明晰夢工房

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人を信じる者と疑う者、どっちが探偵にふさわしい?米澤穂信『本と鍵の季節』

 

 

ここに二人の人間がいるとする。前者は性善説論者、後者は性悪説論者だ。あなたはどちらに探偵役をまかせたいだろうか。個人差はあるだろうが、多くの人が後者に探偵役を頼むのではないだろうか。現実でもミステリでも、犯人は必ず嘘をつく。性悪説論者のほうが、その嘘を見抜くき真相を暴くのにむいているだろう。人を疑わない性善説論者に探偵役が務まるのか、はなはだ心もとない。実際、多くのミステリではややひねくれた性格の人間が探偵役をやっている印象がある。だが人を信じることは、ほんとうに推理の邪魔になるのか。

 

『本と鍵の季節』において、探偵役を務めるのは図書委員の二人組、堀川次郎松倉詩門だ。この二人の個性はそのまま性善説論者と性悪説論者に対応させられるほど単純ではないが、どちらかというと堀川は素直な性格で、松倉はややひねくれていて人を信じないところがある。といっても、松倉が嫌なやつというわけではない。図書委員の後輩に頼まれれば、彼の兄の冤罪を晴らすため骨を折る一面もある。堀川も松倉を「皮肉屋だがいい奴」と評価している。『本と鍵の季節』はこの二人の異なる個性が、どちらも必要とされる作品だ。

 

本作において、この二人はタッグを組んでさまざまな謎を解いていくことになる。基本、二人とも頭はいいが、どちらかというと堀川の方が正攻法で謎解きに挑んでいる感じはある。堀川が一切人を疑わないわけではないが、彼はまず与えられた問いに真正面から取り組む。これに対し、松倉は問いを投げてくる人間を疑うところがある。一話の『913』では、祖父に託された金庫を開けてほしいという先輩の依頼に二人が応じる話だが、松倉はあまり乗り気ではない。先輩は自分の容姿が魅力的なのを自覚していて、堀川を利用しようとしている、と考えているからだ。つまりこの依頼自体にどこか不穏なものがある、ということになる。このような物事の裏を読む松倉の性格は、謎解きに大いに役に立つ。

 

堀川よりも世知に長けているところがあり、状況全般がよく見える松倉は、一見堀川より探偵役にふさわしいように見える。だが、それならどうして堀川も探偵役をしているのかわからなくなってしまう。だが人を信じやすい堀川の性質がいい方向に働く話もある。それが四話の『ない本』だ。三年生から自殺した友人が生前読んでいた本を探してほしいという依頼を受け、二人は調査を進めるが、この過程で堀川と松倉の見解に相違が生じる。くわしいことは語れないが、松倉のやや斜に構えた物事の見方が、この話では必ずしもプラスには作用しない。堀川も論理的必然性から人を疑うことはあるが、それでも彼はまず人の言葉を正面から受け止めるところがある。『ない本』はそんな堀川の美質を松倉が認め、二人の友情が深まる話でもある。

 

そんなにミステリを多く読んでいるわけではないが、私の経験上、堀川のような人物はミステリでは道化役になることが多い印象がある。だが『本と鍵の季節』では、堀川も松倉もともに探偵役として大切な役割を持っている。二人は互いの弱点を補完し合っているのであり、それだけにウマが合っている。探偵は人を疑えなくてはいけないが、疑えばいいというものでもない。だから堀川と松倉はタッグを組む必要がある。堀川と松倉という二人の個性がそれぞれの視覚から謎に光を当て、謎解きをつうじて二人の関係性が深まっていくところに、『本と鍵の季節』のおもしろさがある。