明晰夢工房

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小姓の視点から中世ヨーロッパの城の生活を体験できる『中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる』

 

岩波ジュニア新書なんかを読んでいてもよく思うことですが、児童書というものをナメてはいけません。この手の本は多くは専門家が書いていて、子供だましどころか子供向けであるがゆえに内容がわかりやすく、それでいて高度な内容がさりげなく詰め込まれていたりするものです。

 

中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる (大型絵本)

中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる (大型絵本)

 

 

ここで紹介する『中世の城日誌―少年トビアス、小姓になる』もそんな一冊。

これは絵本なんですが、騎士の叔父上に小姓として使えることになった少年トビアスの視点から、中世の城の生活を詳しく知ることができます。

 

この生活の様子というのがかなり多岐にわたっていて、給仕の仕事からイノシシ狩りの様子、パン作りの現場や宴席での旅芸人の歌や踊りなど、かなり詳しく書かれています。城の中だけでなく麦の刈り入れの手伝いや密猟者との出会い、牢に入れられる友人の話など、なかなかシビアな部分にも触れられています。

ビアスが病気で倒れて医師に治療してもらう場面などもあります。中世なので治療法は放血。「地と火がこの子の体の支配権を巡って争っている」という医師の台詞がファンタジー感満載。そのまま小説に使いたいくらい。

 

よく「SFは絵」だなんて言いますが、私は歴史こそ絵だと思っています。

こういうものはビジュアルが鮮明であることが大事。その点、絵本なら全部イラストがついてるから文章の理解度が200%増し。ただ眺めているだけでも楽しいのでお子様にもオススメ、というかそもそも子供向けなのですが、内容の濃さから文句なしに大人にも進められる絵本だと思います。

 

創作という点から見ると、これはファンタジーの設定作りのためにも大いに役立つ一冊となります。例えば、本書では竹馬が中世のイギリスでは「長脛王遊び」と言われていたと書かれています。長脛王(ロング・シャンクス)とは『ブレイブハート』でも有名なエドワード1世のことですが、ただ竹馬と書くよりもこういう独自の言葉で表現したほうが雰囲気が出ると思いませんか?

 

個人的にお気に入りなのが豚を殺してベーコンを作る場面。豚の飼育係は、ドングリが一杯に入ったバケツに豚が顔を突っ込んでいるうちに、脳天にハンマーを一発ぶちかます。ひっくり返った豚の喉を素早く切り裂き、吹き出した血をバケツに入れる。この血はソーセージ作りに利用されます。

いつも優しく豚をなでてやっているのにどうしてそんなに残酷になれるのか、と訊くトビアスに対する豚係の回答はこれ。

 

豚は死んで俺たちを食わせてやれる日まで生きているだけのこった。それにな、なでてやるのは何も優しい気持ちからじゃないんだ。豚が幸せな気持ちでいてくれたほうが、うまいベーコンができるのさ!

 

こういうディテールもしっかり書き込むことによって、その世界に確かな生活臭を出すことができます。上橋菜穂子作品の質の高さはその世界の風俗や生活習慣まで作り込んでいるからですが、ああいうものを書くにはまずは下調べが肝心でしょうね。

 

基本は子供向けの絵本なので、城の政治的役割だとか荘園支配のしくみ、騎士の役割などといったところまでは本書ではわかりません。もっと踏み込んだところまで知りたい方には『中世ヨーロッパの城の生活』がおすすめです。

 

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)

中世ヨーロッパの城の生活 (講談社学術文庫)