明晰夢工房

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【感想】たもさん『カルト宗教信じてました。』(kindle unlimited探訪3冊目)

 

 

人はなぜカルトにはまるのか?著者にこう問うのは的外れかもしれない。著者がこの宗教に入信したのは母に騙されたからであって、別にこの教えに惹かれたわけではないからだ。英語のレッスンがいつのまにか宗教書のレッスンに変わり、不気味な挿絵をみせられ不安を覚えても、まだ小学生で自我も固まっていなかった著者がこの宗教に抗うのは困難だっただろう。著者が言うとおり、「疑念を持つにはあまりに幼すぎた」のだ。生きているうちにハルマゲドンが来て信者だけが生き残る、などと脅されたらなおさらだ。

 

問いを変えよう。なぜカルトにはまるのか、ではなく、なぜカルトから抜け出せないのか、と問う必要があるのだ。成長し、自我が強くなってくれば、宗教に対抗する力が育つかもしれない。思春期に入れば、この宗教で禁止されている活動だってしたくなる。実際、著者はあがり症を直すために演劇部に入部しようとしている。だがそれは「集会の妨げになる」と叱られ、著者は従ってしまう。なぜなのか。

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それは、この世界には独特の「承認の場」があるからだ。信仰に従ってさえいれば、皆が笑顔で受け入れてくれる。「奉仕活動」として勧誘をすれば、「中学生にして他の人を教える特権があるのよ」と褒められる。エゴに満ち堕落した世間の人間などとは違う、「選ばれし者」になれるのだ。著者が言うとおり、この宗教は「一風変わった信条のゆえによく迫害に遭う」。だからこそ宗教内にしか居場所がなくなり、ますます信仰にのめり込むことになる。

 

人は社会的生物であり、一人で心の隙間を塞ぐのはむずかしい。どこかに所属したくても地縁血縁が薄れゆく一方の現代社会において、代わりとなる共同体が常に求められている。そのひとつがカルトなのだろう。なにしろこの教えを信じていれば、仲間の承認も得られ、優越感も満たせ、世界の終末における救済まで得られるのだ。この宗教では教えに逆らえば「排斥」され、しばらくの間信者と会話も許されない。こんな窮屈な掟すら、信者にある種の自己肯定感をもたらしているかもしれない。自分はそんな罰を受けるような者とは違う、正しい人間だと思えるのだから。

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結局、著者は紆余曲折を経てこの宗教を抜けることになるのだが、狭く窮屈な共同体であっても、そこから抜け出すことは大きな恐怖がともなう。カルトをやめることはそれまで自分自身を形作ってきたものをすべて叩き壊すことだ。そこからもう一度生まれ直す覚悟が必要になる。自由になれたのはいいものの、そこから先に何が正しく何が間違っているのかを教えてくれる人はもういない。それまでさんざん「サタンの世」と吹き込まれてきた一般世間のなかへ、人生半ばを過ぎてから戻っていくのは容易なことではない。ここにはもう教団内で得られていた、特別感も優越感もなにもない。ただの自分であることを受け入れていかなくてはならない。

 

今の世の中を見渡すと、淋しい人、特別でありたい人の受け皿になるのはカルトだけではない。一部のオンラインサロンにもそうした役割はあるだろう。Jアノンや反ワクチンなどの陰謀論を信じる集団にも、共同体としての役割はある。これらの集団は外から見るといかにも奇異で極端な価値観に染まっているようにみえるが、それだけに「目覚めた少数派」でありたい人の欲求を満たすことができる。外部から叩かれれば叩かれるほどに、これらの共同体内部の人々は結束を固め、その絆を強固なものにしてく。それを愚かな生き方だと嗤うのは簡単だ。だが、そうした生き方しか選べない人はどうすればいいのか。著者の夫は「信者はこの宗教のなかでしか生きられない人ばかりだ」と言う。目が覚めない人は何をやっても覚めないのだから、教会の暗部を暴露したって無駄だというのだ。

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狭く偏った共同体であっても、そこにしか居場所がない人はいるのだろう。信仰は自由だし、人の心のよりどころを全否定するわけにもいかないのなら、選べるのは自分がこの宗教を抜けるかどうかだけだ。いや、それだって本当に自分で選べるのかは怪しい。このマンガを読む限り、著者がこの宗教を抜けられたのは、良き夫にめぐりあい、信仰とは別の心のよりどころをみつけられたからだと思える。結局、それは運や縁といった領域の話なのではないか。逆にいえば、ちょっとした運や偶然で、人はカルトに取りこまれてしまうこともあるのだろう。今我々にできることはこうしたマンガを読んで、多少免疫をつけておくくらいのことかもしれない。