ、みずからの生活文化をたえず変革していった。(pp44)

 

蝦夷はときに団結し、律令国家と何度も矛を交えている。巣伏の戦いにおいて阿弖流爲が朝廷軍を破ったように、蝦夷は敵に回せば手ごわい存在だったが、その強さの背景には続縄文文化に由来する狩猟生活がある。『続日本後紀』には「弓馬の戦闘は、夷獠の生習にして、平民の十、その一に敵する能わず」と語られているが、蝦夷の勇猛さは、ふだんから狩猟生活で弓を用いていることに一因がある。

「弓馬の戦闘」は弓の名手である蝦夷が騎乗することで成り立つ。馬飼の文化は倭人から伝えられたものであるものの、本書では蝦夷社会の中で独自の発展をとげたとされる。蝦夷は狩猟と馬飼を重要な生業としていたため、自然と「弓馬の戦闘」に秀でることになった。蝦夷倭人社会の文化を受け入れつつも、伝統的な狩猟文化を失うことなく、独自の生活形態を保ちつづけていた。

 

古代日本における蝦夷は、華夷思想における「化外の民」という位置づけとはまったく別の意味において、倭人とは異なる文化や生活習慣をもっていた。それは続縄文文化倭人の文化の入り混じる地域で形づくられたもので、アイヌの文化ともまた異なる。蝦夷はあくまで蝦夷であり、アイヌにも倭人にも分類することはできない。

 

そもそも、蝦夷アイヌか、それとも倭人かという問題設定には、人種の生物学的特徴や民族の社会的・文化的特徴を所与のものとして実体視し、それを長期にわたって不変であるとみる通念が前提となっているが、このような人種観・民族観は現在では完全に過去のものとなってしまった。民族はもちろんのこと、人種といえども、さまざまな要因によって歴史的に形成され、たえず変容していくものであり、けっして固定的なものでないことは、人類学・考古学・歴史学社会学などさまざまな学問分野の研究から明らかとなっている。この点はアイヌ倭人もけっして例外ではないのである。(p6)

 

 

大学生の「読書離れ」はいつ始まったのか?津野海太郎『読書と日本人』

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1日の読書時間がゼロという大学生が、2017年にはじめて5割を超えたという。今の大学生は経済的にあまり余裕がなく、アルバイトに忙しいからだといわれることもあるが、とにかく大学生の読書時間は減る傾向にあるようだ。齋藤孝氏などはよくこうした傾向を嘆いていて、だからこそ自著で読書の大切さをくり返し説いている。今は教養主義などほとんど滅びてしまっているし、読書で人格を高めようとする人は学生を含めてあまりいないだろう。よほど知識欲が強い人でもないかぎり、学業上必要でない本を読む理由はとくにない。

 

それでも建前上は学生の本分は勉強ではある。その学生が本を読まなくなったとなると、世の知識人は嘆くものだ。もちろんそこには自著を読んでほしいというポジショントークも働いているだろうが、書物の世界から多くの果実を得ている立場として、やはり一言いいたくなるのだろう。もっと古典に学べ、先人の知恵に触れろと。それでこそ人生が豊かになるのだと。

 

読書と日本人 (岩波新書)

読書と日本人 (岩波新書)

 

 

ところで、こうした知識人の嘆き節は、いったいいつから聞こえてきたのだろうか。津野海太郎『読書と日本人』には朝日新聞アメリカ特派員だった松山幸雄のエッセイの一部が紹介されている。

 

米国から日本に帰ってきて、いちばん驚いたのは、電車の中で大学生やサラリーマンが、恥ずかしげもなくマンガを読んでいることだった。

私はかねがね、一国の文化を支え、向上させていくのは、よい意味での虚栄心ではないかと思っている。昔は、内心では大衆読物にひかれている年齢の時に、ドストエフスキーパスカルを読んでいくうちに、ほんとにのめりこんでいく、というケースが多かった。

今の日本では、この"背伸びというのをせず、本能のままに口あたりのよいマンガを読みふける。安きに流れているのだ。(略)“教養”にまで、汗水流す気にならないのだ。

 

ここを読んでいて、なんだか懐かしい気持ちになった。90年代後半、西部邁も電車の中でマンガなんか読むな、と言っていたのを思い出したからだ。ところが、上記の松山幸雄のエッセイが書かれたのは、なんと1977年である。この時点で、すでに大学生の「読書離れは進行していた。少なくとも、そう認識していた知識人が当時存在していた。

 

津野によれば、1960年代後半にはすでに団塊世代の学生たちが少年ジャンプや少年マガジン、ガロなどのマンガ雑誌を盛んに読むようになっていたという。60年代の高度経済成長により日本の消費社会化が一気に進み、マンガ雑誌を含む新刊書は消費財として扱われるようになっていった。楽しく消費できればいいのなら、ときに退屈で難解な古典や教養書などより、マンガや大衆小説を読んだ方がいいことになる。

 

2020年に目を転じれば、現代のインテリたちは松山幸雄や西部邁のようにマンガを忌避してはいない。マンガはもはやサブカルチャーではなくメインカルチャーだ。作品によっては教養書の内にすら数えられるかもしれない。今は齋藤孝スラムダンクを語り、佐藤優がキングダムに処世術を見出す時代だ。一日の読書時間がゼロだという大学生は、マンガは読んでいるのだろうか。上記の調査でマンガを読む時間が読書にカウントされていないのだとすれば、そろそろ「読書」の定義を見直さなくてはいけない頃合いなのかもしれない。