明晰夢工房

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【感想】修道女フィデルマシリーズ長編第一作『死をもちて赦されん』

 

 

若くて美貌、学識豊かで弁護士資格を持ち頭脳明晰……と超ハイスペックな修道女フィデルマが難事件を解決するフィデルマシリーズの第一作。本作『死をもちて赦されん』ではイングランドノーサンブリア王国のストロンシャル修道院を舞台として物語が展開する。

この物語の背景となるウィトビア教会会議は、ローマ派とアイオナ派の宗教論争だが、主人公のフィデルマはアイルランドカトリックであるアイオナ派に属する。この会議に先立ち、ストロンシャル修道院フィデルマの友人でもあったアイオナ派の修道院長・エイターンが何者かに殺害される。フィデルマは会議を主宰するノーサンブリア王オズウィーに捜査を命じられるが、公平を期するためローマ派の修道士エイダルフとコンビを組むことになる。エイダルフはフィデルマリーズではずっと相棒を務めているが、この巻では初顔合わせになる。

 

犯人を捜すため、フィデルマとエイダルフはエイターンの部屋に入ったものへの聞き込みをはじめることになるが、フィデルマは基本だれにも遠慮することがなく、ちょっと上から目線に感じることもある。これにはアイルランドの習慣も関係している。フィデルマの故郷では弁護士資格を持つフィデルマは王に対しても対等にものを言える存在で、プライドが高くなるのも自然なことだった。しかし事件の舞台はアイルランドではないので、エイダルフにここはノーサンブリアなのです、とたしなめられたりもする。それでも態度を改めることなく、何物にも媚びないフィデルマの堂々たる性格もこの作品の魅力のひとつだ。

 

調査を進めるうち、やがて第二第三の惨劇も起きてしまう。ここにはノーサンブリア王国の後継者争いも絡んでくる。オズウィーの長男アルフリスは野心家で、宗教会議のゆくえ次第では謀反も辞さない覚悟を持っている。王族にとってはローマ派とアイオナ派の対立は兵をあげる口実にすぎない。情勢が緊迫の度合いを増すなか、フィデルマは危機にも見舞われるが、薬草の知識を持つエイダルフに救われる一幕もある。エイダルフも鋭い頭脳を持っているが、どちらかというとフィデルマのサポート役になることが多いようだ。やがて二人がたどりついた真実はかなり意外なもので、作中のヒントだけではこの犯人にたどりつくのは難しいように思う。だがギリシャ文学についてほんの少しの知識があれば、かなり納得のいく結末でもある。真実を明かされた後では、犯人は生まれる時代を間違えてしまったか、と深い虚脱感にとらわれる。

 

本作『死をもちて赦されん』の魅力はフィデルマの鋭い洞察力を用いた謎解きだけではない。この作品は7世紀のアイルランドイングランド修道院の雰囲気を存分に味わえる「歴史小説」でもある。この時代、アイルランド修道院では男女が共同で暮らしていて、なんと結婚も認められていた。意外と開放的な一面を持つアイルランドの修道制だが、これが禁欲を掲げるローマ派との争いの種にもなっている。そして、このアイルランドの風習がミステリ部分に絡む仕掛けにもなっているので、本作は歴史とミステリが絶妙に融合した作品になっている。カドフェルシリーズや『修道士ファルコ』など、中世ヨーロッパの修道院を舞台にした作品はそれなりにあるが、7世紀のアイルランドイングランドを扱った作品はめずらしい。その意味でも、『死をもちて赦されん』は価値の高い一冊といえる。

 

物語の背景となるウィトビア教会会議の経緯はこちらに簡潔に記されている。イングランドキリスト教の方向性を決める重要な会議だったようだが、この史実を知らなくても本作を楽しむうえではなんら支障はない。作中ではローマ派とアイオナ派が論争をするシーンが何度かあり、あまり興味の持てない細かい教義の話もあったが、ストーリーに深く絡んでいるわけではないので斜め読みしても特に問題なく読みすすめられる。