明晰夢工房

読んだ本の備忘録や日頃思ったこと、感じたことなどなど

妻を3度も寝取られた田舎貴族の裁判を扱った『姦通裁判』が名著だった

 

 

こういうものを読むと、星海社はほんとうにいい仕事をしているなと思いますね。18世紀のトランシルヴァニア(当時はハプスブルク諸邦の一部)で起きた姦通事件を扱っている新書ですが、事件そのものよりも裁判記録からみえてくる近世ヨーロッパの村の生活の描写がメインの内容になっています。当時の農民の多くは文盲で記録を残さないため、こうした裁判の記録が当時の庶民の暮らしを知るための貴重な史料になるのです。

 

事件の舞台はトランシルヴァニア侯国の小さな村、コザールヴァール。ここの領主であるイシュトヴァーンの妻・ユディトの姦通の実態はなかなかに壮絶で、3度も浮気を繰り返したあげく、3人目の間男アーダームはなんとイシュトヴァーンを家から追い出してユディトとともに住み着いてしまっています。こうした浮気の様子が、付近の農民たちにすべて目撃されているのです。というのも、ユディトと浮気相手との情事の現場に農民の家が使われ、見張りに立たされていた者までいたからです。当時の農民たちは領主に税を取り立てられるだけでなく、領主の妻の情事の手伝いまでさせられていたのです。

 

庶民が姦通事件に巻き込まれていたために、この姦通事件をくわしく検討することで、自然とコザールヴァールの村人の暮らしがわかることになります。村人のライフサイクルや定住していたジプシーの存在なども知ることができますが、とりわけ面白いのはこのコザールヴァールには「魔女」が住んでいて、ユディトの浮気に協力していたということです。コザールヴァールの魔女たちはユディトのために媚薬を作っているのですが、同時代のオーストリアの君主が「啓蒙専制君主」であるマリア・テレジアであることを思い起こせば、この事実はより興味深いものとなります。ウィーンから遠い田舎の村では、まだ中世そのもののような迷信の中に生きる人々がいたということです。

 

妻を奪われたイシュトヴァーンの側も、何もしなかったわけではありません。それどころか、こちらも農民を引き連れてなんとか間男のアーダームに逆襲しようとしています。しかしイシュトヴァーンは喧嘩が弱く、銃まで持ち出しているのにいつもアーダームに返り討ちにされてしまっています。それどころか、妻のユディトにまで暴力を振るわれてしまう始末。これは一体どういうことなのか。読み進めていくと、一種の「男性問題」がここに関わっていることが浮き彫りになってきます。

 

しかし、彼ら、イシュトヴァーンとユディトの夫婦関係をよく知り、しかも、ユディトが生んだ3人の子がいずれもイシュトヴァーンの子ではないと確信する者たちにとっては、それらの事実が意味するところは、火を見るよりも明らかだったはずだ。すなわち、イシュトヴァーンが性的に不能だった、ということである。

 

イシュトヴァーンが間男のアーダームだけでなく妻にさえ敵わなかったのは、単に腕っぷしの問題だけではなかったようです。妻を満たすことのできない男としての自信の欠如が、彼の反撃を鈍らせていたのでしょう。このため、妻を寝取られた被害者であるにもかかわらず、イシュトヴァーンは農民たちにも「馬鹿」と陰口を叩かれてしまっています。当時の農民たちにとり、イシュトヴァーンは夫らしくない夫として、完全に反面教師と認識されていました。イシュトヴァーンの心中は知りようもありませんが、このような不名誉な形で歴史に名を残すなど、まったく望むところではなかったでしょう。

 

こうした庶民の生活にスポットを当てた著書は、大所高所から歴史を見ていくような書物とは異なる、 また独特の愉しみがあります。たんに東ヨーロッパの村の生活の様子がわかるだけでなく、オーストリア継承戦争の特需で大儲けした領主の存在など、大きな歴史の流れとリンクする話も出てくるので、基本はミクロな出来事を扱いつつも歴史のダイナミズム的なものも味わえる、お得な内容になっています。トランシルヴァニアという地域についてピンポイントで知りたい人はそれほどいないかもしれませんが、「中性的な様相も色濃く残す近世の村」についての入門書だと考えれば、創作にも生かせる内容ではないかと思います。

『王様ランキング』を傑作たらしめているのは「才能を見つけてもらえない不安」

mangahack.com 

王様ランキング 1 (ビームコミックス)

王様ランキング 1 (ビームコミックス)

 

 

王様ランキング 2 (ビームコミックス)

王様ランキング 2 (ビームコミックス)

 

これはまぎれもない傑作。でも、こちらの作者インタビューを読んでから再読してみると、この物語の新たな一面がみえてくるように思います。

 

magazine.manba.co.jp

『王様ランキング』はあらすじに書いてある通り、「耳が聞こえず非力な王子が、多くの人と出会い成長していく物語」です。しかし、上記の十日草輔さんへのインタビューを読んだあとでは、この物語はクリエイター志望者にとってのひとつの理想を描いたものなのではないかと思えてきました。

十日草輔さんは、上記のインタビューでこう答えています。

 

そのときも不安でしたけど、今でも不安はありますよ。ずっと不安です。(投稿サイトなので)お金も入ってこないし。たぶん僕だけじゃなくて、何かを作っている人というのは、ずっと不安だと思います。だから、今は本当にいい時代だなと思って。ずっと続けていれば、誰かが見つけてくれるから。その「ずっと続ける」というのがなかなか難しいんでしょうけど、僕の場合は、一度挫折して普通に働いたというのが、遠回りのようで、実は近道だった。仕事で企画を作りながら、「相手の気持ちを考える」ということにも気づけたし。 

 

これはまったくその通りで、クリエイター志望者というのはつねに不安を抱えています。自分には才能なんてないのではないか、このまま作品を作り続けていても、誰も読んでくれないのではないか。とうていプロになんてなれないのではないか──という、多くのネガティブな感情に囚われます。実際十日さんは、インタビュー中で鳴かず飛ばずだった日々の不安についても語っています。

 

ただ、一人で描いているから、ずっと不安でした。今でこそ、いろんな人が話題にしてくれていますけど、話題になる前は本当に怖くて、不安に押しつぶされそうな中で描いていました。だから(話題になる前の時期に)コメントをしてくれた人がいると、本当に涙が出るほどうれしかった。

 

こういうとき、なによりも必要なのは、そばにいて絶対的に自分の才能を信じてくれる存在でしょう。いくら自分で自分には才能があると思っていても、それは独りよがりな思い込みでしかないかもしれない。だからやはり、他者からの支えが必要なのです。

 

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そんな不安と隣り合わせのクリエイター志望者にとってまさに理想の存在なのがカゲです。耳が聴こえず、言葉も話せないボッジの才能を信じ、陰日向なく支え続ける暗殺者一族のカゲ。「続けていれば、誰かが見つけてくれる」とは言うものの、誰かが見つけてくれるまでに心が折れてしまっては創作活動は続けられない。でも、まずカゲのような存在に見つけてもらえ、才能を信じてもらえれば、人は創作を続けることができます。

 

史記列伝 全5冊 (岩波文庫)

史記列伝 全5冊 (岩波文庫)

 

 

ボッジとカゲの友情は、史記の有名なエピソード「管鮑の交わり」をも思い起こさせます。不遇な時代の管仲を支え続け、いくら失敗しても決して彼を見捨てなかった鮑叔がいなければ、管仲は斉の名臣にはなれず、桓公を覇者の座に押し上げることもできなかった。今脚光を浴びている人を褒めることは誰にでもできます。皆にバカにされているボッジのような存在を認められるカゲこそが偉い。不遇な時に得られる友こそが本当の友なのです。

 

しかし、自分の才能さえ信じることができればそれで十分なのか?というと、そういうわけではありません。カゲは徹底してボッジの味方になってくれるけれど、ボッジの能力を最大限に活かす方法まで教えてくれるわけではない。クリエイター志望者には、自分のどこが優れているかを正確に見抜き、その能力を活かせるよう導いてくれるメンター的な存在が必要です。『王様ランキング』においては、デスパーがその役割を果たしています。

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このシーンで、デスパーが「まず自分に合う武器を見つけなさい」といっているのは象徴的です。自分のどこが優れていて、どこを売りにするべきなのか、はクリエイター志望者が世に出るために頭を悩ませるところですが、デスパーは非力なボッジ王子のためにみごとに最適な武器を見つけ出してくれます。こういう指導者こそ、クリエイター志望者が求めてやまないものでしょう。

 

『王様ランキング』の人間観と作者の経験

 

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そしてデスパーは、『王様ランキング』の人間観の要となる、重要な台詞を言っています。それがこの「欠けているものこそが未来を切り開く力となる」というものです。これは、十日草輔さん自身の経験ともぴったりと符合するものです。十日さんはインタビュー中でこのように語っています。

 

僕らの親の世代の価値観はそうですよね。今の若い親はマンガで育ってきてるからそんなことないと思いますけど。うちは「ドラえもん」を見ることも禁止されてました。だから人からマンガを読ませてもらったり、マンガを描くということにずっとコンプレックスがあったんです。「こういうのを読んじゃいけない」というのを言われ続けてきたから。でもずっとマンガを描きたいという思いがあって、それでやっと描けたのが20歳のときなんです。

──「マンガを読んじゃいけない」というコンプレックスを乗り越えて、やっとマンガを描いて、でも挫折してマンガから離れて、そして40代になって再びマンガに戻ってきたというのは、ちょっとドラマティックですね。しかもその作品が多くの人の心を打っているという。

「王様ランキング」で僕は勇気を描いてますけど、僕の年齢で新しいチャレンジしていることで勇気を持ってくれる人も、もしかしたらいるかもしれない。そんなこと思うと嬉しくてたまらなくなります。

 

十日さんは親からマンガを禁止されていたためにマンガを描き始めるのが遅く、43歳にしてようやく『王様ランキング』が脚光を浴びました。しかし、遅咲きだからこそ、もう若くなくてもこれからなにかに挑戦しようとしている人の力になれる。これはまさに「欠けているものこそが力になる」というデスパーの台詞そのものです。

 

また、この作品におけるシンプルながら深みのあるキャラクター描写も、多くの社会経験を積んだ40代という年齢だからこそ可能になったものでしょう。『王様ランキング』には、テンプレ的なキャラクターが誰一人として出てきません。これもまた、この漫画を描き始めるまでに遠回りしたからこそ可能になったものです。一見マイナスに見えることが、実はプラスでもある。この価値観が、『王様ランキング』の通奏低音をなしています。

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四天王の一人アピスも、「繊細だからこそ他人の痛みがわかる」というキャラクターに設定されています。これもまた、「欠けているものが力になる」という 価値観の一つの現われです。

 

ボッジが得ているものとは何なのか

では、主人公であるボッジが耳も聴こえず、言葉も話せず非力である代わりに得ているものとは何か。表面的に見れば、それは優れた動体視力であるといえます。耳が聴こえないので唇を読む必要があり、そのために「見る力」が鍛えられる。加えてミツマタの指導を受けたこともあり、ボッジの「避ける力」は誰よりも優れたものになりました。これは確かにボッジが「欠けているがゆえに得ているもの」です。

 

しかし、ボッジにとっての本当の宝とは、カゲのような仲間ではないかと思います。一人では何もできないからこそカゲは「俺がこいつの味方になってやらなければ」と思ったのだし、ボッジも普段は周りから侮られているからこそ、カゲのような存在を人一倍大事にすることができます。王者はただ強いだけでなく、人徳も身につけていなくてはならない。非力であるがゆえに得たこの力は、王としては貴重なものです。ダイダはボッジよりも力は優れており、そのためにドーマスのように熱心な支持者も得ているのですが、ダイダは人を従わせるタイプの王者であって、ボッジのように支えてやりたくなるようなタイプではありません。ダイダは資質に欠けるところがないため、かえってカゲのような仲間は得られないともいえます。

 

人の価値はスペックでは測れない

 

ふたたび上記のインタビューから引用します。

 

目が見えない人の話(64話)は、ちょっと説教くさいかなとも思ったんですが、基本的に僕は弱者とか強者とか、勝ち組とか負け組とか、そういうことを考えること自体が嫌いなんです。そんなもんないだろうと。

 

何かを失っているだけ、得ているものがある。この人間観は、十日さんのこういう価値観から出てきているもののようです。確かに、人の個々の能力には優劣がある。ボッジはどうあがいても非力で、ダイダと正面から打ち合えば叩きのめされてしまう。しかし針のような剣で神経を刺激し、その気になれば一瞬で相手の命を奪う力も手に入れています。そのうえカゲのような無二の親友まで得ているボッジの人生がダイダのそれより貧しいとは、決して言えません。

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ではダイダがボッジよりも劣る存在かというと、そう単純でもない。ダイダは鏡の助言には従わず、何年かかっても自力で最高の王になろうと努力しています。ダイダもやはりボッス王の優れた資質を受け継いでおり、王者となる資格を持っているのです。人間的にもただボッジを叩きのめすだけの嫌なヤツではなく、闇の世界に閉じ込められたミランジョを助けようとする優しさも持ち合わせています。

 

つまり、ボッジとダイダのいずれかが強者であり、弱者というわけではないのです。両者は能力の差はあっても、人間としての価値はあくまでも対等、という描き方になっているように思えます。王国最強の戦士であり究極の「勝ち組」ともいえるボッス王も、実は心に大きな闇を抱えていて、ダイダの身体を乗っ取ってまでこの世界に復活を果たす、という大きなマイナス面を持っています。

一見弱者のように見えるボッジの持つ強さとともに、最強の王に思えるボッスの弱さもまた、この物語は描いています。失った分だけ得ているものがあるとするなら、得た分だけ失っているものもまた、ある。ここでもやはり、人間は対等なのだという価値観が貫かれています。それは綺麗事かもしれません。ですが、フィクションの世界ですら綺麗事が言えなくなったらおしまいです。

 

どんなキャラクターにも光を当てる姿勢

 

先に、クリエイターは自分の才能を見つけてもらえず、埋もれてしまうという大きな不安を抱えていると書きました。ところで、クリエイターとは作品世界における創造主です。自分が神であるからには、自らの作り出すキャラクターの魅力を自らが「見つける」側になります。『王様ランキング』のキャラクター造形が優れているのは、先に挙げた「人はみな対等」という作者の価値観に加えて、十日さんが「このキャラの魅力を見つけてあげたい」という気持ちで描いているからではないかと想像しています。自分自身が見つけてもらうことを希求しているのだから、創造主の立場に立ったら登場を待っているキャラクター達の魅力に光を当ててやりたいはず。そしてその光は、すべてのキャラクターの上にあまねく降り注いでいます。

 

もちろんマンガである以上、『王様ランキング』にも主役級のキャラクターとそうでないものの違いは存在します。それでも、どのキャラクターも魅力的に描き分けられていて、テンプレ的な人物は一人として出てきません。一見ヒステリックな母親に見えるヒリングが実はとても優しい人だったり、ボッジを殺めようとしていたドーマスにも臣下としての良心が残っていたりするなど、ほとんどのキャラクターはどこかに見どころがあります。

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ベビンがダイダに「国民に希望をもたらす王になってほしい」と願っているのと同様、作品世界の神である作者もまた、登場するキャラクター達の魅力を発見し、彼らに希望をもたらす存在でなくてはならない。だからこそ、ただのモブキャラでしかない目の見えない男すらも魅力的に描くことができ、物語の中で大きな存在感を与えることができているのではないかと思います。このように、クリエイター志望者としての、このまま誰にも見つけてもらえないのではないかという大きな不安こそが、『王様ランキング』を魅力的な作品たらしめている大きな要因ではないかと考えます。

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現実の世界では、才能のある人間が必ずその力を見出してもらえるわけではありません。ゴッホの才能は現代人の目から見ればあまりにも明らかですが、かれは生前、たった一枚しか絵を売ることができませんでした。現代はネットの普及によって漫画や小説の投稿サイトが多数でき、才能が見つかりやすくなっている時代です。まさに『王様ランキング』が評判になったように。しかしそれでも、まだ光が当てられず、埋もれている才能の持ち主はたくさんいることでしょう。それならばせめて、作品世界の王である自分くらいは、この世界に触れる読者に希望をもたらす存在でなくてはならない──そんな祈りにも似た願いが、『王様ランキング』には込められているような気がするのです。

師走トオル『ファイフステル・サーガ』が面白い。骨太な架空世界の戦記を楽しめる

 

 これはひさしぶりに満足度の高かった戦記ファンタジー

1巻はまだ序章という感じですが、十分に作り込まれた世界観が背景にあり、多くの人物の思惑が複雑に絡み合う中で物語が展開していくため、政略・戦略の醍醐味を存分に味わうことができます。

 

サブタイトルに「再臨の魔王と聖女の傭兵団」とついているとおり、この世界では2年後に198年前に倒された魔王が復活することがすでにわかっています。なぜわかるかというと、それは傭兵団長の息子である主人公・カレルの仕えるアレンヘム公国の公女・セシリアの「神の恩寵」の能力によるものです。

セシリアの「神の恩寵」は、「自分が死ぬ様子を夢に見る」というもの。毎晩夢の中で魔王の軍勢に殺される夢を見ているため、これが魔王が復活するという予言になっているのです。

 

アレンヘム公国は、フーデルス王国を中心とする5つの小国のうちのひとつで、魔物の生息する「呪われた地」と境界を接しています。カレルの所属する「狂嗤の団」は魔物から公国を守る役割を果たしているため、歴戦の猛者が多く、この傭兵団がアレンヘム公国の戦力の中核をなしています。

ですが、この物語の面白いところは、主人公カレルは戦闘部隊ではなく情報を収集する舞台に所属しているということ。カレルにも戦闘能力はそれなりにありますが、狂嗤の団にはコルネリウス切り込み隊長のように、カレルよりもずっと強い人物もいます。ではカレルの武器は何かというと、幼い頃からフェルトホルクという部族の遍歴商人に仕込まれた駆け引きの能力です。

 

物語のスタート時点で、アレンヘム公国の当主は病の床に伏しています。すでに死期を悟ったアレンヘム公の後継者は、一人娘であるセシリアしかいません。ここで、狂嗤の団の団長ランメルトは、アレンヘム公国の強化のために、公国の政治と軍事を合体させることを提言します。つまり、セシリアとランメルトの息子、カレルとの結婚です。魔王の復活に備え、公国と狂嗤の団の結びつきを強固にしておくということです。ここで、主人公カレルはアレンヘム公国の軍事力の要として、物語の中で浮上してくることになります。

 

しかし、この1巻においてカレル率いる狂嗤の団が戦うのは「呪われた地」の魔物ではありません。冒頭でこそ少しだけゴブリンやトロールなどとの戦いがありますが、この巻における敵はアレンヘム公国の南に位置するフライスラント自治領になります。本来ならフーデルス王国を中心にすべての国が団結して魔王の復活に備えなければいけないところですが、それを知っているのはセシリアとカレルなどアレンヘム公国の中心人物だけなので、フライスラントはそんなことは構わずに攻めてきます。フライスラントが展開する兵力は1万5000人程度ですが、この人数が「はじめて動員された」と書かれているあたり、リアルな中世らしさを感じさせるものがあります。ファンタジーではありますが、この作品での戦争の描写ははあくまでも地に足のついたものです。

 

この戦いで生かされるのが、カレルの知性です。どんな作戦が展開されるかはネタバレになるので書かずにおきますが、これは実行するにはかなりの危険を伴うものです。それでもカレルがこの作戦を実行できるのは、セシリアの「神の恩寵」の力を分け与えてもらっているからです。カレルがフライスラントとの戦いで死ぬ夢を見ない以上、この作戦は成功するのではないか、とカレルは判断するのです。自分が死ぬ場面を夢に見るという、それ自体は戦いの役に立たない能力を、カレルは戦争に応用するのです。

 

このように、ファイフステル・サーガにおける異能である「神の恩寵」は、常にカレルの知略と結びついて使われることになります。圧倒的なパワーで敵をなぎ倒すことはできなくとも、使いようによっては大きな武器となるこの能力を、カレルはセシリアとの婚約により得ることになるのです。カレルの真価は狂嗤の団を指揮し、頭脳戦で勝つことにあり、戦いで活躍するのはコルネリウスのような人物に任されています。

 

さて、このような物語の場合、敵役にも優れた知性の持ち主がいなければなりません。ここで手強い相手となるのが、フーデルス王国の摂政となるヴェッセルです。ヴェッセルはフーデルス王国の妾腹の王子であり、何度も暗殺の危機をくぐり抜けてきたため馬鹿を装っているというキャラクターになっていますが、本当は王国随一の切れ者です。ヴェッセルはフーデルスに伝わる「魔王の左腕」というアイテムを所有していて、最初に登場するシーンではこれを用いて裁判を自分に都合良く進めるという手腕を見せつけています。魔王の左腕を知略で上手く活用する様は、カレルがセシリアの恩寵をうまく使うのと好一対をなしています。

 

フーデルス王国はフライスラント自治領からの多額の借金を抱えているため、ヴェッセルの立場からすればフライスラントは一番邪魔な存在です。このため、ヴェッセルはアレンヘム公国とフライスラント自治領が戦うように働きかけます。つまりこの戦争の黒幕はヴェッセルです。ヴェッセルはランメルトを通じて二年後の魔王再臨を知っているため、フライスラントとアレンヘムのいずれかが圧倒的な勝利をおさめることが無いよう画策しますが、実際の戦いの行方がどうなるかは読んでのお楽しみというところです。

 

本書ではエルフやドワーフなどファンタジーではおなじみの種族も登場し、エルフは弓が得意、エルフはドワーフと仲が悪いといった定番の設定もでてきますが、いまのところ魔法は登場しません。この物語は超自然的な大きな力で事を運ぶ物語ではなく、あくまで人間同士が知略を尽くして戦う物語だからでしょう。主人公がチート的な力を得て活躍する作品が流行している現在のファンタジー界の中では、こうした骨太な戦記はあまり見られなくなっている印象もありますが、それだけに完結まで続いてくれることを願いたいものです。

魏志倭人伝は日本を褒める根拠となり得るのか?という話

togetter.com

百田尚樹氏の『日本国紀』の内容があちこちで話題になっていますが、上記のまとめを読んで気になったことは、この本が魏志倭人伝の記述を用いて日本人を褒めているという点です。

 

倭国伝 全訳注 中国正史に描かれた日本 (講談社学術文庫)

倭国伝 全訳注 中国正史に描かれた日本 (講談社学術文庫)

 

 

魏志倭人伝には、確かに倭人を褒めている記述が多く見られます。『倭国伝』のなかの魏志倭人伝の部分の和訳から引用すると、「倭人の風俗には節度がある」「女性はつつましやかで焼きもちを焼かない」「追いはぎやこそ泥がなく、争いごとも少ない」と、魏志倭人伝はかなり倭人に対して好意的です。人びとは立派な家に住んでいて、租税制度も確立しているなど、かなり文明的にすら思える倭人の姿が、ここには書かれているのです。

 

魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 (中公新書)

魏志倭人伝の謎を解く - 三国志から見る邪馬台国 (中公新書)

 

 

ここで問題なのは、これらの記述を本当に信じていいのか?ということです。東洋史家の渡邉義浩氏は『魏志倭人伝の謎を解く──三国志から見る邪馬台国』のなかで、こうした倭人伝の記述に対して史料批判を行いつつ、邪馬台国の真の姿を描き出そうとしています。ご存知のとおり、魏志倭人伝は『三国志』の一部です。この倭人伝の記述が正しいかどうかを検討するには、まず『三国志』の成立事情を知る必要がある、というのが渡邉氏の主張です。当時の国際関係や『三国志』著者の陳寿の置かれた立場を考えると、こうした倭人伝の記述はあくまで儒教の理念上の邪馬台国の姿であるというのが渡辺氏の結論です。

 

陳寿はもともとは蜀に仕えていた人物ですが、蜀が滅びたあとは普に仕えています。『三国志』は普の時代に書かれていますが、普の皇室は司馬氏であるため、司馬氏を賛美するという政治的都合のために書かれている部分が多く見られます。たとえば、司馬昭による曹魏の簒奪を防ぐため兵を挙げた諸葛誕を「志の曲がった者」と評価している点などです。本来忠臣と評価されてしかるべき諸葛誕を貶めるのは、現皇室である司馬氏への遠慮があるためです。

 

魏志倭人伝倭人を高く評価しているのも、このような司馬氏への賛美と関係があります。普の初代皇帝は司馬炎ですが、実質的な創業者は司馬炎の祖父の司馬懿です。司馬懿の代表的な功績として、遼東の独立政権だった公孫氏を滅ぼしたことがあげられますが、司馬懿が公孫氏を滅ぼしたことで、倭人が遼東を経由して魏に朝貢することが可能になりました。中華思想では周辺の異民族が朝貢してくることが皇帝に徳があるという証拠になるので、倭人朝貢を実現させた司馬懿の功績は、たいへん大きなものだということになります。

 

魏の時代に朝貢してきたのは倭人だけではありません。実は、西方の大国である大月氏国(クシャーナ朝)もまた、魏に朝貢しています。しかし、『三国志』には西戎伝は存在せず、このことが書かれていません。それは、大月氏国の朝貢を実現したのが司馬氏のライバルとなる曹一族の曹真だからです。司馬懿の功績が曹真に匹敵するものであるということにするためには、遠方からわざわざ朝貢してきた倭国は礼儀の備わった、立派な国でなければいけないことになります。そのために、「東夷」である倭人儒教の世界観を利用し、礼儀正しい人びとだったと記述されることになります。

 

 東夷伝の序は、『春秋左氏伝』を典拠とする次のような記述で終わる。

これらは夷狄の邦ではあるが、俎豆の具体像が残っている。(孔子は)「中国に礼が失われた時に、これを四方の夷狄に求めるということだが、(それは)やはり本当である」と言った。それゆえこれらの国々を順番に記述し、それぞれ異なった点を列挙して、これまでの史書に欠けているところを補っていこう。

 

魏志倭人伝の謎を解く』で引用されているこの箇所に見るように、倭人伝は孔子の「中国の礼が周辺の夷狄に伝わっている」という考えに基づいて書かれています。この本では倭人伝に出てくる風俗の多くは儒教の書物に書かれているものであるということが指摘されていますが、それはあくまで倭人伝に描かれる倭人の姿が「あるべき夷狄」のそれであるということを示しています。魏志倭人伝は後世の日本人のためにありのままの倭人の姿を記したものではなく、司馬懿の賛美という政治的都合のために書かれているということです。このことは、東夷伝の他の地域の記述と比較してみると、よりはっきりしてきます。たとえば、東夷伝の韓の条にはこのような記述があります。

 

かれらのうち北部の(楽浪や帯方)郡に近い国々の者たちは、いささか礼儀やならわしをわきまえているが、郡から遠く離れたところに住む者たちは、まったく囚徒や奴婢が集まっているような状態である。

 

日本よりも中国に近く、それだけ中国の礼が伝わっているはずの韓の風俗が倭よりも野蛮であるというのは、やはり不自然です。どうやら韓族は当時中国との関係が悪化していたため悪く書かれていたようなのですが、であれば魏に朝貢してきた倭人が良く書かれるのも当然だということになります。以上見てきたとおり、魏志倭人伝の内容はとうていそのまま受け取っていいようなものではありません。陳寿の政治的都合や儒教の倫理観などの何重ものフィルターがかかった倭人伝の文章は、日本を褒める根拠とするにはかなり心もとないものであると言わざるを得ないのです。

 

saavedra.hatenablog.com

わずか2000文字程度にすぎない魏志倭人伝の内容ですら、内容を検討するには新書一冊の分量が必要になります。日本史の全時代について、一人の人間が裏付けとなる史料の正しさを検討し、通史を書き上げるのはかなりの困難が予想されます。このため歴史教科書は各時代の専門家の共同執筆となっていますし、日本史の概説書も専門家がそれぞれが専門とする時代について書いているのです。学問的な正しさを期待するなら、まずはこうした専門家の手になる日本史の概説書を読むことが無難な選択ではないかと思います。

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』が掘り進む「室町時代という鉱脈」

 

 

ゆうきまさみ氏の『新九郎、奔る!』1巻を読みました。

この作品の冒頭は、38歳になる伊勢新九郎北条早雲)が伊豆の堀越公方の御所に討ち入り、いよいよ戦国武将としての活動を始める……というシーン。

この時点で38歳ということは、黒田基樹氏(真田丸時代考証担当)による北条早雲は1456年生まれという説を採用しているということですね。

この説だと北条早雲は享年66歳ということになり、驚くほど長命というわけでもありません。当時としては十分に生きたでしょうが、言うほど「中高年の星」というわけでもない。

 

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やはり戦国ものらしく、新九郎が国盗りを始めるところからスタートするということか、と思いつつページをめくると、さにあらず。

このシーンから物語は時代を大きくさかのぼり、文正元年(1466年)にまで戻ります。新九郎はまだわずか11歳。この時点では応仁の乱すらまだ始まっていません。

 

最初に物語のキーマンとして登場するのが、時の将軍足利義政の側近であり、優柔不断な将軍に代わって幕政を切り回している伊勢貞親。この人物は新九郎の叔父であり、かなりの野心家でもあります。

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伊勢貞親三管領家督争いに介入し、その力を弱めるという方針で将軍の権威を高めようとしていますが、将軍の弟である今出川殿(義視)の排除に失敗したため失脚することになってしまいます。今出川殿の後見人は応仁の乱の一方の当事者である細川勝元です。

 

 最初に描かれるのがこの「文正の政変」です。これは応仁の乱の一年前の事件ですが、呉座勇一氏の『応仁の乱』がベストセラーになっているだけに、この本から室町時代へ感心を持った読者もこの漫画へ取り込めるはず。『応仁の乱』の大ヒット以来、かつてないくらいに日本人の関心が室町時代に向けられています。たとえば星界社からこのような新書が出るくらいに。

 

室町幕府全将軍・管領列伝 (星海社新書)

室町幕府全将軍・管領列伝 (星海社新書)

 

 この本はタイトル通り、室町時代の全将軍と管領42人の列伝を500ページ以上にわたって綴ったものです。『応仁の乱』が売れる以前なら、このような新書が出ることはおよそ考えられなかったでしょう。室町時代鎌倉時代と戦国時代に挟まれ、今ひとつイメージが不明瞭なため一般的にはあまり人気のない時代でしたが、『応仁の乱』の大ヒットがようやくこの状況に風穴を開けてくれました。

 

 

 

『新九郎、奔る!』が応仁の乱直前から物語をスタートさせたことにより、室町時代へ向いている人々の探究心をさらに深めてくれる作品にもなったといえます。ゆうきまさみ氏がツイートしている通り、あえてこの時代を選んだことと『応仁の乱』の大ヒットとがたまたま重なる格好になったようですが、なにか時代の風が室町の方へと吹いているような気がします。

 

文正の政変から応仁の乱に至る政治の流れはなかなかに複雑です。この漫画ではかなりわかりやすく描かれてはいるものの、私は一度通読しただけではよくわからない部分もありました。しかしそれだけに、『新九郎、奔る!』にはまだ知らない日本史の知識をインストールできる楽しみもあり、呉座氏の本を読んで日本中世史へ興味が向きかけていた私の好奇心にも大いに応えてくれました。

 

もうさまざまに書きつくされている戦国時代に比べ、室町時代にはまだ未発掘の鉱脈がたくさんあると思いますし、この『新九郎、奔る!』も間違いなくここを掘り進む一作といえます。この漫画は戦国時代に比べるとどうしても地味になりがちな時代を描いていますが、何度も読んで人間関係を把握すると、徐々に面白みが増してきます。この時代に英雄と呼べるような人物はいないし、伊勢貞親をはじめ多くの人物が権力欲や目先の利益にとりつかれている二級の人物ですが、それだけに時に垣間見える人の賢さや思いやりが貴重なものに思えてきます。たとえばが伊勢兵庫助みせてくれるこの態度のように。

 

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これは政争に破れ父の政敵である今出川殿に仕えることになった伊勢八郎貞興(新九郎の兄)を貞親の長男、兵庫助が教え諭す場面です。こういうさまざまなものを飲み込んで生きていく大人、好きですね。いまのところヒーローの胸のすく活躍も派手な戦闘シーンもない漫画ですが、こういう苦さを受け入れつつ生きていく人の描写がなにか刺さる。本作が大人のための漫画である所以です。

 

 

室町時代後期と言われてもピンとこないという人でも、北条早雲が歴史に登場する以前の人生を眺める、という視点でこの漫画を読めば、また興味も湧いてくるかもしれません。実際問題として、新九郎が堀越公方の御所へ討ち入る前に、そこに至る過程をきちんと描かなくてはストーリーが成り立ちません。上記のツイートのごとく、伊勢新九郎は裸一貫から成り上がった人物ではなく、室町幕府のエリート官僚というキャリアと、姉が今川義忠の側室という人脈とを持っていました。こうしたバックボーンがあってはじめて戦国大名としての雄飛が可能だったということを説明するためにも、やはり室町末期から新九郎の人生を描いていく必要があります。

  

北条早雲: 新しい時代の扉を押し開けた人 (日本史リブレット人)

北条早雲: 新しい時代の扉を押し開けた人 (日本史リブレット人)

 

  

今のところ、まだ少年である新九郎のキャラクターは「正直者」ということになっています。日本史リブレット 人シリーズの『北条早雲』によると、早雲は深根城を攻略するとき、地震の被災者を助けることで住民の支持を取り付けることに成功したと書かれています。これが正しいとすれば、早雲は災害も人心掌握のために利用する、かなり狡猾な一面があったということになります。

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「正直者」の新九郎が海千山千の北条早雲になるまでに多くの経験を経ることになるわけですが、新九郎の周りにいる伊勢貞親細川勝元のような策謀家のやり口からも、新九郎は政治とは何かを学んでいくことになるのかもしれません。今度の応仁の乱の展開とともに、新九郎の成長にも注目していきたいところです。

読者に「人間とは何か」を問いかけるダークファンタジー。大澤めぐみ『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主 (角川スニーカー文庫)

 

 

デビュー作『おにぎりスタッバー』では「石版」とも評されるみっしりと文字の詰まった文体で猟奇やファンタジーやらが入り混じったカオスな青春劇を書いたかと思えば、『6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる』では非現実要素のまったくない高校生四人の地に足の着いた恋愛群像劇を展開したりと、作品ごとにがらりと作風を替えてきた鬼才・大澤めぐみ。そして今回の新作『君は世界災厄の魔女、あるいはひとりぼっちの救世主』は、世界を敵に回して戦い続ける「災厄の魔女」が主人公のダークファンタジーだ。この作者、本当にどれだけのカードを隠し持っているのかわからない。

 

まず主人公のアニーが冒頭から人を殺しまくっていることに驚く。「災厄の魔女」の異名をとるアニーは世界最強レベルの計算能力を持つため、他のどの方術士よりも早く「魔方」を展開できる。チート級の能力を持つ彼女が連れている相棒にして弟は、こちらもまた世界最強レベルの破壊力を持つ人間兵器ともいうべき存在であるアーロンだ。二人は世界に満ち満ちている「善き人」を相手取り、戦っている。無償の愛を唱える聖女ユディトに率いられ、戦争すら放棄する「善き人」と戦い続ける彼女たちは悪なのか。もちろんそうではない。アニーが一見人畜無害な「善き人」を殺し続ける理由は、読み進めるうちにわかってくる。

 

この物語は、アニーとアーロンが世界を相手取り戦う現在パートと、なぜ二人が「善き人」を敵に回すことになったのか、二人はどうやって出会ったのか、を語る三年前のパートが交互に語られる。物語が進むとやがて世界の真相が明らかになり、二人が人間を殺しまくっている理由もわかってくる。ネタバレになるので詳しいことは語れないが、この作品の根幹にあるのは「人間とは何か」という問いだ。愛を説き、世界を覆い尽くす「善き人」を人間と認識できるのなら、戦う必要はない。しかし、アニーはそう考えない。だから「善き人」を皆殺しにしなくてはならない。

 

この物語には、アニーの幼い頃からの親友であるユージーンという人物が出てくるが、彼女は「善き人」の側についてしまう。アニーとはまったく反対の道を選んだ彼女だが、そこには深い人間観の対立がある。ユージーンにとっては「善き人」が人間であるかということよりも、もっと大事な命題がある。この世界をより良くするためには、「善き人」の側につくのもある意味現実的な選択であって、私自身もユージーンの選択を支持しそうになる。この道を選べば、世界は間違いなく平和になる。ただし、人は(従来通りの意味での)人間ではいられない。それを受け入れられるかどうかだ。

 

アニーは結局、ごく個人的な理由から、ユージーンを含む「善き人」と戦う道を選ぶ。結局、人間とは何なのか?という問いへの答えはそう簡単には出ないのだが、大義名分や社会のためなどではなくただの一個人の感情のために戦うアニーはとても人間らしいと感じる。彼女が人間であり続ける以上、「善き人」とは決して相容れることはない。そして人間であり続けたいという彼女の気持ちは、アニーだけのものだ。なにせ彼女は「ひとりぼっち」なのだから。相棒のアーロンがいるはずなのに、どうしてアニーが「ひとりぼっちの救世主」なのか。それは最後まで読めば深く納得できるはずだ。最後に明かされる真実に、きっと読者は打ちのめされるだろう。

 

saavedra.hatenablog.com

こちらを先に読んだ読者ならこの作者がこういう話も書くのか……と驚くはず。

saavedra.hatenablog.com

カクヨムで無料で公開されているホラー「ムルムクス」も面白いのでお勧め。これと似たようなホラーはそうそうない。

中世ヨーロッパの生活や服装・食事を知るためのおすすめ本20冊

歴史関連の本はどうしても政治史について書いているものが中心になりがちですが、幸い中世ヨーロッパ史については生活史についての著書も多く出版されています。これらの本は政治史を補完する内容として興味深いだけでなく、ファンタジー創作のための資料としても活用できるので、今まで読んで良かった本についてまとめてみました。

 

1.図解中世の生活

 

図解 中世の生活 (F-Files No.054)

図解 中世の生活 (F-Files No.054)

 

 

中世ヨーロッパの生活について知りたいならまずはこの本です。封建制度の解説や中世の法律、刑罰などがまず解説され、農村や都市の生活についてもひと通りのことを知ることができます。聖職者の階級や吟遊詩人、流通と交易、中世の服装や食事など、およそ知りたいことについてはほぼ項目が立てられていますが、一つ一つの事項の解説は少なめです。浅く広く知りたい方向け。

 

2.中世を旅する人びと

  

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)

中世を旅する人びと―ヨーロッパ庶民生活点描 (ちくま学芸文庫)

 

 

ドイツ中世史の権威である阿部謹也の本はどれも読みやすいですが、これはなかでも特におすすめです。著者の目は主に中世社会の下層の人間やアウトサイダーにむけられていて、浴場主や粉挽きなど中世では差別されていた人々の生態についてもくわしく書かれています。キリスト教では喜捨が推奨されていたため、施しをもらうためにてんかん癩病を装ったり、狂人のふりをするプロの物乞いが多く存在していたことなども語られています。ただ虐げられるだけでなく、社会の底辺をしたたかに生き抜く貧者の姿をここで知ることができます。農村と牧人の関係も面白く、牧人が農民の病気を治したりしていたことなど、普段知ることのない知識も得られます。

  

3.中世ヨーロッパ 城の生活

 

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

 

 

中世ヨーロッパの城の成り立ちから城の内部構造、家令による城の切り盛りの仕方、年中行事や攻城戦の様子など内容は盛りだくさんです。ただし写真やイラストはあまりありません。特筆すべきはこの本では鷹狩りの方法が詳しく書かれているということです。城主の娯楽として、そして部下を鍛える方法として欠かせなかった狩猟についてくわしい本は案外少ないので、この点を知りたい方には重宝すると思います。

 

4.中世ヨーロッパ 都市の生活

 

中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの都市の生活 (講談社学術文庫)

 

 

13世紀フランスのトロワに焦点を当て、中世都市の職人や豪商・主婦の生活や大市の様子、学校教育、医療、演劇など、都市生活について知りたいことはほぼこの本に書いてあります。二章の「ある裕福な市民の家にて」では上流の市民の家屋の構造から衣服、そして食事については使われている香辛料までくわしく書かれているので非常に参考になります。

 

5.中世ヨーロッパ 農村の生活

  

中世ヨーロッパの農村の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの農村の生活 (講談社学術文庫)

 

 

中世ヨーロッパの人口の大部分を占めるのは 農民です。したがって、農村生活を知ることで中世世界の基盤を知ることができます。農村の生活といってもこの本では農村の季節ごとのイベントや耕作の実態について書かれているだけでなく、領主が荘園をどのように管理していたのか、農村における司法や裁判、結婚と出産や農村の教区など、およそこの時代の農村について知りたいことはすべて書かれています。

 

6.エリザベス朝の裏社会

  

エリザベス朝の裏社会 (1985年) (刀水歴史全書〈8〉)

エリザベス朝の裏社会 (1985年) (刀水歴史全書〈8〉)

 

 

エリザベス朝時代は時代区分としてはルネサンス期に当たるので中世ではありませんが、取り上げられている話題は黒魔術や錬金術など中世の名残を感じさせるものもあり、なにより内容が非常に面白いので紹介します。ロンドンの掏摸や詐欺のやり方や監獄の様子、街道の追い剥ぎなど裏社会の住人の生態を詳しく知ることができますが、なかでも驚くのは三章「大市の楽しみ」に書かれている大市の実態で、当時の大市では夜になると盗品が売買される泥棒市まで開かれていたというのです。大市にはうさんくさい売り主も多く、馬を俊足に見せるために尻を棍棒で殴り、ちょっと触っただけで駆け出すようにする者もいたことなど、一瞬も気を抜けない世相をうかがわせる記述もあります。

 

7.運命の騎士

 

運命の騎士 (岩波少年文庫)

運命の騎士 (岩波少年文庫)

 

 

これは小説ですが、物語のほうが具体的なシーンが多いため概説書よりも中世の生活が頭に入ってくることがあります。イングランドの犬飼いの少年が騎士の従者となり、やがて……という話ですが、村の生活の様子や小姓の仕事の内容がていねいに書かれていて、これを読めば騎士に仕えるとはどういうことか、従者の仕事とはどういうものかを知ることができます。

 

8.中世への旅 騎士と城

 

中世への旅 騎士と城 (白水uブックス)

中世への旅 騎士と城 (白水uブックス)

 

 

 主に中世ドイツについてですが、中世の城塞の構造や騎士の生活・教育方法・そしてファッションから騎士文学とおよそ騎士について知りたいことはほぼこの一冊にまとめられています。騎士の装備や武器についても一章が設けられ、野戦や攻城戦についても書かれているので、中世の戦争の様子も知ることができます。

 

9.中世ヨーロッパの城塞

  

中世ヨーロッパの城塞

中世ヨーロッパの城塞

  • 作者: J・E・カウフマン,H・W・カウフマン,ロバート・M・ジャーガ,中島智章
  • 出版社/メーカー: マール社
  • 発売日: 2012/03/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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マール社から出ていることからわかるように、もともとはイラストを描くための資料なので写真や図解が豊富にあります。といってもドイツやイタリア、フランス、イングランドポーランド・ロシアなど地域ごとの城塞についてまず写真で全体を把握することができ、それぞれの城塞についてどういう施設が中にあったかもすべて図解されているので、この一冊で中世の城郭についてかなりくわしく知ることができます。47ページにはガルドローブ(トイレ)の解説も載っていて、城の衛生状態までも解説されています。もともと囚人の牢は脱出しにくい塔の最上階に設けられており、ダンジョンという言葉が地下牢を指すようになったのは牢獄が地下に設けられるようになったルネサンス時代だという豆知識も得られます。

 

10.中世ヨーロッパを生きる

  

中世ヨーロッパを生きる

中世ヨーロッパを生きる

 

 

中世の城の生活や職人兄弟団などこの手の本には定番の話題もありますが、「バナリテ」という水車小屋の強制使用から領主と農民の関係について解説している章や、森における狩猟や養蜂、製鉄などについて書いている「アルビオンの森林史話」など、あまり他の本には出てこない面白い話題が出てきます。14~15世紀に進んで高齢化により人々が初めて祖父になることと向き合ったという指摘も興味深く、この時代の人々がどう老いや病と向き合っていたかも知ることができます。各章の最後には「羅針盤」と称してたくさんの参考文献が紹介されているので、興味を持った話題についてはさらに深く知るための入り口としても活用することができます。

 

11.服装史 中世編

  

服装史―中世編〈1〉

服装史―中世編〈1〉

 

 

本来は絵を描く人向けの資料ですが、時代と地域、身分ごとに中世の服装が解説されているので眺めているだけで楽しい。軍装や場上槍試合の装備についての解説もあるので、武器や防具を描く上でも役立つ資料になります。

 

12.北の農民ヴァイキング

  

北の農民ヴァイキング―実力と友情の社会 (1983年)

北の農民ヴァイキング―実力と友情の社会 (1983年)

 

 

ヴァイキングの生活は、一般的な中世ヨーロッパの生活とはかなり異なります。その独自の生活について知ることができるのがこの本です。ヴァイキングは基本は農民であり、生活を補うための手段としての略奪が存在していたということがわかります。ヴァイキングの社会に商人はおらず自分で交易をしていたこと、略奪に出る時は奴隷に農作業を任せていたことなど、独自の生活形態を知ることができます。特にアイスランドの統治についても詳しく、シャレにならないほどの復讐が行われる世界では案外平和が保たれていたこともわかります。

 

13.図説 中世ヨーロッパの暮らし

  

図説 中世ヨーロッパの暮らし (ふくろうの本)

図説 中世ヨーロッパの暮らし (ふくろうの本)

 

 

ページ数こそ217ページと少なめですが内容はかなり充実していて、中世ヨーロッパの都市や農村の暮らしから中世人の衣食住、中世都市のなりたちや農民と領主の関係などについて、かなり学術的なことまで知ることができます。写真や図版が豊富なので眺めているだけでも楽しく、巻末の参考文献も充実しているので、中世ヨーロッパ社会史の入門書としてかなり便利な一冊に仕上がっています。

 

14.中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる

  

中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる (大型絵本)

中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる (大型絵本)

 

 

子供向けの絵本ですが、イラストで中世の城の生活を学べるのでかなりおすすめの一冊です。主人公のトビアスは小姓ですが、農家の手伝いもしているし、狩猟にも出ているので城の外の様子もそれなりに描かれています。病気になったらどんな治療を受けるのか、罪人はどういう扱いを受けるのか、飼っていた豚はどうやって屠殺するのかなど、興味深い話題がたくさんあるので一度は目を通してほしい本です。

 

15.15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史

  

15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史

15のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史

 

 

どちらかというと学問として中世ヨーロッパ史を学びたい人向けの本ですが、十五のテーマで総合的に中世史について知ることができます。生活史として役立つのは「衣服とファッション」「融合する食文化」「都市と農村の住居」あたりですが、あまり類書にはない内容として「ヨーロッパ音楽の黎明」という章が立てられているので、中世ヨーロッパの音楽について知りたい方には特におすすめです。

 

16 大聖堂

 

大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)

大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)

 

  

 NHKでも放映されたドラマの原作小説ですが、主人公の建築職人トムは大聖堂の再建に関わっているため、聖職者の生活の様子や、修練長や接客係、看護係、慈善係など、修道士たちの役割分担についても書かれているので、修道院という組織がどのように成り立っているかがよくわかります。

トムは遍歴の職人であるため豚を太らせながら旅をし、いずれ売る予定であったことなど、建築職人の「副業」の様子も知ることができます。

 

17.中世の窓から 

 

中世の窓から (ちくま学芸文庫)

中世の窓から (ちくま学芸文庫)

 

 

『中世を旅する人びと』と同じく阿部謹也の著作ですが、こちらは都市生活者についての記述が中心となっています。都市での人つき合いや兄弟団、靴職人の暮らしや仮面の祭りなど中世ヨーロッパ都市の生活を垣間見ることのできるトピックが多いので、『中世を旅する人びと』とセットで読むことでより深い中世史の知識を得ることができます。ユダヤ人についての章ではユダヤ人差別についても触れられていますが、中世ドイツには裕福なユダヤ人も多く、帝国区内のどこにでも移動でき、結婚も離婚も制限がないため、ある意味非常に「自由」な存在であったことも語られています。

 

18.中世の旅

 

中世の旅 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

中世の旅 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

 

 

 陸の旅や船旅の様子、高山の旅、旅行で用いられた動物や食料を確保する方法など、中世ヨーロッパにおける旅行についてかなり細かく書かれています。宿屋の様子は特に詳しく、粗末な宿と上等な宿での食事の違いや客あしらいの実態、宿坊での宿泊の様子まで知ることができます。
この時代では個室に泊まるのはかなり難しかったらしく、多くの旅人はすし詰めにされひとつのベッドを最低二人で使用していたことなど、快適とは程遠い状況だったことがうかがえます。

 

19.ブリュージュ

 

 

中世都市史の専門家がフランドルの都市ブリュージュについて解説している本。ブリュージュ商業都市なので、この都市におけるハンザ商人やフランドル商人、イタリア商人の活動について知ることができます。ブリュージュにもたらされる商品リストやブリュージュ高額納税者トップ10など貴重な資料も紹介されているので、商業ファンタジーなどを描くための創作資料としても活用できます。ブリュージュの所得構造はかたよっていて貧者も多かったため、施療院が貧者救済のための施設となっていたことなども知ることができます。

 

20.中世の食卓から

 

中世の食卓から (ちくま文庫)

中世の食卓から (ちくま文庫)

 

 

 主に中世のイギリス史を材料に、料理におけるスパイスの役割やニシンの扱い、うなぎとイギリス史の関係、手洗いの儀式や中世のテーブルマナーなど、食にまつわる数多くのテーマを取り扱っています。貴族の飲食費のうちスパイスの占める割合が5%を占めるほど香辛料は重要なものでしたが、スパイスが重宝された理由として聖書における楽園を想起させる食品であったこと、洗練された地中海文化とのつながりを持つものであったことなどが指摘されています。砂糖を口にできるのが王侯貴族だけであったため虫歯は一種のステータスシンボルであったこと、エリザベス女王も虫歯だらけであったことなど、興味深い史実も知ることができます。