明晰夢工房

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アフリカの国際ロマンス詐欺集団「ヤフーボーイ」たちの驚くべき実態を描く『ルポ 国際ロマンス詐欺』

 

 

「僕はあなたに100万回の笑顔を送っている、そのうちの1つは今日のために、もう1つは明日のために」こんな言葉を日本人から聞かされたら、どう思うだろうか。まず胡散臭い、という感情が先に立つのではないだろうか。だが同じ台詞を魅力的な外国人から聞かされると、真に受ける人も出てくる。外国人ならこんなストレートで情熱的な愛情表現をするかもしれない、と思えるからだ。まさにそんな心情に、詐欺師たちはつけ込んでくる。本書『ルポ 国際ロマンス詐欺』は、このようにSNSマッチングアプリを駆使して魅力的な外国人を装い、被害者の恋愛感情を利用して金銭をだまし取る「ヤフーボーイ」たちの実態に迫る一冊だ。

 

事例を見ていくと、国際ロマンス詐欺の手口はありふれたものだ。詐欺師たちは愛情に飢えている被害者の心情に寄りそい、感情を全肯定し、マメなアプローチを繰り返す。被害者たちの多くは恋愛・結婚するうえでは不利な条件を抱えているので、自分を包みこんでくれる詐欺師たちについのめり込んでしまう。マッチングサイトやLINEでしかやり取りをしたことがない相手であれ、自分を世界一大切に扱ってくれる稀少な相手を、被害者たちは深く信用してしまうのだ。

 

詐欺師たちに深い信頼を寄せてしまった被害者たちは、彼らの甘い言葉にいともたやすく引っかかる。この本の一章から三章にかけて紹介される被害者たちは、数十万円から数千万円のお金を詐欺師に渡してしまっている。プレゼントの搬送料を要求されたり、暗号資産で稼いだお金を引き出すための所得税を支払わなくてはいけない、などと言われるからだ。あなたのためにお金を渡したいからこれだけの額を支払ってください、と言われたらふつうは怪しいと思うが、そこをつい信じてしまうのには理由がある。被害者は寂しさや失望感を抱え、心に隙間がある人が多い。その隙間に巧みに入りこんでくる詐欺師の言い分に抵抗するのが難しいので、被害はふくらんでいく。

 

言葉巧みに金銭をだまし取る国際ロマンス詐欺師の正体はどんなものか。著者は苦労の末に、詐欺師たちの本拠地にたどりつく。詐欺師たちの住処はなんとナイジェリアだった。ナイジェリアでロマンス詐欺を働く者の多くは若者で、「ヤフーボーイ」と呼ばれている。かつてナイジェリアではヤフーメールを使う詐欺の手法が横行していたためだ。ナイジェリアでは若者の10人中8人くらいがサイバー犯罪にかかわっているという。これだけ多くの若者が詐欺に手を染めているためか、ヤフーボーイたちの罪悪感は薄い。彼らのやっていることは「デイティング」であり、被害者は「クライアント」なのだ。彼らは著者に笑顔を見せつつ、テンプレ化された口説き文句を被害者に送り続ける。

 

なぜ、ナイジェリアにはヤフーボーイが数多く存在するのか。著者は彼らへのインタビューを通じ、ナイジェリア特有の労働事情へ迫っている。ヤフーボーイたちはサイバー犯罪をする動機を「生活のため」と語るが、ナイジェリアでは若者の完全失業率は42.5%にもなる。大学を出ていてもコネがなければ就職口がなく、といって海外へ出るのも難しい。ナイジェリアのパスポートで渡航できる国が限られているからだ。とはいうものの、貧困は必ずしもヤフーボーイになる動機にならないという。筑波大学のイケンナ・ウェケ氏は、彼らが詐欺に手を染める一番の動機はグリード(強欲)だと指摘する。イケンナ氏は貧しくてもヤフーボーイにならなかったからだ。

 

騙す側が強欲であるとして、騙される側はどうなのか。騙される側の欲は詐欺師に搔き立てられたものだから、騙す側の欲と同列に考えることはできない。詐欺師は人の欲を膨らませるプロだ。ではヤフーボーイたちは何に欲を掻き立てられたのか。かつてナイジェリアにはハッシュパピーという「詐欺王」が存在した。彼は若者たちの憧れの的で、世界を股にかけた大規模な詐欺を繰り返していた。高級ブランド品を身につけ、フェラーリロールスロイスを所有していたこの人物は、ナイジェリアでは知らないものがいないほどのインフルエンサーだった。この「強欲」の象徴のような人物に影響されれば、サイバー犯罪にも手を染めてしまう。こうした若者をこれ以上増やさないため、イケンナ氏は誠実さや無私無欲の大切さを訴える財団「INFO CLUB Nigelia」を立ち上げた。この財団はナイジェリア14州に拠点を持ち、スタッフは各州の高校や大学でイベントを開催している。